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幕間2

 時は少し遡って、王区にあるとある小さな屋敷の一室で、テオは疲れた様子で椅子に腰掛けた。

 何者かが扉をノックする。入れと言えば、ひょろっと縦に伸びた初老の男性が恭しくお辞儀をした。

 「お坊ちゃま。明日のご予定は」

 「明日も至急出ることになった。場所はウラノスだ」

 「ウラノスでございますか」

 「ああ。なんでも最近、あの近くの森で魔物が徘徊しているらしい。それに、あそこの森に入った者が行方不明になったり、錯乱状態で帰宅したりしているらしくてね。ウラノスの監視だけでなく、その調査も含めて我々が駆り出されることになったわけだ」

 「さようでございますか。国王様もさぞ気を揉んでいらっしゃることでしょう」

 テオは苛立たしげに頷いた。部下たちに見せる様子よりもだいぶ感じが悪かった。

 しかし、この執事は幼少期から彼の面倒を見ていることもあり、不機嫌であっても通常通りに振る舞う。

 「本日はお疲れでしょう。明日のためにも本日はもうお休みになられてはいかがでしょうか」

 「ああ、そうするよ。……ところで、アルバート」

 「はい」アルバートは返事をする。

 「領の様子は、どうだろうか。またどこかで不審火とか……」

 「ご心配には及びません。不審火どころかあの森は以前の姿を着々と取り戻しております。みなさま、植林活動に積極的に参加してくださっておりますし、旦那様もさぞ鼻が高いでしょう」

 「そう、ならいいんだ」

 曖昧に微笑む主人の姿に、アルバートの細い目が僅かに開かれた。

 「お坊ちゃま、リベルタの民たちは皆、お坊ちゃまに感謝しておいでです。どうか、お気に病まないでください。我々にとって、あなた様は希望の光。決して失ってはいけない灯火なのです」

 ふっとテオの口元が綻ぶ。

 「わかっているよ。僕のことより自分を心配してくれ。下がっていいよ」

 「……かしこまりました」

 アルバートは後ろ髪引かれる思いを抱えながら、扉の向こうへと消えていく。

 一人になった部屋はしんと静まり返っている。ふらりと窓辺に近づいて、外を眺める。霧がかかったような夜のベールを纏って、民家がポツリポツリと霞んで見える。明かりのついた民家など、一つもなかった。

 (僕が頑張らないと)

 この領を領主として、騎士として、自分には民を守る責務がある。疲れたなんて言ってはいられない。

 「ウラノス、か」

 声にするつもりはなかったのに、言葉が漏れ出た。やはり随分と疲れているようだ。それもそうか。馬を走らせ、奴隷を回収して国王の元へと届ける日々を送っているのだ。

 (それどころか……)

 脳裏に焼きついている景色に、窓ガラスに映った自分の顔がぐにゃりと歪んだ。

 数日前、彼は一つの村が終わる様を見届けた。野暮用で慣れ親しんだ村の近くまで足を運んだものだから、少し寄り道しようと思っただけ。軽い気持ちだった。

 しかし待っていたのは、炎に叫び、血の臭い。命令に背いたと騒ぎ立てる野蛮な騎士の影。そう、影だった。そこに実態らしきものはない。だのにあれらが纏っていたのは甲冑だ。模造品としてはあまりにもよくできた騎士の装備。

 あれが、いつかの男性が言っていた光景だったのだろう。

 とても騎士の所業ではなかった。しかし、見た目だけなら騎士であった。違いは中身が黒いだけ。

 あれはなんだ。どうして騎士のように振る舞って、あんなことをした。あれは蹂躙以外の何物でもない。

 蹂躙という単語で結びつくのはこれから彼が向かう場所である。

 (ウラノスは、昔エルフが一人残らず魔物に食い殺されたという街だ)

 本当に?

 疑問が胸の中で蟠りを作る。

 言い伝えの惨劇はそれはもう酷いものである。話に尾鰭がついていると言われた方が納得するくらい。

 だからこそ、不思議だった。

 あの周辺に魔物がうろついているという話は聞く。しかし被害らしい被害が取り上げられたことはあっただろうか。寧ろ隣接している霧雨の森の行方不明者の方が実例が定期的に浮かんでくる。

 わざわざエルフたちを全員食い殺す必要が魔物にあるのだろうか。生存に関係ない殺戮を、あれらはするのだろうか。

 (それをするのは寧ろ――)

 これ以上はダメだ。テオは被りを振って窓から距離を置いた。

 疲れている。疲れているんだ。きっとあんな光景を見てしまったから、疲れて変なことを考えているんだ。

 視界を遮断するように瞼を閉ざす。すると、今度は数日前の戦いでの出来事が思い起こされる。

 僅かにこちらに向けられた鋭い眼光。長く束ねられた黒い髪の僅かな隙間から覗いた鋭く尖った浅黒い肌。暗がりの中のほんの一瞬、ほんの一センチかそこらの先端を、自分の眼は捉えてしまった。

 考えてはいけない。自分には役目がある。領民たちを守るという大義がある。だが――。

 テオは首に引っ掛けているチェーンを手繰り寄せる。一部が変色している、盾のような形をした銀色のペンダントトップを握り締めた。

 (お祖父様、僕たちは一体、この国は一体、どこへ向かっているのでしょうか)

 答えはまだ出せそうにない。

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