第十二話 英雄と見間違う飛び蹴り、三号
三号の顔に被せたのは、血に染まったアイスホッケーマスクだった。白いプラスチックに赤黒い飛沫がこびりつき、格子状の口元が永遠の嘲笑を刻んでいるように見えた。
これぞ俺の究極破壊暗黒殺人兵器。
やはり抉れた頰と虚ろな瞳を完全に覆い隠すと、ただの猟奇的な姿と化した。終末最強無敵歩行戦車。
「いけー!我が無敵戦士!仮面よ!アーマード三号!」
まぁふざけているが。実際はそこまでじゃない殺人鬼のような外見だが、それで十分だ。
(目立つ必要はないが囮として機能すればいい。この際だし。)
しかしそれでも幾許は後悔する。化粧パーティーようの場所から取らずにしてれば良かったと。
(しかし、気分も少しよくなった。ふざけるのはここまでだな)
ここまで来るのに、かなりの時間を要した。俺は端末の前に腰を下ろし、指を軽く動かしながら、まずどうやってこの場所を見つけたのかを頭の中で振り返った。
……あれは、車を奪って走り出した直後のことだ。
夜が深まる中、三号を助手席に乗せ、群がるゾンビを弾き飛ばしながら大通りを疾走した。
「よく考えたら返事しない死体が隣って怖すぎないかな。」なんて、返事したらもっと怖いだろうなんてくだらなさを頭で渦巻かせてはここからの未来を考える。
ここまでのことは全部走馬灯じゃないかとも疑ったが、痛いのは痛いし、やっぱり生きていると思う。
それにバックミラーに映るのは、まるで地獄絵図のような街の光景だった。つまるところ、実はこんな俺でも、心のうちは地獄行きはないと思っている。
炎上する車両、這い回る影、遠くの銃声。アクセルを踏み続ける俺の頭の中は、考えが色々出てくるが目的は明白だった。燃料が尽きる前に、与えられた唯一の情報、ここがどこの映画なのかを頼るしかない。
つまり、続編で明かされた秘密の研究の正体、超常現象を科学で理解しようとしたことだ。
「俺の気...武でどこまであの悪魔どもに対抗できるかが実物だな」
「三号、警戒を怠るな」
俺は指示を出すと三号のマスクがわずかに傾き、言葉での肯定の代わりに低く唸る。
「そのうねりをやめろ、何かを呼び押せるとまずい」
「うぅ...」
少ししょんぼりした三号であった
虎の力で強化された俺の感知能力が、周囲の気配を捉えていた。だからアクセル音だけでも、何か来ないかと心配して、つい三号を怒鳴ってしまった。
ただの屍だ、やつは。
でも、血の臭い、腐敗の臭い、そして……微かな排気ガスの臭い。やはり、たまらない、何かの騒ぎにもう近づいているかもしれない。
普通のゾンビの群れとは違う、組織的な動き。
ならば答えはただ一つ。(いよいよか、映画の中じゃ、随分とやつれた姿になったが、改造済みのゾンビ兵士)
シューン
交差点を曲がったところで、それを見つけた。黒い装甲車だった。重厚なボディに、蔦と骸骨の円環が刻まれたマーキング。
明らかに普通の軍や警察の車両ではない。基地のメンバー——そう例の、カルトの関係者らしき連中が乗っている。現代武装に超常現象を足したものよ。
車は慎重に街を移動してその跡をおっていると地下方面へ向かっていたのか、ここいらからどんどんと下がってきている気がする。
(追う。情報を引き出せる)
アクセルを強く踏み込んだ。エンジン音が夜に響くのを気にせずただただと速度を上げる。
血と肉片で汚れ、フロントガラスにヒビが入っていたが、構わず突っ込んだ。
「いやがった!」
三号がマスク越しに身を乗り出し、窓から腕を伸ばす。
目立ってはいけない、それだった。俺は軍なりなんなりに目立ちたくはない。
けれども出会しては仕方ないし、速度を上げている時点ですでに覚悟した。
(なんだって俺は決して、時間を求められる時に安静する男じゃないからなぁ!)
