第九百七十二話
椿が考えなければならないことは、この段階ではそう多くはない。
レポートというからには何かしら作法やらマナーやらいろいろあるのだが、提出先は聡子だ。
話し言葉で椿感がにじみ出ていたとしても、結論から言えば問題はないのである。
……ということにさせてほしいというのが本音といったところか。
「……みゅ~。ちょっと休みます~」
ただ、考えることが多くないとはいえ、体裁をほぼ気にしなくてもいいとなれば、あの手この手を使って文字数は稼げるものだ。
しかし、椿はそこまで器用ではないため、『貫通力を上げればいいのです!』というキーワードだけでは限界がある。
椿の頭に負荷がかかってショートしているのは高志とアトムは分かったが、少し休めば自分で答えを出すだろうということは分かっているので、あえてツッコんだりはしない。
時間はないが、絶望するほとではないので。
「魔法省の中にはレストランが付いているから、そこで休憩してくるといい。これが許可証だ」
そういいつつ、アトムは椿に一枚のカードを渡す。
魔法省の本部ともなれば、『いったい何しにここに来たのか』というのは大変重要なことであり、不法侵入を防ぐために様々なセキュリティが組まれている。
……のだが、椿の場合はアトムがほぼ転移のような形で連れ込んだこともあって、正規の手順を踏んでいない。
高志もポケットに突っ込んでいるような許可証を椿は持っていないのだ。
「わかりました。それでは行ってきます!」
レストランだし、一階にあるでしょ!ということで、椿は部屋を出ていった。
「レストランなんてついてるのか?」
「ああ、かなり名の通ったシェフを雇っている」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて……そこまで必要なのか?」
「休憩でおいしいものを食べるということは重要だろう」
「ちなみにレストランって何時から何時まで開いてるんだ?」
「一日中開いてるぞ。六時間で区切って四セット分のシフトを組んでいる」
「……それは要するに、一日中開けておく必要があるってことだな?」
「フフッ」
微笑むアトム。
……ブラック省庁である。
「まあ、今頃は昼夜同一になった者が死にかけの表情で英気を養っているところだろう。椿を見て目の保養にするくらいはな」
「字面が……あと昼夜同一とか聞いた事ねえわ」
全体的に字面がエグい。
あと、昼夜逆転は聞いたことがあっても昼夜同一とか聞いたことはない。
その意味としては、『昼も夜も関係なく、全部昼のように働け』ということだ。
……地獄である。
「……よくそれで回ってるな。魔法省」
「それに適合する価値観のある人間が少ないということだ。まあ、いずれ時間が解決するだろう。魔法省の運営に必要な業務の八割は私がやっているし、年齢を考えればあと四十年の時間がある。戦闘で必要な面倒なことはすべて秀星に押し付けるとして……それだけの時間があれば形になるだろう」
「え、今の魔法省の八割?」
「ああ」
「……バケモンだなお前」
「自覚している。だから……他人の残業を増やすことなど容易い」
黒い笑みを浮かべるアトム。
ついでに何か黒いものが内側からにじみ出ている気がする。
「……またオーラが漏れてるぞ」
「失礼」
「……もしかして加齢臭って言われすぎて怒ってるのか?」
「そんな……ことは……ない……はずだ」
「あー。うん。わかった。俺もこれ以上は突っ込まねえよ」
★
「おおっ!とっても美味しそうです!」
基本的に魔法省の中は静かである。
……元が『裏社会に属する魔術師たち』の集まりであり、頂上会議という組織があったといえど、成文化されたルールの浸透が甘かったゆえに管理が行き届いていなかった部分もあって、『イデオロギーの違い』によって会議室で怒号が飛び交うことがあるが、最近はそれも少ない。
会議室は完全防音なので怒号が響いても外に漏れないけどね。
楽しそうにレストランに入って席を確保、そのままタブレットのメニューをのぞき込む。
ニコニコしながら純粋で穢れのない笑顔でメニューを見る椿に、周りの職員たちが昇天しそうになっているが、椿はそれには気が付かずにタブレットを操作する。
「『牛一頭狂気盛りカツ丼』なんてあるんですね!」
考えたやつ誰だ。いろいろおかしいうえに矛盾してるぞ。
で、メニューを見ると、器を除くと500グラムくらいになりそうな重量感たっぷりのカツ丼が表示されている。
「これを三つお願いします!」
椿の注文にギョッとする職員たち。
シェフの人も『え……いいの?』みたいな表情になっている。
「むっふふ~!おじいちゃん譲りの胃袋ですからね!もりもり食べられますよ!」
高志ってそんなにたべるの?
ということで、すんごく……なんというか、デンジャラスというか、アンビリバボーというか、とにかくそんな感じのカツ丼がドンドンドスン!と並んだ。
圧巻である。
器を除くと総重量は1,5キロ。
バラエティーのチャレンジグルメほどではないが、それでも小柄な十五歳の少女が食べるようなものではない。
……いや、そもそも国家予算で運営しているようなレストランのメニューに並ぶようなものではないが、そこを突っ込むと話が終わらないのでスルー。
「うほおおおおおお!いただきまあああああす!」
ガツガツと食べ始める椿。
とてもおいしそうにサクサクと食べていく椿。
ものすごい笑顔で、カツやごはんが椿の体内に消えていく。
ほがらかな感じで見ていた職員だが、これにはドン引きである。
(……朝森家の食費ってどうなってるんだろう)
そんなことが心配になる職員たち。
だが、安心してくれ、もともと秀星は稼いでいるし、そもそも椿の胃袋はかなり『都合よくできている』ので、大食い以外の時は普通なのだ。それもそれでおかしいけど。
というわけで、十分もしないうちに平らげて、特盛のパフェを頼み始める椿。
……もうしーらね。




