第十三話 冰火二重獅
「き、な!にゃああ!!」
金髪の女の悲鳴だ。だって非常灯の赤い明滅が、彼女の恐怖に歪んだ顔を一瞬だけ浮かび上がらせ、すぐに闇に飲み込む。
当然にも即座反応した。
「だぁマれ!」
素早く彼女の口を手で塞いだ。悲鳴が怪物や他の敵を呼び寄せる危険を、知らないわけないだろこんな場所にと。
同時に、三号に指示を飛ばす。
「三号、手を貸せ今すぐだ」
三号はというと、英雄蹴りをかました俺のいうがままの傀儡の屍だ、まぁ英雄というと血に染まったそのアイスホッケーマスクを傾げもせず動くから、いわば違うな。
(うん、やっぱ仮面の英雄ではない。)
「いいか、俺の仲間がこの間にあそこがどうなのか見ているし、閉じようとしている。だから落ち着け」
女の体は小刻みに震え、当然俺の掌に熱い息が当たる。
(しかしここまで怯えられてるしまうとなかな....手を下すべきではないか、静かにしてくれているし)
けれどもその青ざめた顔、乱れた金髪、服の裾は引き裂かれ、腕に引っかき傷なのか血の跡が幾筋も走っていた。
(感染の可能性は...?)
初対面の未知の存在。名前も素性もわからない。
しかし、彼女は今は生きている人間であることだけが確かだった。
(くそ……突然の悲鳴か。初対面でこんな騒ぎを起こしやがって、俺は悪魔の根源を狩りに来ただけだ。余計な荷物は増やしたくないが、放っておけば死ぬのは目に見えてる。非道な真似はしたくねえしな)
「んむ!?」
「落ち着け。声を出すな。俺は敵じゃない。あそこのやつ……三号もだ。お前を殺すつもりはねえ」
「む....ん」
女の激しく揺れ続けている。
説明不足のせいだろうか、もしかして何を見て声を上げてはいけないと思ったかなど、伝えていないからだろうか。
それとも、力を加えて握っているせいで痛いだろうか。
けど彼女は俺と、三号の異様な姿を交互に見つめる。
(三号のせいか)
三号は血まみれのマスク、格子状の口元、あれはまさしく殺人鬼の姿。
(この姿じゃ無理もないか)
「あいつの姿が恐ろしいのは。」
しかし、初対面の恐怖が、彼女の心理を支配しているのが伝わってきた。
心拍が速く、体温が上がっている。パニック状態だ。
いやそれよりも明らかに彼女が驚いている相手は三号ではない。
ゆっくりと手を離す。
彼女は激しく息を吸い、急いでいるようにかすれた声で言葉を紡いだ。
「……い、いやぁ……。殺さないで...化け物ー」
「うるさい!騒ぐな、お前俺が怪物とでも言いたいのか!?
「む...う」
急いで手で口を塞いでしまったから返事になっていないが、頭の揺れからしておそらく違うと、横向きに否定しているはずだ。
「いいか騒ぐな、じゃないと次はその口を潰す。」
そういうと女はこくりと頷いたようだ。
ファさと手を離し、聞くこと。
女とだけじゃ後でまた誰かに出会ったり、こいつがすぐ気づかないかもしれんから、名前を聞くことに。
「で、名前は? ここで何をしてた?」
「……エレナ……エレナ・ブルース。ここの研究補助員だった....そんなただの職員、さ、サポートを……してたけど、全部暴走して……」
エレナ・ブルース。ようやく名前が出た。
金髪に青い瞳、うん、映画に出てないな。
少なくとも主要キャラじゃない。
白衣の下の体は細く、研究者というにはそうだが...
