第6章 ある結末にて1
「勇者の、仲間?」こてんと首を傾げたのは静かに話を聞いていたノアである。
「でも、あれは百年も前の出来事じゃないんですか?」
「我らエルフは体が脆い代わりに長命じゃ。百年など人の体感の十分の一に見たない」
自分たちの長はもう何千年、下手すれば何万年と生きていたのだぞ、と付け加える。
「万物の出来事を記録する天球を覗くことで、全ての過去を知ることができる一族。その役割を担っていたことで、零細に続いていた種族じゃった。ワシはそのエルフの中でも稀に発生する『強羅』であってな。旅もできるほど丈夫であったし、簡単な魔術も行使できる」
ほれこの通りと、シャヴァラが指を鳴らすとあのグルグルと回転する輪の魔導器が姿を現し、焚き火に細い水鉄砲を放つ。火が驚いたように体を縮こませたが、すぐに元の勢いに戻る。
「とはいえ、先の旅でワシの特注魔導器が壊れてしまってな。修理できるやつもいないもんで、今はそこらへんで買った魔導器を使っておる。故に力は半減以下だ」
もう一度パチンと指を鳴らせば、魔導器は彼女の背中へと身を隠す。まるで手品のようである。
「シャヴァラ」呼びかけたのはエノクだ。「貴様は何故、ウラノスを目指す」
「帰郷じゃよ」
「帰郷?」
聞き慣れない単語にノアは眉を顰める。
「里帰り。あそこに残してしまったものがたくさんあるでな。飲み込むまでに時間がかかってしまったが、取り戻しに行きたい」
「あそこの現状は」
「噂程度じゃが。周辺での魔物の目撃情報が多いとか。おかげで随分と前から騎士どもがつきっきりで番をしておる。魔物を警戒しているのか、生き残りのエルフが潜伏している可能性を危惧しているのかは知らんが、あの調子であれば中は手薄。門扉は壊れたままだろうし、そこを突っ走れればあとは容易じゃ」
「待ってください。今、騎士って言いましたか? 騎士が、エルフの生き残りを危惧してるって」
「ああ」はっきりと肯定する。
天球で見た仲間の最期。勇者が零した名前は、かつての国王のそれと同じであった。
「つまりそれって――」
「エルフさんたちを殺したのは、騎士なんですか?」
アオノが飲み込んだ言葉を継いだのはノアであった。真っ直ぐな金色の瞳が見透かすように彼女を見据える。シャヴァラはパチパチと何度か瞬きをした。そして首を緩く振る。
「……結論は、早計だ」
やるせない様子で答える。否定はしなかった。
「どうしてですか?」
ノアはゆっくりと立ち上がる。足を大きく開き、その拳はキツく握られていた。
「だって、勇者は世界を、国を助けるために戦ったんですよね? それでエルフさんは勇者の仲間だったんですよね?」
シャヴァラの視線は地面へと落とされていた。アオノも苦しげにまつ毛を伏せ、エノクは瞼を閉ざしている。誰とも、目は合わなかった。
「それなのにどうして、エルフさんたちを殺しちゃったんですか」
それが生まれて初めて抱いた小さな怒りなのだとは、幼い少女は理解できない。ただ、どうしてもいてもたってもいられなくなって、胸がキリキリと痛んだ。誰も答えてくれなくて、それがどうにもやるせない。
所在なさげに彷徨う瞳が炎の明かりが照らされる。眩いばかりの金色にシャヴァラは目を細める。じっと観察するように見て、口元を和らげる。
「ノアと、いったな」
ノアの視線が動く。宝石のような特徴的な虹彩は彼女の心を写したように複雑に絡み合っている。
「ありがとうな。ワシらの代わりに怒ってくれて」
「……っ」
ノアが息を呑む。頭に耳が生えていたのなら今頃ぺったりと垂れていることだろう。今度はどう言うわけかやけに悲しく思えてきて、エノクの膝の中に収まる。ぐっと目に力を込めた。
「ワシはな、長い間怒ることも悲しむこともできなんだ」
そう言って天を見上げる彼女の横顔は、焚き火のせいもあり郷愁に浸っているように見える。いつの間にか太陽はすっかり顔を沈めて、静かな星が瞬くのみとなっていた。月は、出ていない。
「真っ暗な闇の中で、ワシはずっと考えていたのだ」
自分たちを裏切ったのは誰だと。本当の孫のように可愛がっていた仲間たちを殺されて、家族同然の一族を皆殺しにされた。その犯人を突き止めるためにひとりぼっちで旅をしていた。
否、答えはずっと昔に出ている。あの小僧が最期に呟いたのは、そういうこと。
しかし、それを信じたくなかったのだ。一度そうだと信じてしまえば、仲間たちとの旅は、世界とやらのために戦ったあいつらの人生はなんだったのかと。道化に誘われてノってしまった舞台の上の劇だったのかと、問わずにはいられない。
そして、きっとあの旅は間違っていたのだと、そう結論づけてしまうだろう。
だから逃げていた。目を逸らしながら百年近く逃げ続けて、漸く腹を決まった。
「ワシは真実を知りたい。あやつらが殺された背景に何が蠢いていたのか。それを知るためにウラノスへと行く。それが、あやつらの仲間として、エルフの生き残りとしてできることなのじゃ」
そしてその先は――。肩を落として被りを被る。今考えるべきではない。
「以上じゃ若造。これがお主がどこかで潜伏していた間の、ワシの知る全てじゃ」
シャヴァラがじっとエノクを見やる。
「これは、お主がワシを連れていってくれるだけの情報になったか?」
彼はは黙り込んでいた。眉間にうっすらと皺が寄っているが、返答に困っているわけではない。彼の頭の中は様々な思いや憶測がない混ぜになって絡んでいる。
「ああ」長い沈黙の後の返事は簡素なものだった。
「そうか。それを聞いて安心したわ」
薄い唇に微笑が浮かぶ。伸びていた背筋が途端にぐにゃりと前に曲がって、頬杖をついた。
ノアがふわっとあくびをする。
東の空には下弦の月がそっと淡い光を反射していた。




