第十九章 剪定にて1
キンと金属同士が重なる音が鋭く響く。
ノアとシャヴァラを庇うように大剣を受け止めたのはアオノである。その腕も重たい一撃に耐えかねて、ブルブルと痙攣している。
「ノアちゃん今のうちに!」
「は、はい!」
アオノは睨むようにして眼前の男を見やる。口元は一文字に結ばれ、時折辛そうに隙間が開いて息を吐き出す。剣を持つ手が震え、その振動がこちらにも伝わってくる。
「……くそっ」
それはどちらかの言葉が吐き捨てられ、石のような重さが遠のく。腕が笑っている。
「エノクさん」
静かな声音が嫌に反響する。影を落とした双眸が悲しげにこちらを見る。だが、それは一瞬で深海よりも冷たい瑠璃色の瞳が三日月を描く。
「やっぱり、繋がりがあまりにも微弱だ。まあ、ないよりはマシか」
その声はエノクのものである。しかし、動かしているのは別のもの。先ほど、エノクに襲いかかった見えない何か――災禍の化身。
「にしても今のこいつは弱いな。正直拍子抜けだよ。もっと抵抗されて押し込まれるか追い出されるかするかと思ったのに。魔王って肩書きがなくなるだけでこんなに脆いとはね」
肩透かしを食らったとばかり首を緩く振る。
「災禍の化身、エノクさんをどこへやったんだ」
「なんだその質問は」鬱陶しそうに目を細める。「この体の持ち主なら今ねじ伏せてるところなんだ。取り込めたらよかったんだけど、あいつのせいで糸が結構切られてて、上手くいかないんだな」
まあそれも時間の問題だけど。化身はエノクの顔でニヤリと口を歪ませる。
その醜悪さにアオノはギリと歯を食いしばる。震える指先を叱責して剣を構え直せば、「やめた方がいい」などとその口はほざいた。
「さっきの見て何を学んだんだ。仮に体を殺したところでそれは私を殺したことにはならないよ。だったらほら、平和的に行こうじゃないか」
ニコニコと朗らかな笑みを浮かべる。かつて一度だってエノクはそんな表情をしたことはなかった。一周回って末恐ろしくもある顔だ。
「私がエノクの代わりを務めてあげよう。安心していい。私はエノクという魔物に関しては造詣が深いんだ。今でこそこんなだけど、体の支配権が完全に私に渡ったらその時は」
全てを言い終わる前に、銀色の剣がエノクの首の横を突き刺した。刃に触れた黒髪がはらりと落ちていく。細く開けられた眼窩から冷めた色の瞳がその様を見届ける。
「君、やっぱり弱いね」一足に間合いを詰める。「どうすのが最善か。一番わかっているのは君なのにさ」嘲笑を含んだ言葉が耳打ちされ、アオノは反射的に後方へと飛び退いた。
「さあて、勇猛果敢な勇者もどき君。生憎この体がもたらす災禍は破壊なんだ。もし死にたくないのなら、君も破壊するつもりで私に挑むといい。このスペアも失ったら、うん。私は次こそ消えてなくなる。元々一度瀕死にまで追い込まれた核を無理やり魔力で繋ぎ合わせてここにいるんでね。繋ぎ止める体が完全に停止すれば、それと一緒に私もパキンだ。よかったね」
化身は剣を肩に乗せる。嘲るように鼻を鳴らすと、一息にそれを縦に打ち付ける。横に飛び退けば、足に小さな破片がバラバラと降りかかった。それが大理石のものであると気づくのに、時間はかからない。
「あいつは力を抑えていたようだけど、私はそんなことしたら殺されてしまうからね」
右に、左に、まるでハンマーでも振るうように大剣が振るわれる。斬ろうなどとは考えていない。まさしく力に任せた撲殺。それだけを化身は愉しんでいる。
避けて、避けて、避けて。刃と刃がぶつかった。重たい一撃に火花が飛び散る。足に全体重を乗せる。そうでないと、壁まで飛ばされる。
冷や汗が、アオノの額を流れる。
ノアはただ茫然と、一方的な嬲りを見つめていた。エノクの姿をした化身がアオノを叩き殺そうとしている。そしてアオノはそんなエノクに立ち向かう決意を持つこともできぬまま、守りに徹していた。その表情にはすでに疲れが見える。
「く、アオノ……。ワシは、どうすればいいんじゃ」
シャヴァラが肩を落とす。その問いに答えられる者はここには誰もいなかった。エノクを殺すか、自分たちが殺されるか。これはそんな選択である。こうしている間にもアオノは刻一刻と押されている。時間はない。時間は、もう、ない。
ノアはぎゅっと拳を握り込んだ。
「おばちゃま、ガレアス。お願いがあります」
幼い少女は凛とした佇まいで、二人を振り返った。