それより実験に巻き込まれた被害者、実験体の一つのに見える。
「その腕の傷は?」
「え、そ、その」
(心理的に弱っている、だが、情報を引き出せば使えるかもしれない。あの三号は俺のいうがままの傀儡の屍で便利だが、会話も何も判断もできない。彼女の口があれば..あれだ、三人よれば臥龍の知恵だ)
「わかった、エレナ。詳しい話は後だ、今はここから逃げるぞ、来い。」
三号に目配せする。
奴はただ黙って頷くようにマスクを傾け、指示を待った構えだ。
俺は嫌がるような顔のエレナの肩を支えては腕を支え、三号を先頭に立たせて移動を開始した。
「それで、地下に化け物がいたがあれはなんだ」
「え、その」
廊下は暗く、非常灯だけが点滅している、当然か。緊急事態だからな。
そして当然にも足音がコツコツと響く。
みんな逃げたか死んだかだろうな。
「なんで……あなたたち、こんなところに? 軍でもない……普通の人間じゃない……」
「お、俺の返事は...いや俺は悪魔、じゃなくて、修道...者?神父?的なものかも。でそっちの三号は俺のいうがままの屍、ゾン...いや人造人間、T-300だ。俺たちは未来から来た救世主で目的は……この基地の元凶をぶっ潰すことだ、だから道案内だけしてくれ、知ってるだけのものでいい。」
これにエレナは小さく頷いた、表情はいかにも何この人だけど。
「あまり恐るな、確かに理解しにくいかもしれんが、俺たちは...お前に危害を加えない。不安かもしれないから現実的に教えてやる、今はない、酷いことはしない。」
しかしまだ信頼していないのか。
「俺は、て...」
(本名はやめよう)
「俺は花鉄湿だ」
心理的に、彼女の心の中で、(この男たちは最悪の選択肢ではない)という判断が下り始めているかもしれない。だから自己紹介が必要だ
(しかし反応がいまいちだ....しくじったな、無理やりでも行けるか...?いや恐れられて罠的な場所に連れて行かれるのもごめんちゃいだ)
途中、謎の存在が迫り来るか恐れたが、あくまでゾンビ化した研究員が二体這い寄ってきてだけだ。
当然それらも横薙ぎに切り裂いたやった。
肉が裂け、温かい血が飛び散る感触が伝わるはもちろん対戦したもの。
なのに触れてもいないエレナが吐き気を堪えるようにそこでへたり込む。
「うっ……」
「三号、もう一体を始末を早くしろ」
いまいちこの女この調子じゃ、速くしないとまずという焦りからか、結果を急かす。
三号はというと無言でゾンビ蹴り飛ばし、壁に叩きつけ、動きを完全に止めた。
死体の崩れる音が響く中、俺はエレナの背中を軽く叩いた、初対面の彼女じゃこんな状況で信頼を築くのは難しいゆえ行動で示すしかない。
「しかし、あれだ。何か落ち着けそうな場所はなさそうか。」
「ここを右……奥の自動ドアを抜けたら、食堂エリア……」
「食堂、当時は休憩時間じゃないのか..?」
(食堂といえば人が集まりそうだが..この際は仕方がないか、できる限り身を隠す場所が欲しいからな、頑丈で籠城できそうな場所で先ほどのやつに対応するために。)
「ここであってるんだな」
なんとかしてIDカードでドアをこじ開けると、かなり広々としている。
同時に雑な場所である。
テーブルと椅子が乱雑に倒れ、血痕と食器の破片が散乱し、そこへ非常用ライトがぼんやり照らしている。
暗さがより雑を見せてくる。
一見でかなり死角が多い場所だ
「ここなら……少し休めるかも……」
エレナがそう言う
「なぜそう思った」
しかし、その言葉が終わらないうちに——
ズン……ズン……
震え、振動
危険を告げるも同等
「エレナ、下がれ。厨房のカウンター裏だ。三号、囮になれ!」
「え……?」
厨房の奥から金属の歪む凄まじい音。
ガシャアアアアアッ!!
大型冷蔵庫が吹き飛び、そこからが姿を現した。
体長3メートル半を超える巨躯。異常隆起した筋肉、背中から八本の触手状肉塊、刃物のような骨板に覆われた腕、溶けた顔にたくさんの目。
「速い!」
内心で戦慄する速さ。
(ただの怪物じゃない。速い)
「ぎゃああああ!!」
「はぐぅ!」
怪物が咆哮を上げ、回転をしながら巨大な腕を振り下ろしたのだった
ドゴオオオッ!!
その威力はたとえ鄭傑が両の腕で受け止めたとしても、彼が背後にあるテーブルが粉砕され、破片が飛び散るほどのものだった。
「あ...てっめぇ...何ふっとんでんだあああ!」
三号はというと吹き飛ばされながらも鄭傑に言われて向かおうとする、しかし勢いよく飛んで行ったせいか、はたまた破片でで骨とか砕けたのかうまく動かずにじたばたするのであった。
鄭傑が頼れるものはもはや一つ、そう一つだ。
虎の力を全開に。
怪物が体を捻り、動きを封じようとする。
タックル、して投げる!
