第九百八十七話
「むにゅ~……」
散々遊んで食べてはしゃいでを繰り返した椿。
楽しければ楽しいほど没頭し、そして夢中になる。時間というものはすぐに過ぎて行くものだ。
広い遊園地。中には一回のプレイで時間がかかるアトラクションも数多く存在するため、あっという間に夜になる。
「むー……お風呂も気持ちよかったですね」
ピンク色の寝間着を着た椿が、ホテルの中を歩き回っていた。
椿が疲れるということはない。
ただ、精神的に『今はまったりしたい』と考えれば、椿の行動力は少し低下する。
とはいえ、寝る時間にならなければ、こうしてテクテク歩くのだ。
「皆さん。どこにいるんですかね?」
キョロキョロする椿。
ホテルの中という空間は言い換えれば『一つの建物の中』である。
そうなると、椿はホテルの中であればあまり境目というものを感じないため、どこにでもホイホイ入っていくのだ。立入禁止は守るけど。
そんな感じでいろいろなところに向かって歩き続ける椿。
だが、『大勢が集まっている場所』というものがあまり見つからない。
普段なら『適当に歩いたら着いたです!』みたいなノリで飛び込んでいくのだが、流石にお風呂上がりではそうでもないようだ。
「むー……」
椿の頭の中では、いろいろなものがぐーるぐーると回っていた。
とても楽しい楽しい一日だ。いろいろなことが頭の中に思い浮かぶ。
「むー……」
だから今、椿はモヤモヤしていた。
「……む!」
そして結果的に椿はたどり着いたのは、風香の部屋だった。
さすがの椿といえど、今回の旅行で秀星たちと一緒の部屋で寝ることはなく、個室である。
すでに全校生徒のための個室が用意されているということで、椿もそれに従った形だ。
そのため、椿は自分の部屋から風香の部屋にやってきたのである。
ノックをする椿。
「おかあさん!私ですよ!」
廊下から風香を呼ぶ。
すぐにドアが開いて、中から風香が出てきた。
「いらっしゃい。椿ちゃん」
「はい!遊びに来ました」
「うん。じゃあ、中に入ってね。あと、ホテルの中で大声出しちゃダメだよ」
「あ、そうでした」
まあ、多分、椿なら許される!(それもそれで問題)
風香の部屋に入った椿。
当然個室なのでベッドは一つである。
そこに並んで座った。
「何して遊ぼうかな」
「むふふ。とりあえずトランプを持ってきましたよ!」
この遊園地で買ったやつである。
「そっか。負けないよ」
だって、椿はポーカーフェイスなんてできないからね。
ついでに言えば……壁に鏡がかけられているのだが、その鏡が椿の後ろにあって、完全に手札が見えるからね!
……で、そこから様々なゲームをやったが、ついに椿が勝つことはなかった。
「全然勝てないです!」
「ブフッ!」
我慢できなくなって吹き出す風香。
「お母さんってカードゲーム強いんですね!」
というより椿が弱すぎなだけである。
あと、部屋のレイアウトは全く同じはずなのに、なんで自分の後ろに鏡があるような位置に座るのだろうか。カードゲームをやっているとは思えない。
「まあ、私は椿ちゃんのお母さんだからね」
九割くらいは椿の自滅だが。
「むう、トランプはもういいですね」
トランプをケースにしまう椿。
「んー……お母さんはこの遊園地。楽しいですか?」
「この遊園地?うん。とても楽しいよ。魔法があるから色々無茶な構造ができるからね。それだけでも十分新鮮だし」
「そうですね」
「椿ちゃんは?」
「みんな優しいですし、楽しかったですよ」
「そっか」
風香は技術的、椿は対人的な視点である。
遊園地を楽しむという点でも異なる価値観であり、物を見るか、人を見るかというところなのだろう。
「むー……」
「どうしたの?椿ちゃん」
「なんだか。もやもやするんですよね」
「もやもや?」
「そう。もやもやです」
「そ、そっか……明日と明後日で、ちゃんとわかるといいね」
「そうですね。今は精一杯楽しみます!」
笑顔になる椿。
ただ、それでも解決はしていない。
すごく自分らしくないことをして、そしてそれを、ずっと放置しているかのような、そんな感じがしている。というのが今の椿。
たしかにそれを誰かに説明する力を持っていない。
だからこそ、モヤモヤという表現を使う。
こればかりは……メイドさんにでも任せるとしようか。




