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第十三章 王区にて2

 『帰らずの庭』を出て、再び荒野を歩く。魔王の城、『帰らずの庭』、そしてこの荒野は円形に広がっているらしい。そして、魔王の城を突っ切って、ウラノス方面とは反対側へと進んでいけば、王区へと繋がる森に出ることができる。

 「つまりいよいよ敵陣ってことですか」

 「やる気があってよろしいが、そう構えずとも良いじゃろう。場所的にはまだ端じゃし。臨戦体制になるのは王都に侵入した後で良い」

 「そ、そうですよね」

 緊張した面持ちのアオノがガクガクと不自然に首を振る。

 「おばちゃま。一つ聞きたいことがあるんです」

 「おう、どうした? おばちゃまがなんでも答えてやるぞ」

 満面の笑みである。

 「十の村」ボソリと口の中でつぶやいてから、くいと顎を持ち上げる。金色の瞳が陽の光を反射してキラキラと淡く輝いていた。

 「十の村は、どうして燃やされてしまったの?

 「ん? ああ、そういえば。十の村も燃やされたんだったか」

 「他の村とか街は、全て勇者さんとそのお仲間の関連する土地だったと言うのは、カリムさんのお話を聞いてわかりました。でも、十の村だけ何にも話していなかったから、どうしてなのかなと思ったんです」

 十の村。奴隷取引の拠点となっていた場所。あの夜、ハブの村で見たような取引を大々的に行なっていた拠点である。大々的に行なっていると言う事は、王侯貴族も訪れるような、半ば公式の奴隷取引市場だったとも言える。

 「はて、確かになんでだろうな。ワシらの仲間に十の村の出身者は愚か、商人側も品物側もおらなんだ。ふむ……」

 シャヴァラの細い指が顎に添えられる。無表情なままくるくると思考を展開しているらしい。

 「お兄ちゃんはどう思いますか?」

 「え!?」

 「……聞いていなかったんですね」

 見上げている目がやけにじっとりと湿っている。ごめんと言いながら両手を上げる。

 「そやつはやけに緊張しておる故、いい見解は望めんじゃろう」

 「そうですか? なら、エノクに聞いてきます」

 スタコラと彼女はエノクのところへと走り去ってしまう。安堵の息を漏らしたアオノにシャヴァラが肩を寄せた。

 「童。お主やはり乗り気でなかったか」

 彼にだけ聞こえる声量で囁けば、バツが悪そうに視線が横を向いた。

 「乗り気じゃないわけではないです。ただ――。俺には覚悟が足りない。あなたたちは元より、ガレアスやノアちゃんよりも、もしかしたら」

 百年近く主人を待ち続けたガレアスは、今から国に喧嘩を売りに行こうとしていることがわかっているのかいないのか、陽気に口の端をあげ、へっへと舌を揺らしている。時折エノクを見ては尻尾がぶんぶん揺れる。

 思うに、彼にとっては主人であるエノクと共にいられることが何より大事だったのだろう。だから、百年なんていう気の遠くなる時間、荒野に雨を降らし続けていた。

 ノアだってそうだ。あの雨の中何があったのかはわからないが、ノアのエノクに対する信頼は少し形を変えたように見える。彼女なりにエノクの支えになろうとしているのは、目に見えて明らかであった。もちろん、今までだってエノクのことを気にかけていたが、そこにあった感情の大部分は心配であるとアオノは感じていた。しかし、今の彼女が向けるそれは確固たる信頼に変わっていた。同時に、その信頼を支えんとする強い意思すら感じる。

 「覚悟なんて持つ必要ない。アオノ、お主は何か誤解しているやもしれんが、これは蛇足の道なのじゃ。本当はやらなくていいことを、ワシらは自分の我儘でやろうとしている。

 魔王がいなくなった今、国が魔物に取って代わられる事はない。確かにいくつかの犠牲はあるかも知れぬが、その身勝手はやがて当人たちに降りかかるだろう」

 災禍とはそういうものである。放置していたところで必ず自身の身も滅びる。

 「じゃから、お主が覚悟を持つ必要などない。無理だと思った瞬間に大手を振るって逃げても構わん。その程度のことなのじゃ。ワシらがやろうとしていることは」

 (……でも、俺がそうしたら――)

