第十二章 魔王の城にて1
大仰に叫んだメガネの女性にシャヴァラがズカズカと歩み寄ってその頭をペチンと叩いたのがつい数分前の出来事。暫く頭を抑えて放心状態だった彼女が、我に返って顔を上げる。ギギっと鈍い音でもしそうなほどカクついた動作で腕を組んでじとっとした眼差しを向けるシャヴァラへと首を回す。
「……えっと、これは、夢?」
「現実じゃ戯け」
またギギっと首を回してアオノをジロジロと見つめる。居心地の悪さを感じてか、彼の表情も少しずつ強張っていく。不意にメガネの女性は合点がいったかのように目を見開き、ポンと手を叩いた。
「なるほど、これが幽霊ですね!」
「違うわ」またペチンと軽く頭を叩かれて、彼女は大袈裟に顔を床へと向けた。
「なら、なんだっていうんですか。シャヴァラさんが生きているのはわかりますよ。でも、リュカくんは幽霊じゃないならなんだっていうんです? 魂喰いにでもなりました?」
「滅多なこと言うんじゃないわ。それにそやつはリュカじゃない。アオノじゃ。外見は似てるが別人じゃ」
「ん? そうですか?」アオノを再び繁々と見つめ、目を細める。「確かに、リュカくんに比べると大人しいかも?」
「あ、あの、シャヴァラさんこの人は?」
居た堪れなくなってアオノが口を開く。しかし、答えを返してきたのは名指しした人ではなく、その隣で元気に挙手した人物で。
「はいはい! 私のことを知りたいんですね? 私はカリム。人々からは魔女と呼ばれる魔物の一種ですね。でも、私は基本的には中立派で穏健派な魔女ですので怖がる必要はありません。だから仲良くしましょうね。アオノくん!」
と言いながらアオノの手を両手で包み込み、ブンブンと振る。
「カリム……?」エノクが訝しげに視線を横へと流す。
「ああ。アラティナに似ているが、こやつはアラティナの妹で、全くの別人じゃ」
なるほど、だからかとエノクは記憶の齟齬に納得がいって頷く。
「アラティナさん?」今度はノアがシャヴァラを見上げながら尋ねた。しかし、これにも素早く横槍が入る。
「アラティナは勇者御一行様のお仲間だった魔女で私の姉。魔女なんで人間の姉妹とはちょっと違うんですけど、広義では同じようなものだと認識しています。実際私も姉さまと呼んでいましたし、姿も寄せてますしね」
一つ質問を投げればその三倍の回答を返してくるのがカリムという魔女の性質らしい。
「して、カリムよ。どうしてお主がここにいる? お主の棲家はここから一番遠い、端っこの山だったと記憶しておるが?」
「ああ、それですか」対して気にも止めないことを尋ねられたようなあっさりした反応の後に。
「燃えちゃったんですよね。あそこ」
どうってことない話をするように、彼女は答えた。
各々階段に腰掛けながら、カリムに話の続きを促すと、すごく面倒臭いお願いをされたとでも言うように、大仰に肩を落とした。
「私の暮らしていた山はですね、この大陸の南西の角にあったんですよ」ここですね、とどこからともなく出した地図を広げて指し示す。
「山の麓には村がありました。魔女信仰が盛んな村でして、私や姉さまなんかはそりゃもう生きやすかったですよ。ちょっと手助けしてあげたら何倍ものお礼がもらえるんですから。ってここはどうでも良いですね」
地図の上に小さな煙が立ったと思うと、そこから簡易な人形が現れる。緑の髪の人形が二つ。三角の帽子を被った人形が複数。帽子を被った人形の顔には髭が生えていたり、化粧を施していたりと個性豊かだ。
「で、問題はそのお礼だったんですよね。姉さまはアクセサリーとか洋服だとか世俗的なものを好んでいましたけど、私は動植物が好きでした。もちろん、食べませんよ。ちゃんと育てるんです」
「育てるって……」「下手に突っ込むなよ小僧」シャヴァラに首を刺されれば大人しく頷く他にない。
「ただ、それがよくなかったんでしょうねぇ。姉さまが帰らぬ人となってから、お礼は全て私好みのものに変わりました。これ、どういう意味かわかります?」
「奴隷か」エノクの答えに、パチンと指を鳴らす。地図の上に、原始人のような格好をした人形が現れる。
「魔女信仰という共通理念の元、あそこの村人は他所より結束が固かったのです。だから自分の村の住民をお礼にすることはしませんでした。お礼は全てどこからか買い取った奴隷で賄われていたのです」
「ということは、騎士が噛んでいるのか」
「冴えてますね、魔物のお兄さん」
言い当てたエノクに向けて、彼女はにっこりと微笑んで、新しい人形を追加した。