「終わりだァァ!!」
だがそううまく行かず、当然吹き飛ぶまで
なんと怪物の腹から何かが出て来ては鄭の、鄭傑を!彼の脇腹を直撃した。
ドゴオオオッ!!
(ッ、何こ...れ)
鄭の視界が真っ白に弾け、体が軽くなったように壁に叩きつけられる
玩具みたいな感じだった。
彼に感触が背中を走るとすれば、テーブルの破片が周囲に飛び散るのを見て、虚無と痛みであるだろうに。
「あ、あ」
あと言う行き詰まるその声はきっと、息が詰まり、口の中に血の味が広がっては、ただ窒素しているであるはずだった。
歩ッ!
「あ、はぁ!がか!」
(く、くる!)
鄭傑は痛みを噛み殺し、体を起こした。
脇腹が熱い。骨にヒビが入っているかもしれない。
それでも動かなければ終わる。
そう思い彼の視線が周り続け、やがて厨房の奥へ走る。
(料理!厨房!包丁!)
思い出したのだ、彼は、食の力、そして武功!
棚に並ぶ缶詰、凍った肉、調味料の瓶、冷却パック。
普通ならただの食料だ。だが、鄭傑の頭の中で、別の記憶が急に蘇った。
(……料理だ。あそこだ)
料理
彼が来る前にいた世界では、ただの食事ではなかった。
火を通し、混ぜ、冷やし、形を整える行為そのものが、体の内側の流れを整える道だった。
そして仙人を目指す彼が、日常の中で最も頻繁に行う修練の一つが、武功の殺豚刀法だった。
そして彼はそれを越えようとした。
(特殊なエフェクト程度だけじゃない、漫画の知識を実現できれば。)
漫画の内容、それはかつて鄭傑が漫画でみた、素材の性質を引き出し、完成させたものを口にすれば、一時的に力が増す。
なお、投げれば、熱と冷の衝撃が相手の動きを乱す。
完全な人の技ではない。だが、今の自分には、それしか残されていない。
そして、包丁。
(殺豚刀法……氣を乗せて切れ。)
ありえないことでありえないことを実現しようとしているのだった
「うぉおお!」
鄭傑はたけり、雄叫びして、そうしながら転がるようにして厨房の棚に飛びついた。
触手が後ろから伸びてくるも同時で壁に掛けられていた大きな肉切り包丁を掴んでは切り崩し、金属の鋭さを生かす。
刃渡りは長く、重く、肉を解体するために作られたような厚みがある。
柄を握った瞬間、その体の奥で氣をわずかに動した。
(これだ……)
“肉”
彼は殺豚刀法の基本を体に呼び起こす。
氣を刃先に集中させ、凍った鶏肉に一閃を入れる。
刃が骨を避け、筋に沿って滑らかに割れる。
斬ッ!
普通の包丁仕事ではない、氣功を乗せた斬り方だ。斬狗頭の要領で、目標を一点に定め、一気に断つ。肉がきれいに分かれる。
同時に空いている手を当てがいコンロに火をつけ、フライパンに油をひいて強火にした。
武侠系映画とかにある、気で何かを動かす仕草、手のひらを向けた動作さ。
そこへ鄭はすかさずに細かくした鶏肉を放り込む。
脂がジュウジュウと弾け、煙が上がる。
緊急事態というのに彼は美味しいものを作り始めようとした。
砕けて押し詰めた牛肉の缶詰をほぐして加え、玉ねぎをざっと切って投入する。
火が強すぎて端が焦げるが構っていられないとのようでそのままトマト缶を開けて流し込む。
赤く染まったソースがプツプツと泡立つ。
創作料理だった。
料理の素人ができる限りを振り絞っての調理。
打ッ!
