第八話 アダルト・ゾンビ
五足大長虫の巨躯が、荒れ果てた森にどすんと崩れ落ちた。
湿った肉と骨が砕けるような、重く生々しい音が響いた。
そんな中鄭傑は怪物の背中から転がり落ちるように、片手で支えてそれを飛び越えては血と膿と埃が混じった土に再びをついた。
要するに腕でさせて体で乗り越えてで飛んだ。
むしろこれが音のもとか。
「ヒュー!だれあ」
(〜いて)
左肩の傷口は深く抉れ、肉が不規則にめくれ上がり、白い骨が冷たく露わになっている。
なら、さっきのヒューも格別に叫んだのではなくおそらく傷口から息が漏れておかしくなった声だったか。
なら、故に血は止まることを知らず、袖を重く濡らし、指先を痺れさせて冷たい感触を這い上がらせていた。
(死ぬんじゃんかこれ)
折れた肋骨が息をするたびに胸の奥を鋭く抉り、頰の裂傷からは温かい血が絶え間なく顎を伝い、滴り落ちて地面を黒く染める。
視界の端が赤黒く滲み、世界がゆっくりと歪んで見えた。
夜風が虎の抉られた地肉裂け目から忍び込み、鉄錆のような、そんな腐肉、つまるところ獣の死臭を濃く淀ませている
勝利の味は、ただ血の鉄臭さと痛みの残滓だけだった。
「それをうまく調理してやるよ。」
そんな時、崩れた壁の向こうから足音が聞こえてきた。
松明の橙色の光が、闇を優しく、しかし不吉に揺らめかせながら近づく。
「すげぇなにいちゃん」
「おい、大丈夫か! 一人で倒したのかよ!」
声は太く、驚いたような親しげな調子だった。
(今更人かよ。隠れたのか..?生存者?)
声の主、髭面の男が、二人を連れと共に姿を現した。粗末な狩り装束に古びた刀を佩いた、どこにでもいるような俗物に違いない。
さっきのすぐに声が次いってのもあるけど。
なんだって鄭から見ればその細く油ぎった顔は、田舎で見た野犬とか悪犬に同じだった。
「すげえな……本当に一人で片付けたんだな。俺たち、村で化け物の話聞いて様子見に来たんだけど……助けに来たぜ。怪我、相当ヤバそうだな」
「来るな、俺は今気分が、機嫌がない。」
鄭の気分を表情から読み取れていないのか男は笑顔で近づき、その手を差し伸べた。
肩を貸そうとする仕草は、まるで通りすがりの親切な旅人のようだった。
鄭傑は虎に背を預けたまま、包丁を握る手に力を込めた。
(殺す、殺してやる、力は確かに抜けているがこんなカス今すぐ)
「動くなよ、血が止まらねえぞ。ちょっと手当してやるから……」
次の瞬間、その手の陰から短剣が素早く突き出されては容赦なく鄭傑の胸を狙う。
シュッ!
「てめえら……!」
男の顔から笑顔が一瞬で消え、欲にまみれた下卑た表情が露わになった。
「チッ、避けやがった! 化け物を倒しただけあるな!」
(なっ、なんなんだ暗すぎて俺の姿がおかしいのが見えないのか、怖くはないのか。)
木々の間を縫うように走る。
息が荒く、肺が焼けるようだ。けど重症な今じゃ時間を稼いだりして戦えるようにしないといけない。
そんな状況に鄭はいる。
ガタ
突然、落ち葉の下から冷たい鉄の牙が跳ね上がった。
ガチンッ!
