第九百五十一話
秀星が持つ神器、『宝水エリクサーブラッド』が持つ機能は、『自分を常にベストな状態にする』というものである。
本来なら反射的に驚くようなことであっても神経レベルで制御され、心臓の鼓動が思わず早くなるような緊張する場面でも平然としている。
ゴールドール家に呼ばれて宇宙船の中に入っていく秀星の顔は活き活きしており、秀星のことをよく知る人間からは『ああ、また不幸な人間が増えるんだろうな』という状態である。
というわけで、ウェストリア家の人間に案内されて歩いていく。
「秀星様。ここが応接室になります」
「どうも。俺だけが入るんだよな」
「はい。私は案内のみとなっておりますので……大丈夫ですか?」
「むしろめっちゃ楽しみです」
「そ、そうですか……」
アルエストの部下であろう男性から心配されている秀星。
まあ、これから敵しかいない部屋に入るのだ。そりゃ心配だってされるだろう。
秀星の内側から溢れている自信と余裕の根拠がどこから来ているものなのかいまいちわからないということもあるだろう。
ただ、アルエストからいろいろ言われているはずだ。
それをもとにすれば……その『心配』は、敵側に対しても出てくるだろう。
様々な情報や予想が混雑しており、まだ整理がついていないのだ。
「あ、そうだ。一個だけいいですか?」
「え、あ、はい」
男性の耳にコソコソと話す秀星。
「は、はぁ……わかりました」
「大丈夫。アルエストにもあらかじめ話してることだからな」
「わかりました。ご自由にどうぞ」
準備完了。
「じゃあ、入ってみますか」
秀星はドアをノックする。
「朝森秀星です」
『……入れ』
命令口調でインターホンから声が聞こえた。
秀星はドアを開けて中に入る。
中では、足を組んでこちらを見下しているような様子の男たちがソファに座っていた。
見るからにフカフカである。
中央に座っている男性はかなり質の高い装飾品を身に着けているし、身分は高そうだ。岩盤をくりぬいたような強面であり、『恫喝』を交渉戦略としてきたかのような雰囲気である。
そのテーブルの反対側には、クッションすらおかれていない固い素材で作られた椅子が置かれている。
(わっほい!)
秀星は楽しそうにしてるけど。
「遅いぞ貴様!一体、どれだけ待たせる気だ!?たかが蛮族の若造を相手に、ゴールドール家当主である私が時間を用意してやったのだぞ。敬意と忠義を示し、隷属を自ら申し出るのが当然だろう!我々をバカにしておるのか!」
(すげえ!こんなことを一切の淀みなく言える人、初めて見た!グリモアにもいなかったぞ!)
怒鳴りつけていた相手に秀星は感激している。
怖くないから観察対象くらいにしか感じていないのだ。
そして、敵が『これはヤバいで!』といえるような人間だったので期待以上。
やはり理性のない相手というものは面白い。
まあ、顔には出さないけどね。初対面でヘラヘラするのは礼儀の話だし。
しかし、当主が直々にねぇ。暇なん?
「俺が住んでいる国では、礼には礼を以って返すことを是としているわけなんだが、古代貴族っていうのは、あからさまに相手を見下して怒鳴り散らすのが礼ってことでいいのかな?」
「なっ……」
あらら、言い返されると思っていなかったのかな?煽りにもならないようなセリフにたじろいちゃってるし。
「俺の国では……というか、この地球ではそれを失礼っていうんだよ。それに、初対面の人間を相手に隷属だって?寝言は寝て言えよ」
「き、貴様あ!我々をその辺の小国と一緒にするな!我々はノアスフィアの古代よりその血を受け継ぐ古代貴族だぞ!」
「二万年も引きこもってた世間知らずじゃないか。そもそもこの星がノアスフィアじゃないことすら気がついてなかったでしょ?」
「き、貴様。我々をどこまで侮辱する気だ!」
「失礼から始まる人たちに対して遠慮なんてしないさ」
そういって、指をパチンと鳴らす。
すると、秀星に用意されていた固い椅子が高級なフカフカの椅子に変わった。
「な……なんだそれは……」
「あれ、俺が何をやったのかわからなかった?」
「ば、馬鹿にするな!わかるに決まっているだろ!」
「じゃあ教えなくてもいいね」
そういってどっかり椅子に座る秀星。
ちなみに嘲るような表情である。楽しいのだろう。
まあ、日本人の価値観で見ればゴールドール家の人たちは下種でクズかもしれないが、それは秀星も同じである。単なる性質と発揮方法の違いでしかない。
「き、貴様ぁ。我々をバカにしているのか!」
「今更気が付いたの?」
「何ィ!?」
口笛を吹いて煽る秀星に青筋を立てる男たち。
「まっ、無駄話はこれくらいにしようか」
「わ、我々の言葉を無駄と称するか!この無礼者!」
「え、じゃあ、この話をいつまでも続けてもいいの?」
秀星は別にいいよ。だって分身を置いておけばいいだけだし。
……ついでに言えば、『話を無駄というな』から『いつまでも続けていいの?』には論理の飛躍がある。無駄だろうとなんだろうと、別にいつまでも続ける必要など最初からないのだ。
だが、相手の発言に対してこういう『拾い方』をするのが見ている分には楽しいだろう。実際、ドアの奥でウェストリア家の人間が笑いをこらえてるし。
「ぐっ……なっ……」
あれま、もう頭が回らなくなったのか。
「じゃあ、とりあえず本題に入ろうか」
「ぐっ……」
本題に入れといいながら少し威圧してやると汗を流している男。
「ならば、本題に入ってやろう。おい」
中央に座る男性が横にいる男に合図をすると、その男は四つ折りにした紙をテーブルに出して秀星の前に置いた。
秀星はそれを見て……何もしない。
「か、確認しろ!」
「『この紙を受け取った瞬間に契約に同意したものとみなす』だなんてアホなこと書かれてるのに手に取る馬鹿がいるわけないでしょ」
「なっ……」
口を大きく開けて驚く男性。
秀星は『折りたたまれている紙の内容を確認する』ことくらいなら造作もない。
(さて、この『異常性』をどう判断する?)
