第六百七十話
「ここに訪ねてくるのは珍しいな」
「そうだな。てか……お姫様抱っこ慣れてるな」
「……私にもいろいろあったということだ」
「そりゃそうか」
椿をソファに寝かせるアトム。
そして布団を掛けると、椿はムニュムニュ……と言いながらスヤスヤ寝ている。
正直、周りがそこそこうるさいはずだがここまでぐっすり寝られるものなのだろうか。
……いや、寝られるか。警戒心がないもん。
「で、なんで来たんだ?」
「それが……仕事場がなぁ……」
「?……ああ、そういえばそうだったな」
古代貴族が浮上してきた時、高志たちが住んでいた島を砕きながらの登場であった。
そしてその島は、高志がリーダーを務めるユニハーズをはじめとする一部のチームの活動場所である。
古代貴族の方は現在世界との折り合いをつけているが、一部の『大きく変化が訪れると思っていなかった者』からすれば、言いたいことはあるだろう。
「……だが、一応日本政府で職場は用意しているはずだが?」
「だな。だけど……元のスペックが違いすぎてどうしようもねえんだわこれが」
ギャグ補正を持っているということは、偏差値八十オーバーの頭脳を持っている。
加えて、拳一つで大体の困難は解決してしまえるほど魔戦士としての能力がある。
どの職場に放り込んだとしても、一切合切、片づけてしまえるほどのスペックがあるのはアトムとしても納得だ。
「ただ、職場を求めているということと、私を訪ねるということはつながらないぞ」
高いレベルを要求する場所というものはたくさんある。
魔法という概念が表に出てきたことで変化を求められるものは数多くあるため、それに対応しようとしても、新しい機材はほぼ特注品が多いため、大企業でも手が付けられない場合はある。
スペックが高いことは認めるが、だからといって骨を埋める環境がないということはないだろう。
アトムは確かに魔法次官として顔は広いが、職場を斡旋する議場などやっていないのだ。
……そもそも、息子の方が金を稼いでいるのは否定しないが。というか、朝森家は実力者ぞろいなので金に対して執着がないか。だって勝手に入ってくるようなものだもん。
「確かに高志のスペックなら魔法省にも席を用意できるが……まさか公僕に向いているとは思っていないだろう」
「まあ無理だわな。だから、『魔法省専属』になりに来たってわけだ」
「……それは『ユニハーズとして魔法省専属に』ということか?」
「おう。その通りだ」
「……」
デメリットはない。
高志たちが活動していたあの島は、特定の人間だけが潜り込んで活動していた『どの国のものでもない島』である。
当然、そこでしか手に入らないものもあるため利権が絡んでいる。ただし、そこで活動できなくなったからと言って、即座に次に適用できるようなものでもないだろう。
ただ、今までユニハーズは高志をトップとしており、どこにも所属していなかったのは事実である。
交渉相手、取引相手はいたはずだが、『誰かの専属になる』ということがどういうことなのか。その意図がわからない。
というか、そんじょそこらの魔戦士市場に入っていけば、直ぐに活躍できるだろう。
稼ぐための資本が戦闘能力なので、何かに所属してサービスを受けつつ活動するという必要がないのだ。
「……なぜ、魔法省専属に?どこかの専属になるとして、なぜ魔法省を?」
「秀星から言われたんだよ。で、これが手紙だ」
高志は特攻服のポケットから小さい封筒を出した。
アトムはそれを受け取る。
気になる点としては、封筒が百均ショップで売っていそうな安物であるということではなく、秀星が本当に出しているということでもない。『親展』と書かれているのに開封済みであるということだろうか。
「……なぜ親展と書かれているのに開封済みなんだ?」
「気になって開けたに決まってんだろ」
「……」
「まあ、暗号で書かれていたからわかんなかったけどな!」
偏差値八十の男が解読不可ってどんな暗号だ。
と思いながらアトムは四つ折りになった紙を開いた。
確かに暗号文だ。
だが、アトムからすれば苦労するものでもない。
大まかな内容としては、高志たちユニハーズが魔法省専属になった場合のメリット、そして発生するデメリットの処理の仕方と、必要であれば秀星も手助けをするという点。
そして最後に、『そろそろ、父さんの扱い方というものを練習しておこうぜ。俺はあきらめた』と書かれているが、おそらくこれが本音だろう。
「……はぁ。まあ、いいだろう。後で書類も作っておく」
「助かるぜ」
高志が笑顔でうなずいた。
……年のわりにかなり純粋な笑顔をするものである。
秀星はあまりできない顔だ。椿はよくやってるけど。
(……純粋さは爺ちゃん譲りか。椿)
まあ、これ以上踏み込もうとすると、アトムとしても難しい話なので置いておくとしよう。
「……にゅ~、むにゃああああああああああ!」
奇声と共に椿がソファから跳ね起きた。
「アトムさんからおじいちゃんの加齢臭がするですううう~~~っ!」
「……」
「アッハッハッハッハッハッハ!」
爆笑する高志。
アトムは眉間に青筋を浮かべたものの、直ぐに抑えた。
どうせ無駄だ。ということに気が付いたのである。
これで許される椿ちゃん。ある意味最強だね。うん。




