第九百七十七話
「zzz……」
椿はたくさん動くと寝る子である。
……まあ、そのたくさんは常人よりもかなり高い数値なのだが、椿の本能が可愛がられることをすることを優先するのか、結構そのあたりの加減も適当である。
当然それを見ているのも可愛いので目の保養になる。
現在、セフィコットがビデオカメラを回しているし、周りの生徒も結構静かにしている。
ただ、何も複雑なところがない裏ではとあることが行われていた。
「宗一郎君。頼むよ。死守してくれないとゲームにならないからね」
「……重要な依頼だと言われてきてみたら、『誰が一番最初に椿の使用済み体操服の匂いを嗅ぐか決めよう決戦』なんて、おバカな企画の守護神に選ばれたこっちの身にもなってほしいんだがな……」
黒いアタッシュケースを持って宗一郎はげんなりしていた。
前生徒会長としてやらなければならないことはほぼ済ませてしまったので、今は進学先の『統合院大学』と呼ばれる魔法省管轄の大学の書類を作成していたようだ。
今もその書類を作るためにタブレットを持っているが(ペーパーレスです)、こんなおバカな企画に呼ばれるとは思ってなかっただろう。
しかも、『管理人』とかそういうポジションかと思えばまさかの『守護神』である。
とはいえ、戦術単位で言えば凶悪と言える性能を持つ神器を所有する宗一郎は、風香が相手であっても問題ないくらいだ。暇そうだし(偏見)、任せても問題なさそうである。
「……参加は全員女子だよな。なぜ私が守護神なんだ?」
「女子に任せたら知らない間に嗅いじゃうのは分かってるからね」
確定か。
「……はぁ、好きにしてくれ」
常識とか社会的通念とか論理的整合性とか、いろいろ無視している部分があるような気がしてくる宗一郎だが、こればかりは彼が気にしても仕方がない。
戦闘能力がある強い女子の本気はヤバいので……。
「というわけで、ちょっとバトってくる」
そういって女子生徒は宗一郎がいる屋上から去っていった。
「……はぁ」
とりあえず、そー……っとアタッシュケースに手を伸ばしているセフィコットをしばきつつ、タブレットを開いて書類を作成する宗一郎。
「……大変そうだな」
「ん?ああ、フォルノスか」
現生徒会長であるフォルノスが屋上に来た。
そのまま宗一郎が座るテーブルの反対側の椅子に座る。
「……その様子だと、何か、探し物は見つかったのか?」
宗一郎はフォルノスにそう話す。
「ああ、そうだな。ここは本当にいろんな人間が集まる……が、屋上にはあまり人が来ないな。どういうことだ?」
「雰囲気。といったところだ。利用しているメンバーの圧力のようなものがこの屋上に残っていると誰かが言っていたような気がする」
屋上というと分かりにくいが、たとえ学校の中であったとしても、手入れされた花畑を見渡せる質の高い調度品を揃えた屋根付きの空間があれば、スクールカースト上位、かつ家の格が高いものが利用する雰囲気であるということは分かるだろう。実際に利用されているとなれば尚更だ。
秀星をはじめとする生徒、教員を含めた『実力の上位陣』が利用しすぎていて、『沖野宮高校の屋上はそういう空間だ』という認識が広まっている。
……ちなみに、上位陣といっても基準があやふやなのでたまに人が来ることもまああるのだが。
まあ、最初からスペックでは秀星を上回る神祖であるフォルノスには感じ取れないものだろう。
「そんなものか。とはいえ……椿がもうすぐ未来に帰る時期とのことだが、学校レベルでかなりざわついているな」
「まあ、生まれてくるのだって五年後だからな。今のうちに、と思う部分はあるんだろう」
「それもそうか」
フォルノスは納得したようにうなずく。
似たような経験があるのだろうか。
「宗一郎。君から見て、椿をどう思う?」
「具体性のない問いだな。まああえて言えば……何がどうなるとああなるのかよくわからん……」
そう、本当にわからないのだ。
自分の感性のバランス感覚というものだろうか。それがあまりにも高い。
「確かに」
「成長していないというわけではないのだが……」
「そうかな?神祖としていろんな人間を見てきたが、人間などというものは、多少の倫理観や言語能力を日々進歩させているだけで、本来の性質というものは生まれた時から変わらないものだよ」
よく動く、よく寝る、よく笑う、よく泣く。
いろいろな感情を赤ん坊は発するものだが、おそらく母親からすれば、成長はしていても変わっていない部分はあるのだ。
その変わっていない部分がいつからある物なのかと言われれば、それはおそらく生まれた時だろう。
「……そういう意見もあるか」
「あと、未来のことも過去のこともほとんど考えていない……そうだな。あまりこの言葉をポジティブな意味で使うことはないが、『刹那的』と言えるだろう」
「実力と理想のバランスが取れているからこそ、それでも問題がないわけか」
「あんな風に育つ人間を……私は何人か見たことがある。いずれも、周りにいる人間が強かった」
周りにいる人間の強さ。
もはや、語るまでもないだろう。
「そんな人間が、過去で学んだことをレポートにまとめる。そういわれたとき、どんなことを書くのが正しいんだろうね」
「……」
フォルノスの言い分に対して、宗一郎はタブレットで作成していた手を止めた。
一度スリープモードにしてテーブルに置く。
そして、アタッシュケースに触れようとしていたセフィコットを掴むと、柵の向こうまで放り投げる。
『横暴だあああああああ!』という雰囲気を溢れさせながら消えていった。
「私にその答えは分からん。が、要するに今の椿は、ひどくモヤモヤしているということだな」
「散々スポーツで暴れていたのはそういうことだろう。もともと、じっと机に座ってレポート作成している姿など似合わないし」
「……秀星と風香は気づいていると思うか?」
「いや?……少なくとも未来の風香は、椿がどんなレポートを作ったのかは知っているだろう。それを前提に行動している可能性はある。うちの副会長とセフィアも分かっていると思うが……肝心の秀星と風香は分かっていないだろうね」
「……そんなものか」
「ああ。そんなものだよ」
真面目と素直は違う。
いろいろ包含していることを前提とするが、二人が言いたいのはそういう事である。




