第九百八十話
「あれれのれ?なんで私の体操服がなくなっているんですか?」
ロッカーを見ると、椿が着ていた体操服が入っていたはずのカバンがなくなっている。
……そう、鞄ごとなくなっているのだ。
一部の生徒は『誰が一番最初に椿の使用済み体操服の匂いを嗅ぐか決めよう決戦』という、友人であったとしても付き合い方を考え直したくなるような状況を知っているのだが、肝心の椿にそれが知らされていない。
「むう……また買えばいいですね!」
勝手に自分で納得する椿。
自分のものであるという自覚が足りない気がしなくもないが、一応、事実の一つでもある。
体操服は魔戦士として活動する上でも耐えられるようにということで頑丈に作られているもので、普通の体操服を比べるとかなり高額だが、そもそも魔戦士はまだ需要に対して供給が足りていない概念を取り扱っているため結構稼いでいるし、椿は学生レベルで言えばかなりの実力者なので、その分稼ぎも大きいのだ。
頑丈に作られていると言っても、時々ダメになることもある。
そのため、体操服に関しては新しいものを購入することを常に視野に置いておいたほうが良いのは事実である。
だが、普通は探さないだろうか。まあ、子供が金を持つというのはいろいろな意味でこういうものなのかもしれないが。
「とりあえずセフィアさんに言っておいたほうが良いですかね?」
何かを注文するとなったときに相談する相手はセフィアのようだ。
「セフィアさーん!」
「はい」
大声で呼ぶと来るセフィア。
しかも最高端末である。
……暇なのかな。
「鞄と体操服がなくなっているんですけど、新しいものを買ったほうが良いですか?」
「私のほうで用意しておきましょう」
「お願いします!私はこれからダンジョンに行きますからね!むふふ~ん♪」
なんだかうれしそうな様子の椿。
いや、いつも嬉しそうにしているな。よくよく考えれば。
「では椿様。それまで使っていた体操服が見つかった場合はどうしますか?」
「む?……別に要らないですね。新品でも中古でも性能に差がないですから」
「かしこまりました」
きれいな姿勢で礼をするセフィア。
とりあえず回収した後は管理しておくつもりなのだろうか。
(私の枕カバーにしておきましょうか)
これが朝森家のメイドの筆頭である。
★
「すうううはあああすうううはあああ……ああ、極楽!」
風香が薬でも極めたかのような様子で椿の体操服が入っているカバンの中に自分の顔を突っ込んでいた。
……学校の屋上で何をやっているんだろう。
(……未来の風香に何か言っておいたほうがいいかもしれないな。なんか依存症に発展しそうだ)
傍から見ている秀星としてもかなり心配だ。
とはいえ、秀星としては未来の風香の考えもわかるのだ。
秀星が頭の中で考えている法則を考慮すれば、これから椿が未来に帰ったあと、今の時間に来るのはかなりのコストが必要になる。
未来の秀星はおそらく、神器の力を十分に発揮することはできないと推測しているため、そのコストを用意するのは容易ではないはずだ。
そのため、未来の風香は現代にいるいろいろな人間の理性を、椿を軸にして緩めることで、椿成分をばらまきつつ、欲求不満にならないようにしているのだ。
……少し、羽目を外しすぎている気がしなくもないが。
(未来の風香もある意味で必至だな。というか……椿が持つ魅了というか……マジでどうなってるんだろうな)
答えのないことをいちいち考えても仕方がない。
が、こればかりは考えておかないと後で大変なことになりそうだ。
だって……すごく大変なことになってるからな!現在進行形で!
「風香。ちょっと遠慮がなさすぎるぞ」
「私の娘だから問題はないんだよ秀星君!」
グッドサインを作って秀星に突きつける風香。
(……これは、ああ言えばこう言うっていうパターンに入るやつだな)
なんとなくわかった秀星。
そしてもう一つ事実を言えば、ああ言えばこう言う二人が遭遇した場合、黙ったほうが負けである。
「……はぁ、椿がこの時間にいられる期間も、すでに三日後に迫ってるからな。そうなるのも無理はないんだが……椿が帰った後つらいぞ」
「大丈夫。セフィアさんがこの体操服を回収しに来るだろうけど、絶対に守り抜くからね」
「……え、それ、椿に返さないのか?」
「なくなったら新しいものを買えばいいんだよってちょっと前に吹き込んでおいたからね」
唖然とする秀星。
まあ、愉楽のために全力で布石を打つのが楽しいことは認めるのだが、それはそれでいいのだろうか。
……風香の中ではいいんだろうね。
「……しかし、どうするかな……最後にどこか、楽しいところに椿を連れてってやるか」
「そうだね。私はこの体操服があれば満足だけど、椿ちゃん自身が欲求不満だったら嫌だろうし」
別に風香は、ずっとこの時間に椿がいてほしいと願うことはない。
それがかなわないことだとわかっているし、別に、これから会えないわけではないのだ。なんなら自分のおなかから生まれてくるのだ。字面がエグイ!
とまぁそんな感じで、椿には最後にちゃんと楽しんでほしいのだ。
「どこがいいんだろうな……」
「多分、聞いてみたらわかるよ」
「そうだな。で、まじめな話をしてるんだから、鞄から顔を出しなさい」
「それは無理」
これが未来の朝森家の夫婦である。
……何がどうなっても知らんからな。マジで。