 無言のまま頷くこともせず、アオノは目線を外した。


 ノアがエノクの袖を引っ張れば、眼だけが動いてその姿を捉える。

 「聞きたいことがあるんです」

 なんだと言う代わりに顎がやや上を向く。

 ノアが十の村について尋ねたところ、彼は真っ直ぐ正面を見据えた。黙考しているである事は読み取れたので、言葉を待つ。少ししてややあって口が開かれた。

 「十の村は奴隷取引が盛んな村だったな」うんと頷いてみせる。

 「八の村、そしてハブの村に騎士が押し寄せた際の言い分も確か奴隷を回収する、だったか」

 「奴隷……。でもおばちゃまは勇者さんの仲間に奴隷関連の人はいないって」

 先ほど聞いた情報を伝えれば、エノクは再び押し黙る。数分の沈黙の後、続きが紡がれた。

 「奴隷は大きく分けて二つに分けられる。身売りに売られた者と身元不明者だ」

 「う、うん?」それがどうだと言うのだろう。

 「私が考えるに、国が奴隷をわざわざ集めている理由は労働力の補充を目的としたものではない。かといって、奴隷を解放するような真似を今のやつらがするとは到底思えない」

 「労働力でも、自由にしてくれるわけでもないなら……。えっと」

 他に奴隷の使い道は何かあるだろうか。小さな頭の中であれこれと唸ってみてもそれらしい回答は導き出せない。

 「魔女信仰を覚えているか」

 魔女信仰――カリムとその姉が住んでいた山の麓の村で盛んだったという信仰。二人の魔女からの恩恵のお返しに、彼女らの好むものを捧げていたという話だったか。

 粗方は、と頷いた。

 「カリムの話では、彼女に対しては人間の奴隷を捧げていたと言う。彼女は供物を食べる以外の用途で用いていたらしいが、反対に言えば、食べる用途の人間の供物もあると言うことだ」

 「そ、それって」ノアの顔からサッと血の気が失せる。

 「そう言う事だろう。食料を生産する村人なら兎も角、誰かの所有物になる前の奴隷は、国になんの貢献もしていない。仮にいなくなったとしても問題がない」

 元から人口にカウントされていないのだから。

 「で、でも、だとしたらどうしてわざわざ十の村を燃やしちゃったんですか? それに、ひ、人を食べるなんて――」

 酷く狼狽した様子で反論する。やや答えにくい質問に、エノクは顔を顰めた。

 「十の村は燃やされたが、誰彼構わず焼いたわけではないだろう。国の意向に従わなかったものたちが村に残り焼かれ、国の意向に従ったものはハブの村みたいなところに逃げおおせた」

 だから、ハブの村にはほぼ公式的な奴隷売買のやり取りが行われている。服飾屋の店主なんかは非合法を疑っていなかったが、それにしては整備され過ぎていた。あの統制は、それなりの地位の者が関わっていないとまず無理だろう。

 「そして、後者に関してだが――」

 言葉が途切れる。この先をそのまま伝えてしまうことに躊躇いが唇を重くする。ややあって、捻り出した声は弱々しいものだった。

 「災禍の化身は死を好む。その死が絶望に満ちたものであればあるほど、やつは上機嫌になる」

 かつての自分がそうだったように、とは言わなかった。隠そうというつもりはない。ただ、すでに心を痛めている少女を、必要以上に苦しめないためだ。そう言うことにしておこう。

 「ノアよ。災禍を知っているか?」

 「災禍?」ノアの視線が横へとスライドする。うーんと首を捻って、「……悪いことだっていうのは、なんとなくわかるんですけど、詳しくはわかりません」正直に肩をすくめた。

 「災とは自然災害や偶発的に生じた不幸な出来事を指す。そして、禍とは過失により生じたものを言う」

 前者が避けることのできない災いであるとすれば、後者は避けることができたはずの禍いである。そのため、災禍には天災から人災まで幅広いわざわいを含んでいる。

 エノクの足が止まる。凛とした表情で見据えた先。ガタガタとした一本線の岩肌を境界とした眼下に目を向ける。

 中途半端な森だ、と言う感想が頭に浮かぶ。焦げたような茶色の大地には、まばらな草花が伸びており、点々と枝を伸ばす樹木の大きさもまちまちだ。一際高いものはなく、低いものが競うように枝を横に伸ばし、スカスカな樹冠を形成していた。

 かつて焼けたと聞いていた森は、自ら再生を始めていた。下から見ているだけでも、上から眺めているだけでもそれなりの樹木を目視できるのだから、実際はかなり育っているのかもしれない。しかし、やはり上から見下ろせばスカスカな森である。

 さらに奥へと視線をやれば、人工的な青い板が顔を出す。リベルタの街のものだろう。

 なんともなしに視線を左右に向ければ、この崖と標高をほぼ同じとする段差の一歩向こう側が盆地のように凹んでいるらしいことに気づく。王区と呼ばれる領域は、この盆地の中に埋まっているようだ。

 「この光景すら災禍によるものだとすれば、災禍とは一体何を指すのだろうな」

 しんとした声音は誰かに問うものではなかった。ただ、疑問を抱いたので口にしてみた、と言うような静かなもの。しかし、傍に立っていたノアと、前屈みで崖の下を覗き込んでいるガレアスの耳には届いた。

 人の手によって故意に焼かれた森。避けることができた禍の残滓。

 もしこれが過失により齎されたものであるならば、その過失の責任は誰にある。この森を管理していたリベルタの者か。それとも、そうしろと命じた王様だろうか。または、王の勝手を見逃し続ける高官や騎士たちか。そうだと頷ける答えはない。

 「わんわん! ウー」

 ガレアスがブルリと体を震わせたかと思うと、空に向かって低く唸る。銀色の腕輪が青い燐光を放つ。程なくして、水ぼらしい森を慰めるように絹のような雨が音もなく降り注いだ。

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