「今から何十年前なんでしょうねぇ。ここからは動物たちから聞いた話にはなってしまいますが、ある日村に騎士がやってきて、奴隷を引き渡すように言ったのです。しかし、その奴隷はすでに私にお礼として捧げられた後でした。ですから、引き渡せる奴隷はいないと、村人たちは伝えたのです」
「しかし」声が低くなる。
「騎士たちはそれを信じなかった。どこかに奴隷がいるはずだと騒ぎ立て、村人を襲い出したのです。そして挙句の果てに村に火を放ち、その火が森の木々にも引火してしまった」
突然人形たちに火が点る。地図の上で身悶えることもできず、立ち尽くしたまま人形は黒い灰となって空気に溶けていった。
「しかも、奴等が来た時間は夕方ごろ。風が山に向かって吹く頃でした。それも相まってあっと言う間に炎が燃え盛り、私が異変に気づいた時にはもう間に合わなかった。動物や魔物たちを逃がして、自分も逃げるだけで精一杯だったんです。こうして、一つの村と森が焼け野原となってしまいました」
地図に大きくバツ印が浮かび上がる。
「それで行き場を求めてここに来たのか?」
シャヴァラの問いかけに緩く首を振る。
「私だって魔王がいるとかいう森を真っ先に選んだわけではありませんよ。動植物の声を聞きながら村から村へと渡り歩き、時々人助けして、地道に路銀稼いで生きてたんです。情報量だけなら、人間が私に適うわけありませんからね。ただ、それで少し目立っちゃったようなので、適当な叢や木の上で数日過ごすこともありました」
ふと、エノクの頭に旅の中で聞いた預言者の話を思い出す。話の内容からして、預言者の正体は彼女のことだったのだろう。
「それでね、一人旅しているうちに気づいちゃったんですよ。なんだと思います?」
一方的に語るに飽きたのか、質問を投げかけてきた。視線がバッチリと合ってしまったアオノが何度か瞬きをした後に、ややあって口を開く。
「騎士の目的ですか?」
「惜しい! でもニアピンですね」
まさか当たると思っておらず、アオノは「え?」と困惑を洩らす。
「真か?」
シャヴァラは身を乗り出し、エノクもまた僅かに瞼を押し上げた。ノアはガレアスの腹を撫でながらチラチラと視線を寄越す。満足がいく反応に語り手はにっこり微笑む。
「騎士、というか国ですね。その明確な目的とまでいかなくても、彼らの行動の規則性は少し見えてきたのです。はい、地図を見て」
お眠モードのガレアス以外の四人分の視線が地図の上に集中する。パチンと指を鳴らすと、地図の上に複数箇所、バツ印が浮かぶ。ほとんどが外区で、一箇所だけ王区にもバツ印がついていた。
「私がここに着くまで、つまり大体十年くらい前までかな。それまでに燃えた場所にバツをつけました。当時あった村の数は十八。そのうち四箇所の村が十年前までに燃えて焼け野原になりました。場所はそれぞれ――」
十四の村――最初に燃やされた村。魔女信仰があった。
十七の村――二番目。小さく長閑な村。勇者生誕の地。
十の村――三番目。十七の村とほぼ同時期に燃やされた。奴隷流通の拠点。
二の村――四番目。鉱山地区にあるドワーフの村。地形の助けもあり、生き延びた人が多かった。
「って感じ。さらに、王区の一箇所はリベルタ領近辺の森です。こちらは当時のリベルタ領主の手腕もあり、大事にならずに済み、公には不審火ということで処理されています」
「リベルタ……」
シャヴァラが難しい表情のまま思案する。
「……八の村」エノクが呟く。「そこも燃やされている」メガネの奥の瞳が細められる。
「おい、お主今、八の村と言ったか!?」
珍しく怒張したような声にこくりと頷けば、シャヴァラが頭を抱える。声なくそういうことか、と唇が震えた。
「八の村にも何かあるのですか?」
「あそこはワシらの仲間の生まれ故郷じゃよ。ああ、全部繋がったわい」
そう言って、頭を大きく後方へと振り翳した。顎を突き出すように高い天井を仰げば、小さな灯火たちが頭上でゆらゆらと揺らめいている。まるでこの城の中で死んだ者の魂が、天へと帰ることができずに、行き場を失い滞留しているかのようだ。
エノクとアオノも一つの結論を導き出したのか、険しい表情のまま押し黙っている。重苦しい空気の中で、細い腕を胸の前で組んで、うんうん唸っていたノアが顔を上げる。
「もしかして、全部勇者さんやそのお仲間に関係がある場所だったりしますか?」
パチン、とカリムが指を鳴らす。メガネの奥で片目を瞑った。
「ええ。その通りですよ、お嬢さん」




