第十六章 ヴィヴィアンにて
エノクの険しい双眼を一瞥し、オーバルはすくっと立ち上がる。
「がふがふ!」
ガレアスはブンブンと尻尾を振ってエノクの足元に尻を付けた。その様子で察する。
「なるほど。君が彼女たちのお仲間か。ふーん」
無遠慮に視線を上から下へと走らせ、じっと顔を凝視する。
「演者としては申し分ないが。彼女の側にいる登場人物としてはあまりにも厳ついな。もっと柔和で耽美な美青年を想像していたのになあ」
と失礼なことをツラツラと並べる。エノクは無表情でそれを聞き流し、踵を返した。
「あ、ちょっと待ちなよ。こんな美人を前にして挨拶の一つもないのか? 君のとこのお嬢さんとワンコを保護してあげたのは私なのだが?」
ふと、ノアの片手にりんご飴が握られていることに気づく。ふっと鼻から息を吐く。
「それについては感謝する。では」
「いや待て待て」
オーバルががっしりとした腕を両手で掴む。しかし、細身の体は錘にもならない。ずるずると引っ張られる。
「せっかく今いいところだったのに、途中で乱入しておいてあっさり立ち去れるなどとは思わないことだね!」
「そ、そうです! エノク、この人は――」
「あんれー?」切迫した空気をぶった斬るように間延びした声が乱入した。声のした方へと振り返れば店主がニョキっと顔を出す。
「オーバルさんじゃないっすか」
その名前に心底不快とでもいうように、眉間に皺を寄せた。
アオノとシャヴァラとも合流し、宿の客間にて六人と一匹が顔を突き合わせていた。
「ふむ、なるほどね」
バトンから王都への潜入のために協力してほしい旨を聞いたオーバルは、思案げな表情でテーブルの一点を見つめる。次の瞬間、バンとテーブルを叩いて爛々と瞳を光らせた。
「任せたまえ! 私が責任を持って君たちを運んで見せようでないか!!」
「な、俺の言った通りだろ」
恍惚とした表情で宣言したオーバルの横でバトンがアオノに耳打ちする。
「いや、でもこの人、本当に信じて大丈夫なんですか?」
彼は半信半疑と言った様子で胸を逸らせるオーバルを見上げた。おそらく善意からものを言っているのだろうが、だからこそ不安になる。自分たちを王都に連れて行くということは密行の手助けをすると同義であり、人気な旅芸人集団の団長としてこの即断即決はいかがなものだろうか。
「まあまあ、良いではないか」不安げなアオノと違ってシャヴァラは大らかに宥める。
「どの道、ワシらに選択肢などあってないようなものじゃからな。ここで団長自ら協力を快諾してくれるのは実に運がいい」
「ええ。麗しいマドモアゼルもいると会っては、手を貸さない言われはないでしょう」
「ほーお。ワシはマドモアゼルなんて言われる年齢でもないのじゃが、嫌な気はせんの」
珍しくえらく上機嫌である。店主が持ってきた酒瓶がテーブルの上に鎮座しているからだろうか。
「しかし、潜入のための荷車を用意するとなると少なくとも一週間はお時間をいただきたい。こっちにもスケジュールがあるし、王都に行くのであればそれなりに理由がないと我々と言えども怪しまれるからね」
「それはそちらに任せる。別に特別急いでいるわけでもないからのう。なあエノク?」
エノクはムッスリと黙り込んでいる。いつも頷くか首を振るかで一応の意思表示をしてくれるのだが、今はそのどちらの素振りも見せない。
「この愚息め。娘が他人に懐いていたからとそう目くじらを立てるもんじゃないぞ」
「違う」反論が返ってきた。
「娘……」オーバルが口の中で呟く。ふむ、と興味深いものを見るようにエノクに視線を移せば、冷めた眼が睨み返してくる。
「まあ、そういう話ということで、こちらも色々調整してみるよ。事の仔細は追って伝えるから、君たちはここでごゆるりとしてくれたまえ」
では、と紫色の髪を靡かせて颯爽と出ていってしまう。
「なんだか、不思議な方ですね」
ポツリとこぼされた感想に、何人かが首肯した。




