第6章 ある結末にて2
シャヴァラを加え、一行はウラノスに向けて歩き続けた。その途中、不意に彼女はアオノを呼んだ
「なんですか、シャヴァラさん」
まだ二日ほどの付き合いであったが、最初の警戒心はかなり薄れていた時であった。シャヴァラは不服そうに唇を尖らせる。
「シャヴァラさんではなく、おばちゃまと呼べと言っただろう」
「いや……」
彼女は人との距離感がおそらく近いタイプなのだろうことは、同じ目的地に向かって歩き出して、三十分と経たないうちに発覚した。
言いよどめば、彼女はますます不服そうに目を細める。
「ノアよ。ちょっといいか」
エノクの隣でぴょこぴょこしていた少女が振り返る。パッと輝くような笑顔で駆け寄ってくる。
「どうししましたか? おばちゃま」
「ほら、これじゃこれ」と視線で訴える。
「いい子のノアにはこれをやろう。エノクと共に舐めるがよい」
そう言って緑色の飴を二個、小さな手に乗せた。
「わーい! ありがとうございます!」
ノアは上機嫌でエノクの元へと戻っていく。
「いいのう。あれが子どもの真なる姿よ。実に好ましい」
まるで本当の自身の孫の姿を見ているかのようにうんうんと頷く。
「はぁ」しかし、具体的な年は不明だが、自分の身体年齢で数日前に出会った人にいきなり『おばちゃま』呼びはやはり抵抗があるため、おそらく今後も口にする機会はないだろうなどと考える。
「それで、なんですか?」さっさと本題を促すことにした。
「ああいや。ちょっと近う寄ってくれまいか」
「? 近づけばいいんですか?」
はぁ、と不思議がりながらも顔を近づける。もっともっとと指示されるまま近づければ、いつの間にか鼻先と鼻先がぶつかりそうな距離になっていた。流石にこれ以上は近づけないと制止させる。
至近距離でもお構いなしに、まじまじと顔を見つめるものだから、アオノの頬が赤くなるのに時間はかからなかった。
「……本当に、似てるのう」
「えっと?」
「いいや何。お主が友人に似ているものだからな。よもややつの子かとも思ったのだが……。まあ有り得んよな、あの生意気なクソガキが」
そう言って顔を離す。どこか残念そうな呟きに。
「その人ってどんな人なんですか――」
口をついて問いが溢れた。そしてすぐにしまったと唇を結んだ。この話は彼女の辛い記憶を教えてほしいと言っているようなものだ。
「すみません。今のはなかったことにしてください」
自分の浅ましさに目線を下げる。しかし、彼女は大きく被りを振ってケラケラと笑って見せた。
「よいよい。寧ろ聞いてくれてありがたいわ。ワシみたいなのはおしゃべりなんじゃ。身内の話は大好きでな、付き合ってくれ」
優しく目を細める。気遣いではないことを悟ってほっと胸を撫で下ろした。
「そうじゃなぁ」シャヴァラの視線が前方を歩いている二人の背中へと向けられる。
何か話しかけてるちっこいの。そしてその話にわかりづらい相槌を返している大きいの。背丈こそ全然違うが、いつかの光景に重なるものを感じる。
こうして人の背中を見ながら歩くのは、いつぶりだろうか。
「あいつは、一言で言えばガキじゃった」
「が、ガキ……?」
さっきもクソガキなどと言っていた。が、あまり良い印象の言葉ではない。
「感情的になりやすく、怒りっぽい。いじっぱりで負けず嫌い。口も悪ければ行儀も悪い。ワシのことをババア呼ばわりするクソガキよ」
いよいよ碌でもない人間ではないか。そんな人に顔が似ていると言われるのは、複雑を通り越して軽くショックであった。
「でもな」シャヴァラの目元が和らぐ。
「いいやつだったよ」
もう一度。
「本当に、いいやつだったんじゃよ」
染み入るように、大切な思い出を撫でるように。いつものやや高めの声が急に大人びて、慈しみを帯びる。
「大役を任されて、何がなんだかわからないまま戦うことになった。剣の扱いすら碌に知らない、普通の反抗期の童ぞ。反発するのは当然じゃ。嫌だと逃げることもできただろうし、実際にそう企んだこともあったかもしれない。だがな」
遠くを見つめる彼女の瞳には、在りし日の光景が映っているのだろう。アオノには見えない、誰かの面影を眩しそうに目を細める。
「あやつは結局、最後まで戦ったんだ。何故だと思う?」
「何故って……任されてしまったものは最後までやり通すしかなかったから、とか」
「前も思ったのじゃが、お主の回答は平凡すぎてつまらんのう」
薄い唇が意地悪く吊り上がる。ニマニマと三日月の形の目が笑う。
「課題じゃ、小僧。自分の納得いく答えがわかったら、答え合わせをしてやろう」
なんだその返答は。アオノが脱力したように肩を落とした。桃色の瞳はまた前へと視線を向けた。いつの間にか、エノクがノアを抱き抱えていた。歩く度に茶色い頭がゆらゆら揺れる。
「アオノ、あやつの外見は確かにお主に似ている。だがな、その眼だけは全く似てない」
「眼ですか?」
「ああ」と頷く。
「あやつの眼は燃えるような紅だった。しかし、お主のそれは空のような青色じゃ。であれば見えるものも違うじゃろうて」
だからな。
「その眼に映した光景を、大切にな」
静かな、しかしどこか威厳を感じる言葉に、アオノは黙って頷いた。




