混沌の作り方
ファストフード大好きです。
俺はどこにでもあるハンバーガーチェーン店のカウンター席に座っていた。
代表戦も終わり、少しサッカーにひと段落が着いた俺は、あの夜貰った紙の電話番号に掛けた。その男はすぐに出て、落ち合うことになった。それがここだ。
カウンターで久しぶりに食べるジャンクフードに舌鼓を打っていると、その男は急に隣に座ってきた。最初は本当に仕事終わりの一般客だと思った。
「よう、ハンバーガーって美味いよな」
隣を見た。明るいところで、こいつを見るのは初めてだった。
あの夜、路地裏で見た三白眼は、薄いフレームの眼鏡で上手く隠せていた。
「ハンバーガーはさ、素材一つ一つがよく考えられてて、それが美味しい。だけど、美味さの要因って、それじゃないんだよ。分かるか?」
「たまに食うから?」
「それもあるかもしれないな。だけど、この話の本質はそこじゃない」
男は自分のハンバーガーを一口食べ、俺にその断面を見せてくる。あまり直視するほど、綺麗なものじゃない。ソースや崩れたバンズ、それらが断面の大部分を隠し、中身が上手く見えなかった。
「分かったか?」
「分からねぇよ」
「そうか、正解は——混沌だよ、カオス、意味分かる?」
「単語の意味くらいは」
「今はそれでいい」
そのまま男はハンバーガーをペロリと平らげ、セットで付いてきたジュースで、口の中のハンバーガーを流し込んだ。
長袖のワイシャツを着たフォーマルな格好をした彼は、正直この場に似つかわしくなかった。そして、明るい場所で見ると、短く切り揃えられた髪に皺のない顔、俺の目には、若く映った。30にはまだなっていないくらいか。スーツを着こなしているためか、細いシルエットに見えるが、確かに鍛え上げられた体がそこにあることが分かる。
男はポテトをつまみながら、話し掛けてくる。
「なぁ、代表さん。サッカーはもういいのか? メディアには散々、叩かれていたようだが?」
この男はどうやら俺が何者か、ということまで、ある程度は分かっているらしい。下手に隠す必要がないのは救いだ。特に偽りなく語って問題ないだろう。
「そのようだな。サッカーはしばらくいい。それよりも、この前の話の続きだ」
「なんだ、もう表舞台に立とうって?」
男はポテトを向け、挑発するような声のトーンで話す。
そんな安い挑発など意に介さず、正面に向かって話し続ける。
「……お前の指す表舞台の意味を聞くためにも、今日ここまで足を運んだ。話す気がないなら、消えるが?」
「焦るなよ、クソガキ。そういう所がまだまだ大人になりきれないところだぞ?」
こいつの話す一つ一つの言葉に、俺を見下した発言がある。ただ、これまで色んなメディアに好き放題に散々言われてきた。もう怒りの感情も湧いてこない。
「……夏休み直前に、あの学校で何があると思う?」
あの学校……この男が言うあの学校とは、俺が通う学校じゃない。宮崎鶫が通う私立枝葉学園のことを指している。確か、あの学校の夏前と言えば……。
「……神樹祭か?」
「ビンゴだ」
私立枝葉学園神樹祭。この辺りの地域では、かなり有名だ。特に吹奏楽部の演奏は非常にレベルが高く、地元テレビ局も取材に来たことがあるくらいだ。
「それで、神樹祭がどうかしたのか?」
「あの行事で、沢山の人が死ぬ」
「はぁ!?」
男の顔を見る。掛けられた眼鏡がずり落ち、三白眼を少し覗かせていた。
「どういう意味だ。説明しろ。なぜお前が、それを知っている」
「焦るな。そして声を荒げずに抑えろ、出口。ここから先は耳澄ましてよく聞け」
俺の体が震える。この店の冷房が少しばかり強いのかもしれない。日の丸を背負った代表戦ですら、俺の体が震えたことはなかった。この震えはきっと恐怖じゃない。何かがこれから起こる。そんな予感からくる武者震いだ。