普通とはいえない力。
偶然では絶対に片づけられないだろう。この場で見たとしても、あらかじめ見る機会があったとしても、その達成は困難だ。
「どうせなら内容まで言った方がいいかな?」
「ぐぬっ……」
ここに来る前に予想した三点。
①:秀星の所属そのものを日本から外し、防衛省に移籍すること。
②:秀星が防衛省に対して絶対の忠誠を誓うこと。
③:秀星が持つ財産の所有権は防衛省に帰属すること。
これに加えて、『以上の要求が認められない場合、武力を含めたあらゆる措置を取る』と明記されていることと、②が忠誠ではなく隷属といえる文面に変わっている程度。
いや、厳密に言えば①に関しても、『日本から』云々とは書かれていなかった。
文面から察するに、『古代貴族』と『地球人』では古代貴族の方が上なので、『地球人がいかなる国家に属していようと、古代貴族は全ての人間に対して命令権がある』と考えているようである。
地球人が『国』という形で枠を作っていたとしても、古代貴族には関係がないということだろう。
主張の正当性はともかく、少なくとも文字として明記する部分に関していえば、徹頭徹尾主張は変わらない。
「まあ、その内容を加味した上で、もう一度言おうか。寝言は寝て言え」
「き、貴様ぁ……我々を侮辱して、タダで済むと思うなよ!」
怒鳴りつけてくる男性。
この強面で恫喝すれば、すくなくともビビらない相手はいなかったのだろう。
ただ、この当主らしい男性は勘違いしている。
怒気、闘気、殺気、そして『声量』
どれをとっても、そもそも秀星より下なのだ。
というわけで……手本を見せよう。
「ふざけたこと抜かすんじゃねえぞゴラアアア!!!!!!」
テーブルに拳を振り下ろして鉄製のそれを叩き割りながら怒鳴り声を出す秀星。
「~~っ!?」
口をパクパクとさせて声になっていない男性。
「さっきから言ってるだろうが!初対面から隷属だぁ?頭湧いてんのかゴミ共っ!!」
「う……あ……」
「ペラペラ強い言葉を吐きやがって、あの大砲の弾幕を迎撃したの覚えてねえのかオイ!」
「な……」
「その気になればその力を今ここで振るうことだってできるんだぞ!誰を敵に回してんのかわかってのか雑魚!」
「……」
「強がるのは勝手だけどなぁ。責任ある立場なら相手の強さくらいわかれや!何処に目ぇつけてんだア゛ァ!」
「」
「さっきから怒鳴り散らしやがって、全然怖くねえんだよカス!!」
止まらない秀星の罵詈雑言。
で、内心は……
(ああああああ楽しいいいいいいい癖になるうううううう)
病院に行った方がいいよ。とツッコミが来そうなほど楽しそうなご様子。
まあ、初対面でも怒鳴り散らすのが向こうの『礼』なのだ。秀星は悪くない!(確信犯)
「奴隷みたいに人を縛り付けようなんざ百万年はええよ!これ以上調子に乗るようなら手前らの権力を保証するモンを全部叩き壊すからな!覚悟しておけ!!!!!」
そういって一方的に立ち上がると、そのまま部屋を出た。
ドアをバンッ!と閉めて、廊下に出ると息を吐く。
廊下ではアルエストの部下の男性が笑いをこらえていた。
「どう、スッキリした?」
「ええ、とても。アルエスト様にも見せてあげたかった」
「安心しろ。録画してる」
SDカードを男に渡した。
「ありがとうございます」
「さて、とりあえずウェストリア家のところに行って待機だな。どうせ喉元過ぎれば熱さを忘れるんだ。調子に乗って暴力で訴えてくるでしょ。その時まで待機だな」
「うまくいきますかね?」
「部屋を出る直前、アイツらにわからないようにちょっとだけ精神を強化しておいたからな。すぐに調子に乗るって」
人を怒鳴り散らすのなんて地球人相手にはできない。
それをしないだけの羞恥心は持ち合わせている。
というわけで、今回怒鳴り散らしたのは秀星にとってはメインディッシュ。
デザートはじっくり味わうとしよう。
「あ、椅子と机は俺が部屋を出た瞬間に元に戻ってるからな。改造と器物破損の証拠はないぞ」
「アフターケアも万全ですね」




