第十六章 ヴィヴィアンにて1
うっかり予約するのを忘れていました。
とりあえず毎日何かしら投稿しようとしていた矢先にこれです。
大変申し訳ございません。今日からまた頑張ります。
「なるほど、ということは君は迷子ってことか」
真四角の木箱の上で足を組み、オーバルは細い顎を撫でる。
「ガレアスくん? ご主人さまの匂いを辿ることはできないのかい?」
「がふっ」ピンと耳が張る。「できるそうだ」
「ガレアスの言っていることがわかるんですか?」
「いいや。私は魔物でも精霊でもないからね、全くわからないよ」
あっけらかんと言い切られてしまうと、ノアも肩を落とす他ない。どうも先ほどからのオーバルとの会話は宙に浮いた雲のように掴めない。一言で表すなら適当。独特のテンポ感をもつこの手のタイプは、ノアの数少ない人間関係の中にはないものであった。
「ガレアスくんがご主人様の位置がわかろうがわからなかろうが大した問題にはならないよ。この街は特別大きいというわけでもない。フラフラ歩いていれば探し人も見つかるさ。どうだい? 私と一緒に人を探しながら観光でもしないかい?」
「え、えっとー。お兄ちゃんから見ず知らずの人に話しかけられても相手にするなと」
体よく断ろうとするも。
「もう十分相手をしているじゃないか。ここまで会話を重ねれば見ず知らずの人ではないよ。それに、ガレアスくんの食欲を満たしたという意味では君の恩人ということになると思うのだが、どうだろう?」
「う、うーん。そう、なるのでしょうか?」
小さい頭でうんうん唸る。
確かにここまで話してきた印象として、変わった人ではあっても悪い人ではなさそうだ。悪人であれば、こんな路地裏に小さな少女が犬と一緒に迷い込んだと瞬間にそのまま誘拐してしまうだろう。
それに何より、目の前の人物はオーバル曲芸団の座長。犯罪集団とかでない以上、自分のような少女相手に悪行をしても何も良いことはない。しかし――。
ちらっとオーバルの顔を見る。にっこりと微笑まれた。
(胡散臭いってこういう笑顔のことを言うのかも)
などと失礼なことを考えしまい、咄嗟に首を横に振る。
「なるほど。君は今盛大に悩んでいるようだね。ならば、主に誓って邪な気持ちはないと誓おう。紳士的に、君をエスコートさせてもらうよ」
「主? あなたにもご主人様がいるんですか?」
偉い人のようなのに。
「ご主人様? うーむ。その言い方は当たらずも遠からずといったところかな。うん。そうだ」
少し悩む素振りを見せて、すぐにひとりでに頷く。
(……多分、違うんだろうなぁ)
明らかに適当に返事をしたと思えない。しかし、その質問がどうでも良いことであるのは確かなので、流されても仕方がない。
「わかりました。みんなと合流するまで一緒にいていただけますか?」
一人と一匹で動いて本当に危険な輩に絡まれないとも限らない。完全に腑に落ちたわけではないが、ここはご厚意に甘えさせてもらおう。
(エノクたちと引き合わせたら、荷車の話もできるかもしれないし)
という下心のことなどつゆ知らず、オーバルは長い足で立ち上がる。
「では行こうか、お嬢さん」
とキザにウィンクを決めた。
色めき立つ街。歓声と喝采。鼻腔を擽る香ばしい香り、あるいは甘い匂い。耳を楽しませる音楽があちこちで反響し合う。
まるで様々な舞台をきゅっとまとめたようにこの街は優美な活気に溢れていた。どこに目を向けても人々は生き生きと活動し、息遣いまで聞こえてくるようである。
「昔はね」オーバルがフランクフルトに齧りつきながら語り出す。
「こんなに活気のある街ではなかったのだよ。まだ私が生まれる以前のヴィヴィアンは一日に二度、演劇が行われているだけの、比較的大人しい街だった」
「演劇?」
「人が別の人の人生を演じる芸だ。多くは物語や歴史を題材にして、その登場人物に成り切るのさ」
そういえば、今のオーバルとテントの中で見たオーバルはややテンションが違うが、それも演劇の一種だったのだろうか。などとノアは頭の中で考える。
「どうして二回だったんですか? 今は時間に関係なくいろんなところで芸を披露していますよね?」
「神様への捧げ物だったからだ」
「神様?」
神といえばあれだ。教会と呼ばれるところで信仰されていると言うすごい人。八の村にも石造の小さな教会があったため、少しだけ記憶がある。
「太陽は神の眼。朝は神が目覚めている時間。夜は眠っている時間と考えられ、人々は目覚めの時間と眠りに入る時間に演劇を披露した。この世界で生まれた幾千もの命の物語を神に伝えるためにね」
「でも今は違うんですね」
でなければこんな真っ昼間から芸を披露などしていまい。いや、劇でないからそれとこれとは別というものなのかもしれない。
「そう。今は違う」ノアの言葉はあっさり肯定された。
「国が教会に圧をかけるようになってから、ここは閑静な演劇の街から芸の街として盛り立てられるようになった。ここがこんな騒がしくなったのもその頃からだと聞いているよ」
素っ裸になったフランクフルトの棒をゴミ箱に投げ入れる。投げられたそれはダーツのようになだらかな線を描いてゴミ箱の奥へと突き刺さる。
「嘆かわしい」腕を組んでふぅと息を吐く。その横顔は嘆いているというよりは、悩ましげに見えた。
「納得がいってないんですか」
「おや? そう見えたかい?」
意外だとでもいうように切長の目を大きく見開いた。口元が曖昧に歪む。「そうだねぇ」言葉を探すように呟かれた。
「曲芸団の仕事は気に入っているさ。かなりやりたい放題させてもらっているからね。でも、そうだな」
くるっとノアを振り返る。
「私はね、意味のない芸は芸として成り立たないと思うのだよ」
「……えっと?」
「つまりは!」突然、なんの脈絡もなく、舞台の上に立ったかのように声を高らかに響かせる。ガレアスがなんだと言いたげに振り返った。
「――外見だけではいけないということさ。内容や、その芸に対する演者の思い一つ一つが重なり合い、時に調和と不和を繰り返して芸は芸となる。金稼ぎの道具や愉悦の対象に堕としてしまうのは惜しい。実に惜しい! この意味、君にならわかるんではないかな」
紫の瞳が怪しげに細められた。ノアは困惑したように眉尻を下すことしかできない。
「……話を変えようか」近くの屋台でりんご飴を二つ購入し、一つをノアに渡しながら訥々と進める。
「私はね、昔一人の女性に会ったのだよ。大きなお腹を抱えてね、私の生まれ故郷出会った小さな村にまで、その女性は来たのだ。小脇には紙芝居の道具を抱えていてね。畑と馬しかないつまらない村の子どもたちは娯楽に飢えていて、語り屋が来たとの噂を聞いて、私含めて一斉にその女性の前に集まった」
突然の昔語りに別の困惑の色が重なる。しかし、傍の少女のそんな様子など知ってかしらずか、語りは突き進む。
「知っているだろう? 剪定の剣の勇者の伝説。場所によって少しずつ異なる伝承が残されている中でも、彼女のそれは格別だったのさ」
オーバルが息を吸い込む。凛とした声が調子を刻むように言葉を紡ぐ。