「あの学校で神樹祭当日、大規模テロが起こる」
ある程度、心構えをしていたつもりだったが、それでも少なくない衝撃が脳に来る。
「誰がどんな意図でやるんだ?」
「首謀者、実行者ともに中学生。彼らは今後の枝葉学園を機能させなくするつもりだ」
俺と同じ中学生がそれだけのことを行う。不意に奴のことが脳裏によぎる。誰もあいつがやると言ったわけではない。それでも、俺の脳がその可能性を捨てきれない。
「……どうして、今俺に伝えた?」
「どうして? どうしてってか、それはな……」
男の三白眼が俺を覗き込む。目の圧で殺されそうになると感じたのは初めてのことだった。無邪気な三白眼が、俺の黒目を掴んで離さない。
「——カオスを創りだすためだ。これから先、どう動くかはお前次第だぞ、出口」
笑みを浮かべ、そう言い残した男は早々に店を出て行った。
俺がこれから取るべき行動は——。
明日、明日で全ての決着が着く。
俺は事前に作成した計画書に今一度、目を落とす。
スズメさんや組織にも全面的にバックアップをもらい、ここまで辿り着けた。
明日は多くの罪のない人々が死ぬ。
あっという間に、自分の命の灯が絶える。その瞬間を感じる前に。
それに、何人かは意図せず、多くの人を手に掛ける。
明日、俺は自分の手を汚すことなく、この世界に地獄を顕現させる。
思えば、あの日の夜もこんな月明かりの眩しい夜だった。
「何一人で思い耽ってるの?」
「別に」
「そう、神様でも黄昏ちゃうことあるのね」
「そんなところだ」
神の黄昏か。北欧神話における、世界の終焉。ラグナロクと呼ばれるそれは、日本語訳では正確には神々の黄昏。凰花の言うことは、あながち間違いじゃない。俺は明日の神樹祭で、沢山の人の世界を終わらせる。それも、そのほとんどが気まぐれと運だ。
俺は月明かりに照らされたホテルの一室で凰花を抱き寄せた。
「君は死なせない。明日も、これからも」
凰花は俯いて、何も話さない。
夜風に揺られる髪からは、相変わらず睡蓮の香りがする。
華奢な彼女の腰を再度、強く引き寄せ、言葉を続ける。
「凰花、俺は、君が望む俺でいられてるか?」
「……うん」
俺より少しだけ低い位置で顔が上がる。
相変わらず作られたように綺麗だ。大きい黒目に、長いまつ毛、毛穴すら見えない白い肌に、華奢な体。良い意味で、とても同じ人間とは思えない。
「鶫くんからこうしてくれたのは、初めてだね」
「そうだな、俺はいつもお前に振り回されてばかりだ」
「嫌だった? 後悔してるかな?」
不安そうに大きな黒目を揺らし、聞いてくる。
「嫌じゃないさ。それに、これは俺自身が決めたことだ」
「そういうとこ、良いね」
二人で、あの日の夜のような月を見上げる。
「終わったらさ、何がしたい?」
「……凰花が望むことならば、俺はそれがしたい」
「だーめ、これも鶫くん自身が決めなくちゃいけないことだよ。真面目に考えて?」
俺は凰花から香る睡蓮の香りで、くらくらする頭で必死に考える。今にして思えば、俺が真に何かを求めて、やりたいと願ったことはなかったかもしれない。
心地良い夜風と俺たちを照らす優しい月明かり、揺れる凰花の髪。
「……俺が望むことは一つだけ……」
「聞かせて?」
凰花が髪を耳に掛け、俺の答えを待つ。
俺は凰花の腰を回して、正面に立たせて抱き寄せ、肩に頭を乗せた。
「……組織だったり、学校だったりは関係ない。そんな君と、凰花と一つになりたい」
「……いいよ、それを君が望むなら」
前髪を上げられ、おでこにキスをされる。
一瞬、心臓が跳ねるが、すぐに収まった。いつか、どこかでこんなことがあった気がする。戻れないこの一瞬のために、俺は明日駆ける。
もう一度、この場所で凰花と月を見るために。
ここから話が一気に加速します。