それは虎鋏
虎を掴める罠が彼の右足首を容赦なく噛み砕いた。
「武林のカスどものフリして正解だな、本能で察したのか、神識があるのかは知らんがやはり見た目で油断したな。」
鋭い鉄歯が普通の鉄などでは決して折れたり、貫けるようなわけじゃない鄭の肉を深く抉り、おいってくるのは骨を軋ませ砕く鈍い音。
当然バランスを崩した鄭傑は地面に崩れ落ちていく。
血が噴水のように溢れ出し、足はもはや自分の一部ではなく、なんだか噴水にされた気分であろう。
痛かろうか、鄭は、鄭傑は、彼は...痛かろう。
その足は下が、地面じゃないみたいだ。
痛みからくるそのせいでは、まるで地面が灼熱の鉄塊と化したかのようだ、もしくは水の上を歩こうとする気分にさせてしまうのである。
中にある、やがて体の中から外までそこら中に痛みは増える。
傷口が増えたからだった。
今度は肉の中に混じってくる裂けた骨の破片が皮膚を突き破る感触が、吐き気を催すような生々しい何かの嫌な感触だ。
「ぐああっ……くそっ!」
そんな時だった三人の声がすぐ近くで響いた。
「捕まったな。運がねえよなまじで適当にここに置いたもんで。」
「いってぇ、なっ」
一人が袋から白い粉を掴み、鄭傑の顔に全力で叩きつけた。
石灰の嵐だ。いや石灰かどうかはわからない
でも白いし目が焼けるようでまるで熱い針で抉られるような激痛が爆発した。
角膜が溶けるように視界が真っ白から漆黒へ沈み、涙と血が混じり合って頰を伝う。
(何が)
ともかくもなにも瞼の裏で火花が散るような灼熱が続く。攻撃された。
「うおおおっ……!」
(熱いでも)
何かを察する鄭傑、それはもう一人が、蒸気を上げて煮えたぎった桶を抱えて彼の頭上からぶちまけていくからだ。
熱々の金汁か、それは糞尿を混ぜ煮詰めた、腐臭漂う汚液。
だがどうもただのようなものではなく鄭の皮膚に触れた瞬間、火傷と腐食の二重の地獄が襲う。
拷問か
顔、首、胸、そして左肩の開いた傷口に染み込み、ただでさえ傷だらけでボロボロなその肉が爛れては泡立ち、皮膚が溶けるように剥離するも当然
臭いもひどく鼻腔を焼く腐敗の臭みで、獣臭を完全に消すほど、言うならば毒霧のようで、肺の奥まで侵食するものであり、当然それは吐き気と苦痛が同時に爆発した。
だから臭さで最初の一瞬は息を止めていた鄭も思わずに口を開けてはそれ受けていく。
痛みはもはや一つの底なしの泥沼となり、彼をゆっくりと沈め、飲み込もうとしていた。
もちろん彼も飲み込んではいる。
「もう動けねえだろ。諦めろよ、そのために準備してんだよ、俺たちは。」
「...ペッ、阿呆、命を取らない限り終わりじゃねぇよ」
この時に何もかけていない男が棍を振り上げて襲いかかってきた。腕力担当だろうか。
「死ねや!」
囲んでは棒で叩く
「この化け物野郎!」
三人が死んだ。
鄭傑は地面に倒れ込み、荒い息を繰り返した。
全身が血と金汁と土にまみれ、右足の骨は砕け、左肩の傷はさらに深く抉れている。最悪の姿だ
(弱ったフリをして良かった。全て受け止めて。)
しかし言葉からすると、まだ戦えるようである。
それもそうで鄭傑は負けるなんて考えて全てを受ける、それしかから弱さを見せたわけではない。
傷が重くあまり動けない自分が、そんな自分の調子がバレては相手からヒット&アウェイされるのを警戒してた。
そうして彼に棒を振ってきたやつの息を止めてはそれを盾や視界を隠すデコイにしては、すぐに投擲して相手を邪魔し、全て仕留めた。
「いてぇ」
(目から涙と血が溢れるし、なんだか世界はまるで赤黒い闇に沈んでいたようで気分がわる)
その時。
最初に殺した男の体が、ゆっくりと上半身を起こした。
喉から血を滴らせながら、ぎこちなく立ち上がる。
「は?」
驚く間には次に瘦せ型の男も、胸の傷口をぽっかりと開けたまま、よろよろと体を起こした。
動きは人形のように硬く、なんだか関節が軋む音が聞こえるようだった。
二人の目は虚ろでいて焦点が合わず、ただ暗い穴のようにある、瞳。
「……ゾンビ……!」
(玄玄道長って映画とか、邪悪なマンションたちで見た...あれか!?)
ホラーの定番、いや、場合によっては王道にもある、ゾンビものだ。
「動くな……!」
鄭が震える声で命じると、二人はその場でぴたりと止まった。
(え?)