そうだ、やつらは。
やつらは表立って暴れることのできないいわゆる秘密結社、少なくとも俺の知る映画の中ではそうだった。表向きはあくまでも製薬会社だ。しかも大衆が知るのは健康志向のサプリメントばかりだった。
ガキン!
装甲車が銃撃を仕掛けてきた。後部から自動小銃の連射音。弾丸がボンネットを貫通し、火花が散る。
パキン
「チッ」
顔を弾が、しかしえぐれていない、強化された体のおかげか。ならば...
ガン!と
俺はハンドルを切り、路地へ無理やり滑り込ませた。そして虎の爪を軽く伸ばし、真っ正面のガラスを切り裂くように開け、三号を投げ出す
「近接だオラァ!」
接近戦!遠距離での火力が上の相手に対して、鄭は、鄭傑は、三号を飛び道具として扱っては、己らが優勢を活用し出そうとする。
マスクの殺人鬼は地面に着地することもなく、即座に装甲車へ飛びかかった。足先を向けて、血まみれの仮面がヘッドライトに照らされ、異様な迫力だった。
蹴ッ!
それは飛び蹴り!
しかし、それだけで終われない、それだけじゃない。
鄭もいく、そこでドアにしがみつき、爪で引き裂こうとするほどに力を貯めては、飛び出した!
仮面だけじゃない!銃撃で狙い撃ちした兵士が気がつくまでにそう時間は掛からなかった。
精鋭だろう。しかし、精鋭、精鋭でも圧倒的な身体能力の差を近距離で庇いきれないものだ。
この兵士の反射神経が追いつく頃にはすでに射程距離の内だ。
「あっガァ!」
断末魔の声、それは三号が蹴りを後追いするように、ドライバーの仕業。
鄭が拳を突き出した狙いをしたままに突進した、上から叩き潰すように、当然相手は高さと速度の掛け合いの技に耐えきれなく、被っていたヘルメットが潰れては、骨も砕ける。
三号、ドライバー、二人の拳と足の掛け合いにより、重厚だった防御の装甲車は今崩れる。
先ほどまでのことを追うと鄭が、三号が蹴りどばした兵士が顔を出していた窓から侵入しては、もう一人の奥の兵士に拳をねじ込ませてそのまま反動で自身の跳躍の勢いを殺して中に入れたのだ。
ボン!
しかし代償もあった、三号はそのまま地面へと落ちて、転がる。
(関係ない、もとより屍、動きに影響はないはずだ。)
きっと鄭傑に考える暇があればそう思っていただろう。
しかしどうも彼の行いからしてそうではなさそうだ。
装甲車が蛇行し、壁に擦れる音が響く。
操縦士が暴れているからだ、侵入への抵抗か。
俺は手を椅子に伸ばして、そのまま体の固定と運転手の首筋を狙うという目的を達成させていく。
そう、蛇行する勢いのままに手で椅子を折らしては運転手の首を破片で突き破る。
「ガッ!」血が飛び散り、車がコントロールを失う。
装甲車が横転した。俺は急ブレーキをかける、しかし止まる余地などもない
「うおお!クソ野郎が!!来い!三号!」
蛇行のせいだろうか、停止も制御など当然聞かないが、その時に三号を詠んだ、それは神にでも縋るようなものだった。
(くそ!くそお!何をしてる、三号が来るわけ、あの落下から)
ガン!
何かぶつかる音と当時に見える速度で車両は、装甲車は走行を緩めていく。
なんと、三号がすでに蹴り飛ばしてた男を投げつけたか、一瞬車輪の前で何かが踏なれていたのである。
しかし、まだだ、まだこれじゃ勢いは
ガッ!
「さっ!三号!!」
なんと三号は装甲車を堰き止める、引き止める。
それは、まるで、英雄...英雄かよ。
マスクの影から見えるその姿、かつてはただのチンピラの無頼漢。
なのに装甲車を徐々に持ち上げる。
(強化...されている...?)