触手がカウンターを薙いだ。
金属が歪む音、何かの器具が吹き飛ぶ音。
鄭傑はただいそいそとしながら、流すように肉切り包丁を横に払い、触手の先端を斬りつけては氣を乗せた刃が黒い粘液を弾く。
わずかに切れ込みを入れてその触手の奴が動きを止める隙に、ソースをかき混ぜる。
そのソースとは豆の水煮を潰して放り込み、とろみが出るまでかき回す。
トマトと豆を主にしては、缶詰の塩気を混ぜたもの
さらにそこへ白い粉の容器を開け、適当に振りかける。とろみが急に強くなり、どろりとした。
澱粉、片栗粉か。
(熱を通せ……もっと通せ。冷たい殻で包むまで、中の熱を保て。氣を乗せて切れば、しかしまだだ、こんなじゃ、俺の求めたいたものには)
冷却パックを手に取る。
冷気が飛ぶほど、そこへやはり彼が気を当てたのか。
「オラァ!」
半透明の液体をトレーに広げ、冷却パックを押し付ける。
均一にならない
急いでいる、まだ柔らかいうちに、熱々のソースをスプーンで掬って放り込み手早く丸める。
ソースを何かの麺類のように扱うというのか、先ほどの澱粉の量からしてそれどころか、ゼリー状にすら厳しいほどであろう。
今まさに表面が冷たく固まり始めるが、中は熱いままで形は歪だ、というよりも、ほろほろに砕けた宗である。
それに大きさもバラバラだ。
「くそ。つあおぉ!」
その瞬間、触手がトレーを叩き飛ばした。完成しかけた球体が床に落ち、冷たい殻が割れて熱いソースが飛び散る。
(くそ……やり直しだ。時間がない)
「うぉ!」
なんとかして交わした鄭傑は取っ組みしてきた敵に胸へと落ちていたいくつかの刃を投げつけてはすぐに残りのソースをかき混ぜ直す。
(まだだ、まだソースがある!)
新しいトレーを棚の奥から引きずり出し半透明の液体をまた流し込む。
冷却パックを強く押し付けるして表面が硬くなるのを待つ間になふ。
そこへ怪物がまた近づいてくる。
(くそが!さっき飛ぶナイフ喰らわせたわずだろうが!いやしんぼうめ!)
肉切り包丁を構え、殺豚刀法の中段を取る。
「はぁあ!」
氣を刃に集中させ、伸びてくる触手を斜めに斬る。斬狗頭の応用だ。
目標を一点に定め、一気に断つと黒い粘液が飛んでは触手がわずかに縮む。
その隙にソースを掬って新しい殻に包む。一つ二つと武術を学んで間もないせいで形は歪だが、目的はできているようで、彼、鄭の表情が嬉しそうだった。
表面は冷たく、中は熱を保っている。
(これだ、相応工夫の料理!)
鄭傑は完成した球体を三つ、カウンターの隅に並べる。
すぐに次を作り始める、途中迫り来る怪物を交わしては、作る。
そのせいでソースがかなりと減ってきたが、構わずに残りの鶏肉を細かく刻んでいく。
肉切り包丁を使い、氣を乗せて筋に沿って斬り手が滑るようにして血を混ぜあえる。
コンロのつまみを調整し、かき混ぜ続ける。
白い粉をさらに振りかけ、とろみを強くする。
「はぁ!」
熱が逃げにくくなるのを確認しながら、また冷却する。
(熱と冷のバランスだ。氣を通して完成させれば、体の流れが一時的に整う、投げれば、奴の感覚を乱せる。)
果たしてそれは料理と言えるだろうか、化学物質もないのに一体何で兵器と化すのだろうか。
簡単だ、気だ。ただならぬ気、鍋気に近いもの。
鄭傑は球体を一つ掴み、全力で投げつけた。
気を乗せたように。
パシッ 砕ッ
冷たい殻が砕け、中の熱いソースが怪物の溶けたような顔に直撃する。
多数の目のうちいくつかが閉じ、それが身をよじった。
溶けたような顔が溶けだした。
(効いてる……だがまだ足りない。もっと作れ。包丁を使え)
鄭傑はすぐに次の球体を成形する、ソースを掬い殻に包み冷却パックで固め、ここぞとばかりに攻めて行こうとする。
「三号、正面から引きつけろ!大技で喰らわしてくれる、お料理だけに!!」
三号に怪物の注意が向いた隙に、鄭傑は残りの材料をかき集め、ソースをさらに煮詰めていく。
内容はトマト缶の残りを全部投入し、豆のペーストを加えて粘度を上げては熱々の状態を保ちながら、冷却した殻に次々と包んでいく。
