第十二章 魔王の城にて2
十四の村は、カリムと勇者の旅に同行した彼女の姉、アラティナを崇拝していた。
十七の村は、勇者が生まれた土地である。
二の村は、ドワーフの村。勇者の仲間の一人に、彼を慕うドワーフの少年がいた。
リベルタ領は、勇者の師範が領主を務めていた。
そして八の村。聖女と呼ばれた修道士の生まれが何を隠そう、その八の村である。
「さらに付け加えるならば、十四の村よりもだいぶ早い段階に襲われた街がありますね」
「クロノスですね」
「そうそう。あそこはおそらくご存知の通り、シャヴァラさんを始めとするエルフたちの街でした。ものの見事に勇者の旅における同行者が関連する土地を滅ぼしにかかったわけです」
「なんか露骨すぎません?」
アオノがぼやく。こんなにも勇者に関連する土地ばかりが被害にあっていたならば、自分たちの生活がやっとの零細な村人たちはともかく、王都等にいる富裕層は疑問を抱くのではないか。しかし、この疑問を口にしたところで返ってきたのはため息であった。
「勇者の伝説はただでさえ場所によってちょっとずつ変わっているんです。正しい伝承として残されているのはきっと数えるほどしかないでしょう。勇者やその仲間がどこ出身かなんて情報はもちろん、どんな仲間がいたかというのもまちまちなんです。実際に勇者にあったことがあるような人でない限り、これらの村の共通点は見出せないでしょう」
「悲しきかな、伝説なんていうものはその程度でしかない。過去を正しく継承できた者がいなければ真実は語り継がれない。豪華な尾鰭がつき、簡素にまとめられて、伝説は生まれるのじゃ」
剪定の剣に選ばれた勇者が、仲間と共に魔王を倒す。これが勇者の伝説における確固たる筋書きである。どんな仲間が、どこを旅して、どのようにして魔王を倒したかは勇者伝説を味付けするスパイスでしかない。人々がそこに求めるのは、真実ではなく伝説をより魅力的にする面白さである。
「……なんか、そんなの納得できないです」
ノアがしょぼんと頭を垂れる。彼女を慰めるようにガレアスの鼻先が白い頬を優しく擦った。
「それが、やつらの狙いでもあるのでしょうしね」メガネをくいと持ち上げる。
「それってどういうことですか?」
「魔王討伐に際しての勇者フィーバーは凄かったということですよ。いや、勇者だけじゃなかったのかもしれないな。私の村の魔女信仰が強まった要因にもなりましたし、聖女様万歳で教会の支持者が増えた一因にもなったんです」
こほんと喉の調子を整えるように咳払いをする。
「勇者がどこかで活躍する度、それは風に乗って大陸中に知れ渡りました。その度に国王以外の勢力が盛り上がったのです。ほら、国王さん方って、結局何もやっていないんですよね。騎士として活躍していたロドリーさん――リベルタの領主だった方もだいぶ型破りな方でね、勇者の旅に同行するために騎士としての地位を下殴り捨てたんです。
要するに、王都の連中は上から傍観してるだけ。騎士たちはよく治安維持に借り立たされていましたけど、それも年貢や罰金を絞る取るようなものだったから、特に村人たちからは評判が悪かったんです」
そのような状況の中で、勇者が活躍すれば国民の意思がどう傾くかは想像に難くない。
王侯貴族よりも勇者様。教会の信者であれば聖女や祭司たちによる統治を望み、一部の領民や村では自治の声まで上がる。
「そうして、国王さん方にとっての最大の脅威は魔王ではなく、勇者御一行となった。あとは、言わなくてもわかりますね」
一年後の宴の席で、勇者たちは葬られ、クロノスは攻められ滅亡した。
沈黙が場を制す。嘆くための言葉を溢すのも烏滸がましく、ため息を吐くことすらこの場においては不謹慎であるように感じられた。
思い思いに曇る表情を流し見して、カリムがスッと立ち上がる。努めて微笑みを作った。
「今日はここで休んでください。生憎ベッドはないですが、ある意味一番安全です」
「待て」階段を登ろうと背を向けた彼女をシャヴァラが鋭く引き止める。
「お主、結局なぜここに来た」
首が九十度曲がり、面倒臭そうに口をへの字曲げた横顔が視線を下す。しかし、答えることなく顔を階段の上へと向け、数歩歩いたところで再び立ち止まった。
「この場所が、あの人たちにとって用済みだからです」
要領を得ない返し。
「あとは、そこの魔王様に聞いてください」
そう言い残して、カリムの後ろ姿は扉の奥へと消えていく。
指名を受けたエノクは、短く息を吐き出した。
静かであった。
誰も口を開こうとはしなかった。全員の視線が、まっすぐ一人へと向けられていた。疑心のような不安のようなものがちらちらと見え隠れする。早く言えと唇を戦慄かせるものもいた。しかし、それでもそこは静謐を保っていた。
急かせば話してくれるだろう。だが、誰もそうはしない。ただ、彼が口を開くのを待っていた。
ノアがスッと立ち上がる。大男の体に寄り添うように、膝上の浅黒い手の甲に両手を添えて、じっと彼を見つめた。真剣な瞳は、何かを覗き込むかのように、淡く光を湛えている。
「私は」魔物の男が切り出した。
「災禍の化身の骸だ」
囂々と燃える炎を見つめながらあの時溢した言葉がストンと冷たい床へと落ちた。
この眼の裏に映すのは、全てを見通す天の視座。
この眼の表が見つめるは、歪に揺らいだ真の世界。
一人の男の末路を見ました。
それはあまりにも哀れな真実。
決して口外しないと、私は口を閉ざして一人、かのものの安然を祈りました。
それで終わってしまったからいけなかったのです。
私は背後の悪意に気付かなかった。
気づくことができたはずなのに、私はそれを見逃してしまった。
あれはまだ生きていた。
か細いけれど、生きていた。
ああ、神様。罪深き私をお許しください。
そして、どうか、この眼が知りうる真実が。
――新たな希望を導かんことを。