ガガガがが!
「研究基地はどこだ。母胎セクターへのルートを教えろ」
しばらくして。生き延びたやつに問い詰めるも、それは泡を吹きながら抵抗した。
「ほう、カルトまがいと思ってたがなかなかの」
ぎゅ「ま、ま....うまって」
首を締め上げると、観念したようだった。
片手で完全武装の成人を持ち上げて、さらに銃が効かないおかげだろうか。
口では妙なことを呟いていやがる。
「許して!未来からの...!ああああ筋肉モリモリの変態やろう!!!」
「あ?なんの話だ..?」
震える声で地下鉄のメンテナンスルートとセキュリティカードの情報を吐いた。
変な言葉は相変わらずだが。
「殺さないでくれ!くそでもなんでも生放送でお前の」
(....?そんなに怖いか...俺?)
少し反応が気になったが、やつの言う通りに持っていたIDカードとやらを取り、座標をメモする。
(話からすると情報がなければ、こいつは......基地の外周部に辿り着くのはもっと難しかっただろうが、しかし....直接突入ってどうも、俺は知的に思考ができないかもしれない。)
鄭は少し困っていた、装甲車を適当に襲ったことからしても、彼はそこまで深く考えるわけでもないし、案外その場の感情のままに突入してしまうことがある。
「ま、あと調べるの忘れてた。」
装甲車を調べると、追加の資料と簡易地図が出てきた。
カルトが死の秘儀を現代技術で再現しようとした記録だ。
古来の死の教団というものが基盤らしいものだが、詳細はまだわからない。映画の中でも特別説明がないのが悲しい。
仕方なく、俺は少しばかり離れた車を乗り捨て、装甲車で地下へ向かった。ただ必要なものだけをまとめて
あのありえたかもしれない追跡からここまで、ゾンビの群れを避け、軍の包囲を掻い潜り、ようやくこの施設に到達したのだ。
(なんと素晴らしいものだ俺は)
回想を終え、俺は端末の画面に視線を戻した。
結局は思考をうまく纏められないものだったが、なんとなく俺は適当でもうまくいける気はする。
ならば、現在、研究基地の外周部だ。
培養槽の残骸がいくつも並び、壁にはパイプとケーブルが複雑に張り巡らされている。空気は冷たく、微かな振動が床から伝わってくる、つまるところいわゆる最深部の母胎セクターが稼働している証拠だ。
母胎セクター、一言で説明すれば、この研究基地による主力研究の命名だ。
だから三号を入口に立たせ、俺は一人で端末を操作した。しっかり見張りなり囮なり頼むぞ、英雄さんよ。
IDカードで入ろうとするが権限なしといわれる...しかしすでにセキュリティは破られていた。
幸いバックアップ電源で一部データが残っている。試しに、実験ログを開く。
「日付……感染率上昇……暴走発生……」
内容がたくさん書かれて理解に時間はかかりそうだが、要点だけを見れば死者を蘇らせ、完全制御下に置くための薬剤を開発していたと。
死の精髄と呼ばれる黒い液体が鍵となり。
(しかし液体か...俺の虎の力——予想だと噛みつきなどで動くから....液体、血を媒介とする傀儡術——それと相性が良さそうだ。)
「お?なんだ?」
三号が資料棚から紙のファイルを取り出していた、時代遅れだと鄭は思いつつ、渋々詠んでみる。
(電子化しろよ、どれがどれかわからん)
血痕が付着しているが、読める。ここ、地下の構造群の詳細図。
最深部へのルートはメンテナンスシャフト経由でセキュリティ扉が複数あるが、奪ったIDカードで突破可能かもしれない。
鄭は顔を顰めて思った。
(原作からして...主人公が目覚めたのは暴発したのは、その3日前、そのあと軍の動きが早いく爆撃が始まるのに...2日程度か、あれから俺は一夜経てあと...4日程度か、その前に、ここを突破したいものだ)