やがて四つ。五つ。カウンターの隅に歪な球体が並び始める。
触手が三号を巻き込み、壁に叩きつけた。三号は痛みを感じないまま、じたばたと動くもその間に鄭傑はさらに球体を増やす。
冷却パックの残りが少なくなってきた。半透明の液体を薄く伸ばし、急いで固める。
表面が十分に硬くならないうちに包むんでは熱で溶けてしまうから何度か失敗し、ソースが床に落ちていく
(焦るな……いや、焦れ。完成させろ。熱い中身を、冷たい殻...氣を乗せて)
鄭傑は完成した球体を両手に抱え、厨房の奥へ移動する。
何かをするつもりだ、まさかこのたまだけが料理ではないのか、まだ仕上がり腕していないというのか。
「ハオ!できた!」
鄭は触手が伸びてくるのを避けながら、コンロの火を消さずにソースの残りをかき混ぜ続ける。
まだ作れる。
材料が残っている限り完成させ続けるといかんばりの勢いで息が切れるまで、視界が揺れるまで、痛みが全身を走るまでに、それでもそれでもな玉を作る
「マジでイラつく、ただでさえやること多いのに。」
鄭傑は最後の一玉ができてのを、じっと見つめていた。
もはや投げるために作ったわけじゃない、たしかに、いや、最初は戦うために作った。
だが、ここまで来れば話は別だった。
厨房に転がる、大小さまざまな球体。
全部で九個。九つは数が極み。
赤黒い色をしたものもあれば、表面が白く濁っているものもある。冷却の具合が違うせいで、形もまるで揃っていない。
「……獅子頭って、こんな感じだったか?」
料理などしたことのない鄭傑には分からない。
ただ、昔どこかで見た料理の記憶だけが残っていた。
“紅焼獅子頭”
肉を大きく丸め、煮込んだ料理。
ならば━━これも獅子頭だ。真の獅子頭、それをも超えた、全ての料理技術と奇術を照らし合わしをしてできた完成されしものだ。
少なくとも、鄭傑はそう決めた。
「よし……」
九個の球体を一つずつ集める。
そこは崩れかけたもの。
そこはと固まりすぎたもの。
そこはと奥へ閉じた熱が抜けてしまったもの。
それらを全部、鍋へ入れる。
だが煮込むでも焼くわけでもない。
「蒸してやんよ」
赤い炎が鍋底を舐めるもそれだけで鄭傑はそこまで火を強めなかった。それに、冷却パックを鍋の周囲へ並べる。まるで、熱いだけじゃダメだというようにそうして冷たい空気を氣で引き寄せる。
そして冷たいだけでもダメだとでもいうように、常に火加減を調整していく。
気流を調整して蒸し器でないこの鍋で蒸すからだ
鍋の中に熱気でその外では冷気故に両方を同時に巡らせていきさらに鄭傑は、先ほど使った半透明の殻を砕き、細かくして鍋の中へ加えた。
それが熱で溶け、ソースと混ざっていく。
やがて鄭傑は肉切り包丁の背で、ゆっくりと鍋を叩いた。
コンと叩く
コン、コンと。
「氣も……全部だ」
虎との戦いからで消耗し身体に残ったわずかな氣を、鍋へ流し込む。
「は?」
赤い湯気が立ち上る。
どう見てもその湯気は普通ではなかった。
炎のような赤い光を出せば時に氷のような青みを出して、ついには絡み合いながら天井へ伸びていく。
そして
虎が現れた。
巨大な赤い虎。
その反対側から、白銀の何かが現れる。
(龍....だ)
龍と虎が鍋を挟んで睨み合い、互いを喰らうように旋回する。
今の彼にこそわからないがそれこそが鍋気への入門の一つにして、人体の循環を見立てたように、外のものにも影響を与えるもの。
人呼んでは、降龍伏虎、龍虎内丹法。
彼は知らずのうちに勝手に鍋気を見つけ出す方法の一つを武術で見つけてしまった。
さらにその上。
金色の巨大な円が浮かび上がった。
太陽。
その中心に、巨大な獅子の顔。
「……なんだ、これ」
当然エレナは言葉を失っていた。
鄭傑も理解できない。
相反するものならば特別だろうと、彼なりに考えてが、そもそも料理に力があるかどうかも博打だった。
この方法を解明するなど不可能に違いない。
ただ――料理が完成へ向かっている。
