第十話 悪人の末路
デスクに深く腰を下ろしたまま、椅子を軽く後ろに倒して背伸びをした。
お尻が痛いから腰を下ろしているというよりは立ち上がれないというべきだろうか。
そうこうしている間にもズボンが落ちそうだが、幸い誰もいないだろうし。
いいか。
午後の1時を回った働き場は、いつもより少し静かだった。
ほとんどの同僚が外食や休憩に出払い、狭苦しい場所ではあるが一時の安寧、決してないな。
ここには相変わらずに変な風しか送ってこない空調ことエアコンの低い唸りだ。
遠くで誰かが、いや、この音はおそらくは葉がゲームしているはず、そんなキーボードを叩く音だけが残っている。
なんだってタイピングというよりは何かのゲームしている操作音だ。
暇しているのはいいなと羨ましく思うと同時になぜできるんだろうかとも思った。
なんだってこの頃素晴らしくとも、窓からは明るい陽光が差し込み、ビジネス街の高層ビル群が青空を背景に整然と並んでいた此処は、カスだ
さっき言った綺麗事とかそんなこと夢のまた夢である。
死にたくなるほどの書類の山とモニターの光に囲まれた無機質な空間で、別に高層ビルの綺麗な色しているオフィスもなく、休息なんて珍しく。
珍しんだよクソが!訴え、いやいつかここぶっつ.....
ここら辺はやっとかというほどのようやく訪れた一時のくつろぎだった。
今の休憩は久々すぎるから思わず俺の人生はなんだろうかと誰しもが叫びたくなるはずだ。
「いて」
この前ストレッチしようとして捻った場所が痛かった。
嫌いな事とか苦しいことに、泣けないのが、今の俺だ。それを大人という人もいるけど正直はよくわからない。
でも腰の痛みには流石に声が出る、だっていまだに天候の変化で少し疼くし、なんだろう、仕事の時のやつだし保険は....おり
いや、どうでもよかった。
まぁ今じゃなくても病院にいく暇もないし、いつかボロボロに死ぬだろう。
それよりも空腹感がすこぶる宇宙級に苦しい。
朝からの長引いた会議のせいで、腹の虫が激しく鳴っているんだ。
この疲れを癒すには、荒療治が必要だ。
医療箱、救急キット
熱気、スチーム。俺の救急隊が狼煙を上げてきた。
デスクの引き出しから、デリバリーで届いたばかりのピザの箱を引き寄せた。
すなわち有名チェーン店必座来のピザだ。
蓋を持ち上げた瞬間、閉じ込められていた熱気とともに、暴力的なまでの香ばしさが臭かった空気を一変させた。
いや相変わらずに臭いけど。グルメ漫画やアニメじゃないし、そもそも消臭剤でもないし。
つかなんでここ窓開けないくせに消臭剤ないんだろう。
この前なんか葉が腐った魚の缶食べてたし。
「あっつ」
熱いが嬉しい。そうこなくちゃ、少し手が焼けたことすら忘れられる。
直径三十センチほどの丸いピザ。
完璧な黄金色に焼き上げられた生地の縁は、薪窯の熱を思わせる黒い斑点を浮かべ、ぷっくりと膨らんでいる。
(いやーカリッと膨らんで香ばしい焦げ目、これが好き〜)
「うお」
思わずに声を漏らすほどの美味か、なんてお馬鹿さんなことを聞く人がいれば彼にこれを見せたい。
なんだって素晴らしい生地の上に上に上にだ、さらにその上で、たっぷりのルハンズ(水牛)チーズが自らの熱でふつふつと泡立ち、艶やかな乳白色の層を作っていた。
例えるなら音がトローりと言ったわけか。
いや変な言い方だ。なんだか悪いことを少ししたようだ、こんな美味しいものを...もうやめよ。
当然、熱で、熱いからとろりと糸を引きながら隣の一切れに優しく絡みついていた。チーズが
そんな白い素晴らしいチーズを引き立てるように鮮やかなトマトソースの赤を背景に、ジューシーな真っ赤なソーセージの輪切りと、脂の浮いたベーコンが贅沢に散らばっている。
綺麗だった。
最後の締まりにオリーブオイルの微かな光沢と、熱でしんなりとしたバジルの深い緑が、ジャンクな見た目を上品に引き締めていた。
まさに彩り緑
「……これこれ、てなんで俺は、いつも頭の中でこんな変なこと考えるんだろう。」
ただのジャンクフードだ。
別に名画でもなんでもないし、高級食材だってないんだよ。