突破、鄭の目的は、本作の主人公への協力や運命の改変ではなく、さらにあるものだった。
それは、鄭傑は、全ての元凶たる、彼が侵入していふこの組織神秘の根源、伝説の悪魔、その存在に触れることだ。
理由はそこまで深くはなく、ただ主人公のいる場所よりも、目立つ組織の方がたどり着きやすく、また、なんとなく任務と言われたら、敵を相手にして、首領でも狩ればいいと思っていたからだった。
そうして事は進む。
三号を呼び、両者で共に次の通路へ進んだ。
廊下は暗く、非常灯だけが点滅している。
(感染の広まりはここからとでもいうのだろうか)
ただコツコツと足音が響き、壁に自分の影が長く伸びるのを見ると、敵がいつ出るか不安にならざるおえない状況ではある。
同伴のその三号もマスクが血で固まり、ひび割れている。
途中、ゾンビ化した研究員の死体が数体転がっていた、白衣の残骸を纏い、泡を吹いたまま倒れている。なんとなくそこに舌を軽く伸ばし、血の臭いを確かめた、酸っぱいな、新鮮ではない。しかし外とあまり変わらないようであった。
カタ
シャフトの入り口に辿り着いた。
(地図に間違いがなければ。)
カタン……。
シャフトの蓋を開けた瞬間、冷気が這い上がってきた。
冷たい、すごく冷たいから地下だから、というだけではない。
それはまるで、何か嫌な想起をさせてしまうほどの寒気だ。空調とか冷蔵庫とかそういうわけではない。
本能的に嫌なもの
「あまり近づくな、三号」
俺はしばらく、開いたシャフトの中を覗き込んだ。
底は見えない。
非常灯の赤い光が、遥か下でぼんやりと揺れている。
その光が、一定の間隔で消えた。
……1秒。
……2秒。
そうして、また点く。
3秒か、感覚的に
そのたびに、地下の暗闇に埋もれた存在が一瞬だけ浮かび上がる。
壁。錆びた梯子。そして——壁に貼り付いた、何か白いもの。
人間の手のように見えた。
だが、次に赤い光が点いた時には、もう消えていた。
「…………」
俺は黙ってシャフトの中へ三号を降りさせた。
カツンカツンと金属製の階段を降りる音だけが響いた。
地下へ進むほど、音が少なくなっていく。小さくなっていく。
代わりに、別の音が聞こえ始めた。
……ズン。
……ズン。
「待て三号、カメラを投げる、受け取れ。」
特別説明も必要なものでもないカメラだ、ケーブルで繋げて下ろしては、そのケーブルは電波の伝達を一緒に手伝いしては、降下も手伝う。
(な、いかにも不味そうだあ)
鄭に見えたものは扉であった。
扉の横に貼られたプレートは、半分が剥がれて残っている文字は、削られている誰かが意図的に削り取ったように、いやまるで爪痕だ。
悪い予感の元凶、その様子まるで、彼にボス戦とやらを思わせてしまうからだろう。
それを証明するように扉の隙間から火花が散った。ゴーン
扉が開く。
その瞬間を目の当たりにすれば当然動きを止める。
そう止めてしまった、そこの正解は三号に命令を出すべきというのに。
中は巨大な円形の空間で人工的な建造物にあるはずの天井は見えない。ただ何かがへばりつくようにあった。目を細めても見えない、何もない。
カメラ越しならしょうがないからだろう。
だが——赤い非常灯が明滅した一瞬だけ、天井が見えてそこに何か巨大なのが天井に張り付いている、人間のような形だった。だが、手足の数が多すぎる。
「ぎゃああ!」
「は?」
女の声だ。鄭は、鄭傑は思わずしてそれに気を取られていた。
同時に嫌な予感もした。
(まさか、生存者...?つまり敵でも釣れてきてんじゃ)
「た、助けて!」
予想は的中した。
「はああああ?!」
波瀾万丈になるであろう、両者の出会い。
鄭はすでに心の中で走ってきた金髪の彼女に怒髪天ほどであった。
「き、な!にゃああ!!」




