神樹祭に向かって
物怖じしない人って素敵。
「はい。俺がやります」
「お、鶫か。珍しいな、中学最後の神樹祭だ。張り切って頑張ってくれ、みんな拍手!」
担任の声で教室の中が拍手の音で溢れる。凰花も平然とした顔で、俺に向かって手を叩く。
「さっきも話したが、神樹祭の実行委員は各クラス男女一人ずつだ。男子は鶫のおかげですんなりと決まったが、女子はどうだろう。やってくれる人いるか?」
俺を含めた男子は、女子のことなのでほぼ全てが我関せずだ。頬杖をついて明らかに暇そうにしている奴が多い。中には、机に突っ伏して寝ているような奴もいる。
「……鶫氏、いかにしてやろうと思い立ったンゴ? 普段の鶫氏らしくもない。ワイには意図が読めなかったンゴ?」
二つの意味で、試験が終わり、気持ちに余裕が生まれた望月が俺に小声で話しかけてくる。
某ネット掲示板のような話し方をする彼だが、決して悪い奴ではない。
「まぁ、そんなこともあるさ。目つけられたくないから、また今度な」
今は学活の時間だ。望月に、担任が前で話してることを伝えると、素直に「オケ丸」と小声で呟き、後ろの俺に親指を立てた。
担任と視線が合い、私語は恐らく気づかれたが、すぐに辞めたため取り立てて注意を受けることはない。
「女子、どうだ。やってくれる人挙手!」
すぐに2本の手が挙がる。凰花と水瀬だ。
「お、女子も良いな。やる気があって、先生すごく嬉しいんだけど、残念ながらクラスで女子は一人までなんだ。どっちかしかできない」
右隣の凰花の視線を強く感じる。手は挙げたままで、真横の俺に顔を向けてくる。気づかないフリをして、俺も凰花と同じ方向に顔を逸らした。
困った顔の担任は頭を掻き、腰に手を当てて口を開く。
「なぁ、凰花。ここは一つ先生からお願いなんだが、凰花は吹奏楽部だろう? 運動部だった水瀬と違って、これから最後のコンクールもあるだろうし、神樹祭用に新しい曲の練習だって必要なはずだ。ここは引退した水瀬に任せて、降りてもらえないか?」
ノータイムで凰花が応える。
「先生、部活の心配をしてくださり、ありがとうございます。それでも私は中学最後の神樹祭を実行委委員として、このクラスでより良いものにしたいと考えています。お任せしてはいただけないでしょうか?」
凰花が首を縦に振らなかったことは予想していなかったのだろう。担任は腕を組んで、さらに困った表情を見せる。この雰囲気を作ってしまった担任も居た堪れないし、いつかのために少し恩を売っておこう。それに、いつも凰花には振り回されてばかりだ。いつかの仕返しだ。たまには痛い目でも見せてやるか。
俺は再度挙手をする。
「どうした、鶫?」
「先生、俺も賛成です。吹奏楽部をはじめとする文化部の活躍の場である神樹祭。実行委員は言わば、裏方です。三年生にもなると必然的に他学年よりも、重要な役割を任せられることが多い。やっぱり、そうなると吹奏楽部で欠かせない凰花よりも少し余裕がある水瀬を今回は立てた方が良い。それに、俺も凰花と組んだとして、ちょくちょく抜けられて、一人になると不安で……」
クラス中から視線が集まるが、俺は担任から目を背けない。最後は俺自身が弱みを見せることで、今回の実行委員選考では俺の委員としての弱さが要因で、凰花ではなく、水瀬が選出されたと周りに思わせる意図があった。
凰花はどう出る?