綺麗に耐えたチーズだって別にその層がなんか雲の上とか思わせるようなことにもならない。
けどそれでいい。考えはうまさを作る。
「けど、食うとなれば考える必要ない。」
すでに八等分にカットされた一切れを指先でつまみ上げる。
持ち上げた瞬間、ねちょる。
やっぱ熱いわ、デスクワークしかしたことないから、指とか柔らかいんだよね。
「ふーはふ」
熱さをこらえながら、大きな口を開けて先端から噛みつく。
━━うまい。
まず驚いたのは生地の質感だった。
歯を立てた瞬間はカリッと香ばしく、次の瞬間にはもっちりとした強い弾力が押し返してくる。
なんなら噛むほどに小麦本来の自然な甘みとほのかな塩気がじわりと染み出してるし、これ単体でも十分に主役を張れるレベルだな
そこに、とろけるチーズの濃厚な乳のコクと、トマトソースのフレッシュな酸味が容赦なく覆いかぶさる。
しかし口溶け?サッパリ感?そこはいいが、飢えた胃袋を、さらに蠢かせるだけだ。
だからそれを落ち着かせるものが欲しい。
肉がいるんだ。
ガチ
歯が触れてはソーセージの塊を噛み潰すと、閉じ込められていた肉汁がジュワッと口内に弾け、ハーブの香りが鼻に抜けた。
「うーんお前だ。肉欲よー!」
燻製の深みかこの刺激。
香辛料かこのうまさ。
「うまい」
一言で足りる
口の中で渾然一体となり、噛むも手先も何もが止められなくなる。
ごく
飲み込んだ後も、舌の上にはトマトの瑞々しい余韻と、チーズの心地よい脂の香りが残り、胃袋がまだ満たないうちにはすぐに次のひと口を急かしてくる。
ガツ
ガツ
ガツ
食べ進める。食べていく。食べる
飽きはしない
酸味がある
飽きはしない
塩気がある
飽きはしない
油がある
「飽きないんだけど....」
熱々だったピザが室温に馴染んでいるせいかもしくは、俺の腹が膨れ始めたせいか、さすがに少し落ち着きを取り戻し始めていた。
しかし、これも機会だ。
味わいを深めさせる。
感受させるための時間なんだ。
チーズの塩気がよりはっきりと感じられ、少し冷めて締まった生地は、噛み応えを増して顎を喜ばせるんだ!
嗚呼なんて素晴らしい日常の喧騒が、まるで防音ガラスの向こうの遠い世界の出来事のように思えて来るさ。
このデスクの上だけが、この濃厚なチーズの香りだけが、このピザだけが僕の全てさ
私は君に守られた、ありがとう。
友よ、ありがとう。
ピッツァレイラーよ、ありがとう。
これで俺はまだ戦える
バジル、チーズ、生地、君たちこそが、真の英雄、いいえ、シェルターだった。
仕事のプレッシャーよ、残業の疲れよ、君たちを噛み締めている間だけは綺麗に消え去っていくのさ。
「いや無理だわ、飽きがくる。しょっぱいし、ホールっていうんか?全部いけん。」
半分をギリギリ平らげたところで、マグカップのブラックコーヒーをひと口。
胃がキリキリしているところにコーヒーは大丈夫かとヒヤヒヤもした。
だってコーヒーは胃を刺激するってのも聞くし。
けど口の中に残っていた脂っぽさがコーヒーの苦味で一瞬ですっきりと洗い流されていくとそんな懸念も消えた。
こんな性格じゃいつか後悔するだろう。
けどそれまでに俺は腹を先にすかしている。
リセットされた舌に、4切れ目のピザが再び新鮮な感動を連れてくる。
しかし4切れか、死は嫌いだ。
ならば漢数字の四はどうだろうか?いや別に形で変わらないか。
いいや。
「あむ」
最後の楽しみとして残しておいた、この縁のカリカリとしたクリスピーな部分をガリリと噛み砕く。
煩悩を砕くみたいに
香ばしさが口いっぱいに広がり、最高のフィナーレを迎えた。
胃の底からじんわりと温かい満腹感が広がっていく。
すなわちアマちゃった
チーズのクリーミーさも、肉のジューシーさも、全部いい。
でもここからはもう別の意味でいいわ
“どっ”とコップを置く音を鳴らし、なんとかして飲み干すコーヒー。
指先に微かに残る香ばしい匂いがお腹の心地よい重みとギリギリ言えなくもないのといい感じだ。
だからもう食わない。
晩飯にするとしよう。
指先....?
