第5章 宿命にて1
「エルフ、か。久方ぶりに聞いたのう」
感じ入っているわけではない。あくまで淡々とした口調である。
「まあ、顔を隠しておればワシの種族など誰もわからぬし無理もないか」
腕の中の少女は困惑した様子だった。なぜ、エルフさんがエノクを襲うようなことをしたのだろうか、と。
「目は口ほどに物を言うな、幼子よ」
ノアを一瞥する。「素直なのは好ましい」だが。
「それを口にするのはよした方が賢明だ。そこの男を傷つけたくないのであればな」
「エノクさん」アオノが再び剣を構えようとする。
「よせ」再び鋭く制止する。女の視線が今にも自身に斬りかかろうとしそうな少年に向き、その目が、大きく見開かれる。しかし、それは一瞬。次の瞬間には険を深く刻み、エノクを睨みつけた。
「どういうつもりだ」
「偶々だ」ノアをアオノに寄越す。
「偶々、似ていた子どもを連れ歩いているのか」
「彼には記憶がない。記憶を取り戻すために我々に同行しているだけだ」
「そっちの小娘の方は?」
「彼女は……行き場を失った。だから連れている」
「ほお」女は長い髪を艶っぽく耳にかける。
「まるで聖人君子のようではないか。差し詰め保護者といったところか。今更、人を助ける道を選んだか」
嘲笑混じりのそれに、返す言葉など持ち合わせてはいなかった。口を閉ざしたエノクから視線を外す。青い瞳と視線が交わる。――青、か。
「小僧。先の話は本当か」
「本当です」張り詰めた雰囲気。「俺には記憶がない」
「……声までそっくりではないか」呟きは風に乗ることなく霧散する。
「さすれば、小娘よ」ノアはずっと女を見つめていた。「先の話は本当か」
「本当、です」か細い声で続ける。「わたしの村は、燃えちゃったから」
「燃えた?」
「言葉の通りだ」
「よもや騎士共か」
飛び出た単語に瞼がやや開く。今の連想は何かを知っていなければできまい。
「見下げた奴らだとは思っておったが、無辜の民まで手にかけたか」
女は眼を怒らせる。そして、またエノクに視線を戻した。
「若造よ」怒りはすでに形を潜めていた。冷静に抑えた声で呼びかける。
「ワシにはお主が何を思ってここまで生き延びたかは知らぬ。知りたいとも思わん。だから――剣を抜け」
パチンと指を鳴らすと、女を取り囲むようにして五つの丸い魔導器が浮かび上がる。それぞれが銀色の輪を幾重にも重ね、グルングルンと回転していた。
「年寄りの憂さ晴らしに付き合ってもらおうか!」
指が鳴る。五つの魔導器の中央に人のような文字が浮かんで、弾丸のような炎の球が発射された。エノクが抜刀した勢いのまま、それらを地面に叩きつける。大きく地面が抉れた。
「離れていろ!」
悪戯に回転する魔導器の一つからそれらの炎の弾を吹き飛ばすように風が吹き荒ぶ。
背後の子どもたちに叫ぶ。女は高く飛躍すると、号令をするように腕を一振りする。刹那、魔導器にIのような文字出現し、白い閃光が放たれる。
閃光は駆ける獲物を追いかけるように時折交差しながら追従する。
エノクが飛び上がる。女目掛けて大剣が左から右へと払われる。ガチンと、金属同士が火花を散らした。魔導器の一つが回転をやめ、真っ直ぐ落下する。
「エノク! 下!」
ノアの声とほぼ同時に、炎の弾がエノクの足元から襲いかかる。一つを足で蹴り飛ばし、大剣で二つに割いて、それ以外は空へと逃す。
落下の勢いに任せて頭に剣を振り下ろす。が、彼女は後ろに飛び抜いて、足元には巨大なクレーターができただけだった。
四方を魔導器が囲み込む。パチンと指の合図。同時にビリビリと魔導器が紫電を纏う。
縦横無尽の雷撃がエノクへと落ちる。背後のものを剣で薙いで、正面のものを視覚で躱し、左右のものはその両方で叩き斬る。
目にも止まらぬ速さ。外野からすればエノクの動きは全て残像を繋いで一箇所に同じような格好で止まっているようにしか見えない。しかし、実際に雷は彼の体に触れる前に消えるか別の雷と相打ちになってほつれて行く。
最後の一撃が切り裂かれる。魔導器は依然としてくるくると動いている。しかし、追撃の様子はない。
「……はあぁぁ」
深く、女が息を吐き出す。パチンと指を鳴らせば、魔導器は彼女の背中へと消えてしまう。
「やはり、強いな。百年も目立った噂は聞かなんだ。少しくらい衰えてくれていても良かったものの」
女は顔を上げる。殺気は収まり、口元には自虐するような歪んだ笑みが浮かんでいる。
「ワシ一人では、結局、何にもできなんだか」
腕を組み、顔を上げる。
「すまなかったな若造よ。それにそこの小童どもも気苦労をかけた」小童どもを一瞥する。
「シャヴァラ、だったな」
エノクは息切れ一つせず、淡々としている。「いかにも」
「貴様が私に憤りを感じるのは最もだ。私は貴様たちを散々――」
「よい。口にするな。童どもの前ぞ」
シャヴァラは小さく尖った顎で、固唾を飲んで見守っている二人を指した。
「どういう経緯や移り変わりがあったのかは知らぬ。だが、あの者たちがお主を慕っていることくらい、この老眼でも見て取れるわ。それに、お主があの者たちを守ろうとしていたのも……。ああ、わかるさ。年寄りでもな」
どこか物悲しげに呟いて、一変、凛とした表情でエノクを見据えた。
「して、貴様。あの小僧めの記憶が云々言っていたな。歩いている方角からして、向かう先はウラノス。間違いないか?」
間違いない。無言で頷く。
「ならば、取引をしよう。お主、騎士共の話をした時、僅かに反応したな。であればいくらか話せる内容もあろうよ。それを教えてやる」
「対価は」
「ワシもウラノスまで同行させててくれ」
エノクはまじまじと彼女の顔を見つめ、了承の意を返した。




