第2章 あるある村にて1
流通の拠点と呼ばれる村――周辺の村々からは七の村、ハブの村と呼ばれている――は、夕方だというのに人々の往来が激しかった。
特別活気があるわけではないが、あちこちでものの売買が行われたり、出店を物色する客がいる。中には高級そうな服をひけらかした者も混じっている。そういうのは大抵、容量の良い商人だ。
ちらほらと奇異の視線が向けられるのは慣れっこだったが、今日は一際それが多い。
優に二メートルは超える巨体に浅黒い肌。少なくともこの辺りの人々とは変わった外見は、どうあっても注目を集めてしまう。
しかも、傍には長い外套の中に潜り込んで、突き出た頭だけを左右に動かし、少し怯えたような上目遣いで当たりを見回す女の子の姿があるものなので、不審者を見るような視線と、どこか生暖かい視線も感じる。
適当な服飾屋に入る。
身を屈めながら来場した巨人に、店主らしき赤毛をバッサリと短髪に揃えている青年はおっかなびっくり目を丸くする。しかし、ノアが愛らしい声で挨拶をしたものだから、すぐに笑顔になった。
子どもがいるだけでこうも態度が変わるのは正直なところ、ありがたい。
「子どもの服を見せてくれ。道中魔物に襲われてな、人前を歩けたものではない」
「ああそれで隠れてたのかい。任せな! とびっきり可愛いのを持ってきてやるぜ」
「いや、機能的なもので頼む。まだ暫く歩かなくては行けないんだ」
「見たところ、傭兵か何かかい? いったいどちらまで」店主はテキパキとお眼鏡に適いそうな服を集めては、長テーブルの上に広げる。
「ウラノスです!」答えたのはノアだった。
「ウラノス? あー、そこって遠いのかい?」
店主は自身の村意外には明るくなかった。
「それなりには」
エノクだけなら三日とかからないだろうが、今は夜中に動くことができないため、一週間程度はかかると見ている。
店主はそうかいと適当な相槌を打って、ジャーンと陽気に両手を広げる。テーブルの上には子供用の服がずらりと並んでいた。
「お嬢ちゃんのサイズに合いそうなものを見繕ったよ。試着もできるし、合わなかったら直してやれるからな」
丸襟の可愛らしい雰囲気のワンピースに、清楚なAラインのスカートとシャツ。動きにくそうだ。丈の短いパンツなど防御力がないにも程がある。ここは一番地味な茶色の長ズボンと赤茶色のロングシャツが妥当――。
「わ、わたし。あの、あれが、いい……です」
ロングコートの隙間から小さい手がある服を指差す。
淡いアイボリーのロングコートに、くすみピンクの膝丈ワンピースと刺繍入りのグレースパッツを合わせた、出されたものの中でも一番女の子が好きそうなデザインの服。ワンピースの胸元には淡い茶色の小さなリボン。袖や裾には控えめながらフリルやレースがあしらわれている。
「お嬢ちゃんお目が高いね!」
汚れやすそうなそれは、エノクとしてはあまり好ましい格好ではない。だが、ノアの方はというと、店主の軽快な売り文句に目を輝かせ、いつの間にか試着するという流れにまで至っている。
「あっちで着替えられるよ。ああ、安心しな。外からは見えないからな」
「は、はい! ありがとうございます」
店主から服を手渡されたノアは嬉々として、部屋の一角にある四角い目隠し板の裏側へと回り込んだ。
「あの服だといざという時に動きにくそうだが」
「心配性だね。ま、気持ちはわからなくはないよ。だがなあ、俺を甘くみくびってもらっちゃー困る。あの服に使われてる素材は騎士連中も愛用している軽くて丈夫なやつさ。ここに来るやつの中にはあんたみたいな子ども連れた冒険家も多いからね。ニーズは満たしてるぜ」
お気楽な性格の割にはかなり堅実な仕事をするタイプのようだ。
だが、少し考えてもみれば、容量と堅実さを併せ持っていなければ、小さいとはいえ流通の拠点となる村で店を構えることなどできないだろう。つまり、それなりに信用に足る腕前の持ち主である。
「見てください! 似合いますか?」
ぴょこぴょこと跳ねながら先ほどの服を身に纏ったノアが板の裏から現れる。茶色の髪とアクセントとして入っている茶色のリボンやらが似た色だからか、彼女のために仕立てられたのではないかと思ってしまうくらいにはよく似合っていた。
だがしかし、エノクの感想は似合う似合わないではなく、服のサイズがピッタリ合ったことに対する驚きだった。この店主はやはりその手の慧眼を持っている。
「おおいいね! 似合ってるぜ! な?」
店主が親指を突き立てる。エノクがこくりと何の気なしに頷くと、パッと顔が華やいだ。嬉しそうに、恥ずかしそうに頬を染める。
「だが、その靴はちょっといただけねえな。これ、農作業用のだろ? 防水には優れてるが重かったろうに。ちょっと待ってな。いい靴を持ってきてやるよ」
そう言って持ち場を離れた店主に「鞄も頼む」と声を掛ければ、はいよーと陽気な返事が返ってきた。
(思うことがないわけではないが、彼女が気に入っているのであればこれでいいか)
どうせ戦うのは自分だ。自分が彼女を守れば、どのような身なりをしていようが、大抵のことは些事である。
「おーい。持ってきたぞ!」
店主の声がやけにくぐもっていた。目を向ければ、視界が確保できないほどの木箱を積み重ねた店主が階段からヨタヨタと降りてきているところだった。
茶色の編み上げのショートブーツに、革のショルダーバック。ついでに店主の行為で緩く二つに言われた髪。ふんすと鼻息を荒くするノアはどこか自信ありげに口の端をあげている。その横に何故か立たされているエノクは相変わらずの無表情。
「いいねいいね」
店主は両手の親指と人差し指の端をそれぞれ合わせて作られた四角いフレームの向こうから瞳を覗かせて、右から左から正面から。あらゆる角度で二人を眺めている。
「お嬢ちゃんは白と茶色。旦那は黒と赤。並んでていい感じの親子感。いやー、これが眼福ってやつなのかな。俺感動しちゃったよ」
感慨深げに何度も頷いている。
「気は済んだか」
店主の行動が理解できないエノクはややあって口を挟んだ。悪い悪いとかけらも思っていなさそうな、軽い返事を返す。
その視線が壁にかけられている時計へと向き、眉を下げる。
「こりゃ、随分と遅くなっちまった。名残惜しいがこれ以上引き止めて置くわけにもいかないな。夜になるとここも物騒だからね。お嬢ちゃんみたいな可愛い女の子は攫われないように抱き抱えて帰るんだな」
紙に代金を書いて手渡しながら店主は言う。物騒? 村の中だというのに?
「ほら、ここっていろんな人間が集まってるだろ。だからさ、中にはいるのよ。闇商人ってやつ? 奴隷売ったり使ったり、密輸品ばら撒いてウハウハしてるやつ。普段は路地裏なんかに行かなければ大事ないとは思うんだが、今日は確か穀雨の新月だ。ちょっと運が悪いねぇ。この日に当たると盛大な闇市が開かれるのさ。だからま、夜は外に出ないことをお勧めするよ」
札を数えて店主に渡す。店主も慣れた手つきで札を弾いてこくりと頷いた。
「確かに受け取ったぜ。旦那方みたいないい見てくれの客はいつでも大歓迎だ。その、何とかってとこ行った後でも、また寄ってくんな。新作こさえて待ってるからよ」
陽気な店主は親指を立てて、パチンと片目を瞑った。