それだけは分かったように、鄭はすぐに視線を戻した。
鍋の中の肉塊が一つにまとまっていく。
(嘘だろうてめぇ、獅...頭じゃねぇよこれ)
やがて、それは巨大な球体になった。
だから彼は違うと思った。
両手で抱えるほど。
表面は赤黒く艶やかなのにところどころに白い筋が走り、まるで大里石の紋ようにも見える。
「食い物だが...」
作ってはいいけど彼はいまいちどうすればいいか考えていない。しかし無理もないはずだろう、寝てすらいないんだから
しかし、食事ならば食えるはずだ。
だが、箸も何もない。
鄭傑は恐る恐る肉切り包丁の刃先で表面を叩いた。「……硬い」
もう一度と叩きも全然たり今や崩れない。
「これ、食えるのか?」
だが次の瞬間。
包丁の端が当たった部分だけに、細い亀裂が入った。
パキッ。
「……!」
亀裂だ。そしてそこから、湯気が漏れ出したら、汁である。
外側は硬いのに、内部は柔らかく押しても形が崩れない。そして汁が出てきる。
端を軽く割れば、一口大に綺麗に砕ける。
「なるほど……」
最初に冷やして固めた、その後、熱を加えた。
最後にもう一度冷やした。
そして仕上げに蒸した。
熱と冷気を交互に使い、最後に蒸気で全体を包んだから外側は締まり、内部には水分と熱が閉じ込められた。
硬い、しかし噛めば砕けて、ホロけては柔らかい食感へとなのに全体的なかみごたえは崩れない。
鄭傑は恐る恐る端を一口分だけ割ったところを掬うと湯気がふわりと上がるそこから出でるものは。
「……」
赤く、肉汁を吸った豆とトマトが濃厚な餡になっている。そして全体感、砕けないという感覚は肉は細かく刻まれているのに、筋が残っていて噛み応えがあるという感覚。
味の調和もある調理だ
牛肉の塩気にトマトの酸味、豆のほのかな甘みと玉ねぎの香ばしさ。
そして最後に蒸したことで生まれた、柔らかな甘い香り。
「……食える」
鄭傑の顔が少しだけ緩んだ。
その瞬間、背後に巨大な幻影が浮かび上がった。
赤い獅子、虎の体をしては獅子の立髪
その鬣は炎で四本の脚は白い霜。
獅子は大地を踏みしめ、咆哮する。
その口から湯気が噴き出した。
同時に、龍と虎が左右から現れ、獅子の周囲を巡る。
さらに天井では炎と氷が一つの円になって回転する。
「……獅子の頭……」
エレナが呟いた。
鄭傑はその料理を見る。
「そうだ」
こいつをどうなん名前なんて知らない、正しい作り方も知らない、料理経験だってない。
それでも自分が持っているのは限りなし。
彼は、己の力を信じたからだ。
俺ならばできると。
この世界で覚えた氣が目の前にある材料を神秘的にする。戦いの中で得た全ての経験を全部、鍋の中へ叩き込んだ。
「俺の……」
鄭傑は巨大な球体を見つめた。
「冰火二重獅だ。」
そう言って最後に蒸気がふわりと舞い上がれば料理の表面に浮かんでいた亀裂が、まるで獅子の鬣のように広がった。
そしてそこで止まり、崩れない。かなり美しい。
端を割れば食べやすい大きさに自然と分かれる特殊さを込めながら、味は確かにして表面はしっかり締まっている。
こんな材料の出せるものではない。
鄭傑は一欠片を口へ運んではぱきっと外側が砕ける。
その中は、驚くほど柔らかい。
「……うまい」
その一言と同時に、背後の獅子が再び咆哮した。
「食っただけでどうにかなるわけじゃない、それは今知った、だが発散してもらった」
鄭は知る、己に必要なものが何か。
今までに代償として押さえ込んでいたものがあったことを知る。
虎の肉を経ては蘇るとしても、その力がただがむしゃらに体内をどよめきするまでだが、今や調和はなされていく。
「てめぇが体の奥にある全ての雑さをこの料理で発散してもらったぜ。」
発散。その理由は貯めてだけで出ないもののせい。
貯めたものを発散できる。
つまり調和、調和こそが全て、故に料理の際に怪物をあしらえた、いやむしろ料理の際にしかできない。
「俺はつまること今絶好調だ、見せてやる、仙人様の技を。」




