第十七章 王都にて1
ガタガタと荷車が揺れる。一際大きな荷車は、王都の扉の前で門番に停止させられる。
「通行証は」「はいよ」ペラリと紙を投げるように渡せば、甲冑の男たちはそれをジロジロ、荷車をギロギロ、見つめる。
「中を確認させてもらう」「別に構わないが、指一本触れるんじゃないぞ」
車夫の隣で長い脚を組んでいた眼深な帽子の青年が、凛とした声で釘を刺す。
「大切な衣装なんだ。一つでも傷がついたならわかっているね?」
びくりと門番は体を震わせた。オーバル曲芸団を贔屓にしているのは、自分たちよりも遥か格上の王侯貴族。年に数回の王都での公演が中止となっては、彼らはすぐに理由を突き止め、どんな些細な物事でも大罪に仕立て上げる事だろう。門番たちは互いに顔を見合わせて、示し合わせたかのようにチラリと目隠れの布の端を捲った。
服、服、布、布、たまに何かの道具入れ。うん問題ない。
「通って良し!」
偉そうにふんぞり返る。「格好悪いなぁ」との感想を飲み込んで車夫は荷車を王都の中へと進めた。
「関門突破、おめでとう!」
陽気な声と共にバッと帆布が抜き取られる。薄暗闇に斜に差し込む日差しに目をくらませながら、不法侵入者は順番に姿を現した。
てっきりどこかの路地裏あたりで降ろされるものだと思っていたエノクたちは周囲を回し見て、一斉に顔を顰めた。どこかの庭園と思しき場所。ぐるりと白色のバロック調を連想させる建物に囲まれた庭園は、十字に石畳の通路が走って、それ以外のところは花壇となっている。ふわっとした花の香りは、太陽の光を目一杯浴びてキラキラと輝く花々から香ってくるものだ。庭園というよりは花園といった方が言い得て妙だろう。
「ここ、誰かの敷地の中なのでは?」
「安心したまえ。私の友人の屋敷の中だ。友人には許可を取っているし、喜んで手を貸してくれると――」
「喜んでとは言っていない」
ペラペラと口舌するオーバルの言葉を遮った声に一同はハッと顔を上げた。声のする方を見ると、藍色の髪の青年がスタスタと歩いてくる。斜め後ろには白い髭を生やした見るからに執事っぽい老人が恭しく頭を下げる。
「お主リベルタの――」
「お久しぶり、というほど時間も経っておりませんね。ごきげんよう、珍妙な旅の方々」
どこかトゲのある挨拶。しかし、彼は見るからに丸腰で少なくとも戦うつもりはないことは明らかである。
「まさかオーバルさんのご友人って、この方?」
「いかにも! そこにいるお坊ちゃんの世話係が私の祖父でね。時折私の村に滞在しては遊ぶ仲だったのさ」
「世間は狭いのう」
毒気を抜かれた様子のシャヴァラたちに反して、エノクはまだ臨戦体制を解いていない。鋭い双眼がギリとテオを見据えた。
「何を考えている」
「少なくとも、あなたが剣を構えるような理由ではありませんよ」視線が横へと逸れる。
「……ただ、賭けてみようと思ったんです」
何を? 問うように片眉が上がる。
「僕が、自分自身を認められるような騎士になれる国になるのなら、例え魔物であっても協力するということですよ。僕は、祖父のように自分の矜持を守るために、騎士の位を捨てるってことはできません。根本的に臆病なんです。だからあなたたちに協力して、少しでも自分の納得のいく環境に身を置きたい。要は利用したいだけ。賤しいネズミと同じだ」
「まあまあ、そう卑下するんじゃないよ」
オーバルがテオの肩を抱く。テオは鬱陶しそうに表情を歪めたが、振り払いはしなかった。
「私たちが集まった理由は、清廉潔白な志でも同じ目的を掲げることでもない。ただ、偶々目指しているものが同じような場所にあるってだけさ」
「目指しているもの……」
神妙な面持ちでアオノが繰り返す。
「お兄ちゃん?」
「ううん、なんでもない」
どこか困ったように笑った。言葉通りの意味ではないのは明確だったが、それ以上問いただすことはできない。
「でだ、エノクくん」
オーバルの表情が真剣な形を取る。
「私やバトンにできることはここまでだ。王都内のお貴族様方は直に到着する我々の仲間との臨時公演である程度関心を向けていただくことは可能だ。だが、場内は難しい。彼にもなるべく一目につかないように案内を頼んでいるが」
「あまり期待はしないで欲しい」テオが引き継いだ。
「僕は騎士団の隊長ではあるが、言ってしまえばその程度なんだ。他の上官と違って完全な抜け道を知っている訳ではない。城の中に潜入させることはできるが、それ以降は君たちに頑張ってもらう他ない。」
「もとよりそのつもりだ」
「じゃな。で、中と外の警備体制はどうなっておる? 何人くらいがそれぞれ配置されているのかのう」
テオは僅かばかり逡巡し、顔を上げる。
「城外でしたら常に百は超えているかと。中は正直なんとも……。最近は王城はおろか、王都から離されている騎士団も多いので、多く見積もっても三百に達するかどうかという数だとは思います」
「ならば良い。お主はワシらの案内に注力せい」
「はぁ?」
テオが訝しげに首を傾ける。
「なるほど。その程度なら余裕だろう」
エノクは合点がいったとでもいうように静かに頷いた。
「なるほど、とは?」アオノが尋ねると、はぐらかす様に彼女は徐に空を見上げた。
「今日はやたらと雲が多いのう」
突き抜けるような青空に、ポツンとそんな言葉を溢した。