しばらくしても固まる皆のもの
やがてそれによって恐怖が時間が経ちにつれては徐々に薄れ、冷たい好奇心が頭をもたげてきた。
彼は試しに声をかけた。
「……右手を上げろ」
二人は同時に、血まみれの右手を上げた。動きは遅いが、命令に正確に従う。
「座れ」
即座に地面に腰を下ろす。
「立って、ゆっくり歩け」
二人は立ち上がり、ぎこちない足取りで数歩進んだ。
「ほえ〜」
鄭傑はさらに命令を重ね、動作の強弱や具体性を調整していった。
徐々に馴染み、操る感覚が指先のように研ぎ澄まされていく。
声のトーンで反応が変わること、複雑な動作は段階的に指示する必要があることも分かってきたし、不気味さは残るが、やっぱり、なんとか....ゾンビものが原点に近い存在かもしれないと思ったz
「完全に……俺の言うことを聞く死体か。意識のない傀儡だな」
(しかしもう一人はなぜ立ち上がって、いやあいつは俺が、包丁とか奴が持っていた短剣、懐刀を押し返すとか、それだけで仕留めたとかからか?)
鄭傑は自分がウィルスでもあるかと考えていたが、やがて痛みを感じては、その痛さの元、不快感をもたらす虎罠を両の手で慎重かつ乱暴さもある感じで無理やりこじ開けた。
そして折れた右足を引きずりながら立ち上がった。
痛みに顔を歪めつつ、二人のゾンビなのかわからない存在に肩を貸させ、怪物の死骸へと向かった。
五足大長虫と呼ばれていたそれの巨体はまだ温かかった。
(なんか触るとブニョブニョする部分もあるけど、あったかいし、匂いとか気にしなかったら商品に...って何考えてんだ俺)
彼、鄭は傀儡たちに命じ、少し惜しいなと思いながら巨躯を解体させた。
運べる大きさの肉塊を少しずつに分ける。
血と緑の膿が滴り落ち、傀儡たちの体をさらに汚したが、彼らは表情一つ変えなかった。
(やっぱゾンビだな)
その無表情な血まみれの姿は、月明かりの下でなおさら不気味だった。
「街まで運べ。俺の住処までだ」
二人、人と呼んでいいかわからないそれらは肉塊を担ぎ、森を抜けた。
夜明けの薄明かりの中、奇妙な一行が街道を進む。血に塗れた二人の死人のような傷だらけの存在が、巨大な肉塊を担いで歩く光景は、通りかかる者がいれば卒倒するほど恐ろしいものだった。
もちろんそれらに囲まれた鄭傑を見ればさらに卒倒するはずだ。
虎が人にでも化けたような顔をしていた。
場合によっては※1.為虎作倀に思えるかもしれない。
しばらくして街の外れにある粗末な木造の住処に辿り着いた頃んには日が昇って行こうとしたのを遠くで見た。
(朝日ってくるんだな、まだここら辺は暗いけど。「
「日はまた登る、俺はブラック生活は嫌いだけど、傷だらけも嫌で帰りたいこの頃です。つまりお前らさん」
しみじみとさせながらもやがてはゾンビ傀儡たちに肉塊を運ばせては、その血で地面が汚れたのを嘆き、置く場所を探しては得て、地下の冷たい土間へ運び込ませ、湿った布で覆わせた。
「洗ってやりたいけどま、とりあえずこのままでいろ」
二人は無言で頷き、住処の入り口に立った。
血と膿にまみれ、虚ろな目で前方を見つめる姿は、まるで地獄から這い上がった守護鬼のようだった。
(悪鬼羅刹すぎて早くしないと俺ら全員駆除される...って今の姿じゃ無理か...?ここ亜人とかいなさそう。)
「しかしこのまま世界を我が物にしてやるか……悪くねえな」
呑気な口調だったが、目は酷く、瞳孔が開いていた。
おそらくは、全ては自分を落ち着かせるために今こうしている。
そう、独り言も何もかも。
(まだ暗いから今のうちだな。でも....帰るのもいいかもね、親族とかもういないけど、ゾンビ思い出したしヴェミル監督のアダルト・ゾンビ....みたいな、暗い時に。)
夜はまだ少しはある、今は
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霧中に金楼溶け
龍鱗の影舞ふこと匆なり
剣は風を裁きて帛を裂き
弓は月を引きて虹を驚かす
杯に注ぐは甘露の毒
衣翻りて異香濃し
※2.胡楊に笛鳴りて遠く
大漠に飛蓬走る
将は知る、身のこれ誘なるを
暗刃の中に伺ふことぞ
蓮池は偽面の映じたるる
夢覚めれば水流れて空なり
栄華一瞬にして過ぎん
残響夕紅に伴い
浮世の号を求むるにあらず
幻詩として塵蹤を絶たん
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※1. 為虎作倀とは虎に食われた後にその手下の悪霊になってしまうことを指す、転じて悪人の手下になる意味を有する。
※2.コトカゲヤナギ 長寿の木で、耐熱がある。




