第十四章 リベルタ領にて1
その街は美しかった。
白い石畳の道に、白い壁が日暮れ手前の朱色の太陽の光を反射している。青い屋根はコバルトのような光沢を讃え、格子の窓の手前には、色とりどりの花が街を彩っている。
ランタンを先につけたような黒い該当がポツリポツリと順番に点っていく様は、まるで旅人を歓迎しているかのような錯覚を起こす。
「す、すごい」「うん!」無邪気に感心する声。「むう、こ綺麗になったのう」と俯瞰した感想。一人は無言で、食べ物の匂いにつられて今にも走り出しそうな相棒の背中を押さえていた。
「見てまわりたい気持ちもあるが、ここはもう王区じゃ。目立たない道を選んで素通りするくらいでちょうどいい」
幸いにも、街の中には住民だけではなく、外套を羽織った旅人やら行商人らしき姿も散見される。これなら多少目立つ集団でも、旅の御一行様と言うことでやり過ごすのは容易い。
街頭の明かりの差さない路地を選びつつ、手っ取り早く街を出しまおう。
人目を避ける際に優秀なのはガレアスであった。彼の五感は人間の何十倍も鋭いため、気配があればすぐに別の道を選択する。これ以上安全な案内役はいない。
この街は、ウラノスやハブの村のように外壁がない。森と隣接しているところだけでなく、平野に対しても広く開け放たれている。王区にある他の街と比べてもここまで警戒心のない作りをしているのはここだけだろう。代わりとでも言うように、至る所に駐屯場らしき円柱の建物が立っている。
森を背にして扇形に広がる街は結構な広さで、路地裏というような細い道はあまり見られない。どこの道も大柄の男性が三人、並んで歩いたとしても余裕がある程度の作りになっている。この余裕のある作りが監視の目に役立っていた。
ガレアスを先頭に歩く。何度か角を曲がったところで、地平線に平野らしき淡い緑の絨毯が姿を現す。
「ここから王都は距離こそあれど、一本道じゃ。平坦な道じゃし、それほど苦労はせんじゃろう」
「王都に入る時が大変なんじゃないですか? それこそ、入り口に検問所とかあるでしょう?」
「そうさな。どこかの行商人の荷物に紛れ込むか……。顔パスできるやつの影に隠れるのが最善なんじゃが。まあ、前者が妥当か」
であれば協力者を得る必要が出てくるわけだが、生憎この中にそのような伝手を持っている者はいない。
「まあ、それはおいおい考えれば良い。ほれ、もう街を出られる」
「随分と呆気ないですね」
アオノが溢す。だからと言って、何か緊急事態が起こってほしいわけでもないのだが、気を張っていた分、拍子抜けしてしまう。
「ガレアス、止まれ」
エノクの一声で、ガレアスはぴたりと止まる。一歩前に出て鋭い視線を周囲へと走らせた。
駐屯場の前に騎士が何人か屯しているようだ。何か事件でもあったのか、耳をそば立てたいところだが、この距離では耳を澄ましたところで他の音と混ざってしまう。
「別のところから出た方がいいですか?」
雑談に花を咲かせているだけであれば、寧ろ好都合なのだが、そうでなければ厄介である。ウラノスで逃した者たちがどこまで正確に自分の情報を伝えているのかはわからないが、伝わっていればそれこそ怪しまれて取り調べの一つでもされるだろう。迂回するのも手ではある。
しかし、太陽はすでに半分ほど沈んでおり、あまりのんびりとしてもいられない。日が沈めば、警備はより強固になるだろうし、明日の日の出を待つとして街の中で放浪していたら不審な目は避けられない。さらにいえば、宿を借りようにも狼のような見た目のガレアスをどうするかという問題も生ずる。ガレアスとて、見た目は狼でも、青い炎のような尻尾や藍色の光沢のある毛並みはどちらかといえば魔物のそれ。見る人が見ればパニックになってしまうことは間違いない。
やはり突っ切るべきだ。そう結論を出し、歩を進める。エノクの後ろに他の足跡も続いた。
警備の一人がエノクたちを見る。それに続いて立ち話をしていた他の二人の視線も向く。
「旅の者か」「南西の方から来た」「次はどちらに?」
特別警戒しているという雰囲気ではない。流れ作業のような詰問である。エノクが答える前に、シャヴァラが巨体を押し除けた。
「ヴィヴィアンじゃ。ワシら旅芸人をしとってな。野暮用で仲間と離れたのじゃ。そこで合流手筈になっておる」
「ああ、なるほど」ぽん、と一人が納得したように首肯した。一人はエノクを、もう一人はキョトンとしているガレアスを見やる。
「もうすぐ日が暮れるから、気をつけた方がいい。それと、もしよければ一つ頼まれてはくれないか」
「なんじゃ?」
「藍色の髪の男性を見かけたら、家令殿が心配しているから早く戻るように伝えてくれ」
「あいわかった。それっぽいやつを見かけたら伝えておこう」
言伝を預かって、リベルタの街を背にする。終始どことなく気の抜けた雰囲気に、アオノはまたもひとりでに脱力するのであった。
「カレーってなに?」
「家令じゃ。でかい屋敷なんかで家の一切を取り仕切ってる人間のことよ」
「それって、かなり偉い人ですよね? もしかして、いいところのご子息がいなくなってしまったとかでしょうか」
「だとしたら今頃やつらは血眼で探しておる。見たろうあの緩さ。事件なんて起こってない平和な街のそれじゃ」
どこかつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「藍色の髪の人間なんて珍しくもないからのう。まあ、見かけて声かけられそうだったらかければいいじゃろう」
その場ではそれなりにいい返事を返したが、だからと言って全うするつもりはあまりないようだ。
「もうすぐ日も暮れる。ここら辺で焚き火でも作るか」
街から百メートル離れたかというような距離だが、下手に夜道を歩くのは危険である。王区といえど、魔物も多少は出るだろう。
「はーい」とノアが返事をするのを合図に、皆がバラけて焚き火の材料となる枝を集める。整備されているせいでそれらしきものがあまり落ちていない。
エノクはくるりと辺りを見回した。少し離れたところに一本の木が佇んでいた。あそこから拝借するか。
「シャヴァラ、向こうに行く。三人を頼んだ」
「おうおう、おばちゃまに任せな」
返事をすると彼女はその場で胡座を掻き、適当な石を並べ出した。