顔は動かさずに、目だけを動かして、凰花を見る。
「はぁ、そこまで先生と鶫くんに心配を掛けてもらったら、しょうがないですよね。今年は水瀬さんに実行委員で動いてもらって、私は部活の方で頑張ろうと思います」
「そうかそうか、それじゃ決まりだ。うちのクラスの神樹祭実行委員は鶫と水瀬の二人でいく。はい、みんなもう一回拍手」
クラスメイトが拍手をする中、水瀬が笑顔でこちらに手を振ってくる。俺も片手を挙げて対応するが、その反面、凰花は膨れっ面だ。あの場面で、俺に噛み付かれると思っていなかったのだろう。
「よし。実は、神樹祭まであまり日にちがない。今日の放課後から視聴覚室で、もう第一回の実行委員会があるから二人は向かうように」
俺と水瀬は無言で頷き、授業が終わる。
その日の放課後、実行委員会も終えた後に、俺は中間考査の勉強会をしたこの前のホテルの部屋に来ていた。
「もう、鶫くん! 今日のことはまだ許してないからね!」
「悪かったって」
「本当に鶫はそう思ってるんだよな? 好きな子には意地悪したくなっちゃうタイプだもんな?」
「ああ、ムクの言うとおりだ。ついつい凰花にはそういうことしたくなっちゃうんだよな。可愛すぎるお前に罪がある」
「もう……」
相変わらず、凰花は膨れっ面だ。どうやらこれだけ軽口を叩いても、まだ怒っているらしい。隣に立つスズメさんに今日の俺の行いがいかに酷かったか、愚痴を溢している。それを聴かされているスズメさんも「まぁまぁ」と宥めている。確かに、事前に打ち合わせた内容とは異なる結果になったが、これはこれで神樹祭当日の動きの幅が広がるから、悪いことではない。
「大丈夫だよ、凰花。俺が実行委員になったことで、内部の情報はあらかた入手できたし、動ける。それに凰花は凰花で、吹奏楽部として動いてもらう場面が出てくるから」
「鶫、俺は?」
「ムクは、今回は気楽に構えてくれればいいよ。マストでやってもらいたいことはいくつもあるけど、お前なら何も難しいことはない。強いて言うならば、少しずつ消えるフラグを随所で立てておいてくれ」
ムクが南椋哉として存在するリミットは夏まで。神樹祭の期間を上手く使って、周りにどことなく、消える伏線を張ってもらうに越したことはない。もちろん、突然の失踪で衝撃を受けない人はいないだろうが、少しでも穏便に事を運ぶために、今のうちから打てる手は打っておきたい。
「今日の資料だ」
俺は、今日の実行委員会で配布された当日のタイムスケジュールが書かれたプリントを三人に渡す。三人は表情を変えることなく、すぐに目を通した。
「例年通りって感じだね」
「そうだな、ムクの言うとおり。今年も特段、大きく変わったことはしないらしい」
「それで、動くタイミングって、やっぱり……」
「——そうだ、最後の吹奏楽部のステージ発表」
俺たちが通う枝葉学園は、運動部は大して強くない。だが、それとは別で、唯一と言っていいほど、相当力を入れている部活動がある。
それが吹奏楽部だ。近年は全国大会出場が常になりつつあり、その活躍は目覚ましい。地域の熱心なバックアップもそうだが、とにかく学校全体を上げて、吹奏楽部の活動に力を入れている。事あるごとに、何でも吹奏楽ファーストな校風もある。そんな吹奏楽部は、神樹祭当日は、午前と午後で2回演奏を行う。特に午後のフィナーレ企画での演奏は、最近の流行りの曲や工夫を凝らした演出で大いに盛り上がる。そんな強豪吹奏楽部の演奏を少しでも聴こうと地域の人たちや近隣の学校の生徒も少なからず来場する。
決して、広くない体育館に定員オーバーの人数が集まることになるわけだ。
ここを狙わない手はない。
「フィナーレの演奏終了を狙う。演奏中は出入りを実行委員の方で、制限を掛ける」
「異議なしだよ。ここから先の道具の手配はスズメ、やってくれるよね?」
凰花がスズメさんに顔を向ける。
「少々日にちをいただきますが、確実に手配させていただきます」
スズメさんからその言葉を聞けて安心した。
凰花が冷たい目で俺を見てくる。怒りでもない、憂いを含んだ。氷のように冷たい目で。
「どうした?」
「……いや、この計画を遂行するとなったとき、巻き込まれる人たちの中にいるわよ」
「いるな」
「——鶫くん、ひたきちゃんはあなたの守りたい命に含まれてないの?」
「……凰花、今回のことを踏まえて俺は、神という存在に一つの結論を得た」
「え?」
困惑する凰花、嬉しそうに笑うムク、表情を変えず直立するスズメさん。
神樹祭当日の一定時間、俺は神になる。
中学生が神様に?