そう言えばなぜ指先なんだ、口のなかの方が残るんじゃ
(いや味が....味がしないぞこれ...?これ)
「味がこれ、こ」
こっここ
「!?」
ドサ
「鶏のコケって...声...いやピザ、夢か....」
「いや違う!!ミッションだぁ!!!ああああああ!」
思い出した。
「そうだ、俺は」と言ってそう鄭傑は思い出していった
鬼の住む街と言う、彼の記憶の中にある、映画を受ける。そこへと旅立つ
その洗礼が来る。
「ぎゃああああ!もうやだああああ!!」
「Huh? What’s up, dude?(なんだあんた?)」
(なっ)
小っ恥ずかしい目にあったが、どうも現代都市の場所にいた。
しかし思い出すと現代としては鶏の声など聞こえるはずもないが、今のところ何もお思い浮かばないのが現実なところである。
「いやなんでも...」
ソワソワとしたままに鄭は金髪碧眼の存在から離れた。
それが鬼の住む街の主要キャラクターとも思い出せずに。
だがいつか再開する。
その街は不可抗力にある。
ゾンビものだから、いつかは出会う事になる
地下鉄だろうと、実験基地の場所ろうと。
(そう言えば、電車の中で後ろに押される力があるけど、今の俺の能力を使ったら、擬似的に飛べるんじゃ。)
「Ouch!何をしてくれてんだ!」
「あ?!」
凄まじい顔をする鄭傑、そう彼は別に以前の姿に戻れたわけでもなく、相変わらずに虎なのか人なのかあるいは怪物かと、どうとも取れないすごい姿であった。
当然肩をぶつけられたギャング姿の男もそれを見て思わずに顔を顰めた。
「な、なんだ。」その声は少し震え気味で怖かったのだろうか。
(ほう、相変わらずに力があるのか...そもそも記憶をベースにしているという情報が頭にあるか、もしかして夢に同じか、じゃあ....)
「なんとか言えや」
鄭よりも先に男がまた口を開く。鄭傑がなかなかに喋らないせいだろうか、はたまたは自分の恐れを隠すためか。
「いや、悪かった。それで」
(夢でもそうだな、決まったわけでもないし俺はまだこいつを殺してやれるほど残酷ではない。)
鄭は迷っていた、人を殺して自分の傀儡にできるかどうかについて、だから相手の男で試そうとも迷った。
「は?それで謝ってんのか!」
バン!
銃撃。
拳銃だ
「てめぇ...てめぇ!」
虎の肉で自分を作り直したせいか、その顔は今やただの人に見えない。
もちろん鄭には見えない、しかし彼に首を掴まれて持ち上げられた男の顔でも見ていればそれは読める。
読めるとも。
鄭は「その表情はなんだ」と言っては舌を伸ばして顔を舐めた。
「な、なんなんだ」
「なぜ怯えない、怖いか、映画の中の威嚇シーンによくは似ているだろう。」
「お前はな、なんだ」
「俺は、お前たちを超えた存在、何もかもより上の仙人だ。」
ザク
肉を刺した、棘のような音。
猫の舌に尖りがあるように虎にもある。
ならばそれに近い怪物のものから血肉を得た鄭にもそれはもちろんあった。
「ぎゃああ!」
ゆっくりと舌を引っ込め、血の混じった唾液を飲み込んだ。
「くせぇな、あんた、悪人は臭いと映画で聞いたんだ」
何かをお思い出したか鄭は神妙そうにいうも、バン!バン!バンという音が、そんな銃撃の音しか来ない。
「Diegh fakkarou bastardaaarrrkkk ghaaa!!!(くそやろう死ねがああああ!!)」
「おいおいおい、やっぱり悪人じゃないか、あんた、人の話も聞かないなんて。いや、この際だお前」
弾丸は鄭の体の表面に止まるだけで彼を押し除けることもできない。
ならば次はなんだろうか。
「た。頼む許してなんでもする、そうだ、お前のクソでもなんでもくう。」
ついに命乞いが彼にきた。
「なんだそれガキの喧嘩の際のあれかよ、じゃあ一つ聞く、俺が言った映画の中で悪人はどうされる?」
「し、しらねぇよ」
「正解、半分は、何人かの悪人役はそう言っていた。」
「あああ!」
ガリ
「まずいな」
「ぎゃああ!人殺しよ!!!」
「た、食べたのか!?」
「警察を!817を!」
人混みの大荒れ、果たしてそれは何を起こすか。




