第九百五十話
「秀星。一つ聞くが、八大貴族と話す場所を設けたとして、君は座るつもりはあるか?以前はないと言っていたが」
「今はあるよ。これだけ調子に乗ってくれてるんだしな」
書類を手に朝森宅にやってきたアルエストを迎えて、秀星は黒い笑みを浮かべた。
朝森宅は秀星の自宅である。
秀星には姉と妹がいて、両親も健在だが、そちらのメンバーは全員が『ユニハーズ』として活動しているため、基本的に自宅に関しては好き勝手にやっているのだ。
そもそも姉妹がいることすら最初は知らなかったほどである。
元々二階建ての朝森宅を四階建てにリフォームして全員分の部屋を用意した後、一階にはリビングや応接室を作っているのだ。
朝森秀星が住んでいるということで来客は多いのでこれは必須である。
「一つ聞いていいか?」
「どした?」
「外見的には普通といえる家具なのに、座り心地が最高レベルなんだが」
ソファに座るアルエストがそういった。
応接室の調度品に関しては全てセフィアに任せている。
確かに、外見的にはそんじょそこらで買えるようなものだ。
しかし、実際に使ってみれば、よく見てみれば、かなり高いクオリティを発揮している。
「人を見た目で判断するなっていうだろ?物だって同じだ。それに、この家に来る『交渉役』の人間は立場の幅が広いから、あんまり外見から凝ってレイアウトを作ると萎縮されるんだよね」
「秀星をよく知らない者から舐められるんじゃないか?」
「公序良俗に反していないし、品がないというわけでもない。なら、後は質を見極められるかどうかだ。そもそもここは俺の自宅だぞ。そこまで求めても仕方ないだろ」
ホテルや旅館など、交渉に使われそうな空間をもともと用意している場所ならともかく、自宅にまでそれを求める意味はない。
それだけのことだ。
「……まあ、そうだな」
アルエストはそういって持ってきた紙を秀星の前に出した。
「ゴールドール家……八大貴族の中で『防衛』を担当するところから話が来ている」
「防衛ねぇ……」
「この家はすでに『負けている』ようなものだからな。いの一番に話を持ち掛けてきた」
宇宙船に初めて接近した時に大砲の弾幕パーティーになったが、宇宙船の外壁に備わっている装備であることを考えると、防衛に該当するはずだ。
「なるほど。で……日時やら場所やら、『交渉の場の体裁』しか書かれてないな。どんなことを考えてるんだ?」
「私の予測になるが、秀星の力を取り込みたいと考えているようだ」
「だよね」
いくつかの意味を包含した上で『取り込む』という言葉を使っているはずだ。
①:秀星の所属そのものを日本から外し、防衛省に移籍すること。
②:秀星が防衛省に対して絶対の忠誠を誓うこと。
③:秀星が持つ財産の所有権は防衛省に帰属すること。
細かく言えば膨大な量になるが、大雑把にまとめればそんなところだ。
「ゴールドールの交渉役ってどんな人が多いんだ?」
「基本的にプライドは高いな。日本基準でも軍事兵器といえるような大型装備の数多くを管轄していることもあって、かなり『戦闘力』を持っているという自負があるようだ」
「なるほどね」
『プライド』……いや、言葉を変えよう。『自信』があることに対して秀星が何かを言うことはない。
そもそも『防衛省にプライドがない』という方が危険だ。いや、どの省庁であってもそれは変わらない。国の運営システムを任されるもの達がそんなフラフラしていたら不安定どころではない。
プライドが高い者同士が衝突すれば喧嘩になるに決まっているが、その時の喧嘩の方法に何を選ぶのか。そして『妥協』という、暴力だろうと舌戦だろうと求められる要素にどれほどの質があるかどうかの話だ。
秀星だってプライドは高い方だが、妥協することができないわけではない。
「まあ、プライドが高いのは良いや。問題は妥協ができるかってところだが」
「できないだろうな」
「即答かい」
あまりにも素早い回答である。
「身内と話すときにしか妥協できないタイプ?」
「というより、二万年も宇宙船の中という環境で過ごしているからな。刺激が少ない上に環境の変化がほとんどない」
「それって、『抵抗されるというストレス』に対して耐性がないんじゃないか?」
秀星はそう判断する。
何を言っても反対されず、新しいもの……特に、自分の『価値観』を刺激する物はほとんどできることがない。
人間の数だけは多いようなので、全く価値観が揺らがないということはないだろう。
だが、それでも『自分には反対してこない』という現状がある場合、どうすればいいのだろうか。
「そうともいうな」
「なるほど、ウェストリア家が八大貴族の中で異端扱いされているであろう予測とその理由が分かった」
アルエストは『ウェストリア家に関しては、催眠魔法をあらかじめ自分にかけることで、悲願を達成するための精神を常に意識している』と言っていた。
そのため、数多くのシミュレーションを行い、それを達成するためのルートをいくつも開拓している。
秀星とこうして理性的に話ができるのはそれが理由だろう。
「……アルエストってさ。他の八大貴族の人間よりも、俺相手の方が話しやすかったりするのか?」
「言われてみればそうだな」
アルエストは頷いた。
秀星はとりあえず、『これから会うゴールドール家に関しては別の人種だと思うことにしよう』と判断した。
独特な価値観があるというのならそれはそれで観察対象になるだけだし、どうせ本気でかかってきても暴力的には秀星の方が勝てるので結果は同じである。
「大雑把に事情が分かってきた。とりあえずゴールドール家だな」
「ああ」
「で、一つ聞きたいんだが、ウェストリア家としてはどう思ってるんだ?」
「ウェストリア家としては……か。少なくとも敵に回したくはないと考えてはいる」
「さすがにアルエストの報告書は信じるか」
「ただ、父さんは秀星に対してあまり興味はない様だ」
「そうなのか?」
「幅広く質の高い技術を持っていて、倫理観に問題がなく、私と交友関係を構築できる程度なら、初接触がどのタイミングになろうと問題はないと考えているようだ。もともとすることが多いからな」
現在、外交を司るウェストリア家は世界各国に対して人を送っている。
海底から宇宙船が浮上して、業務量は頭がおかしくなるレベルになっているので、秀星に興味を持つ暇がないのだろう。
当然、理性的で協力関係を結ぶような内容で交渉しているそうだ。おそらく八大貴族の総意とは大きく違うだろうが、最初から喧嘩腰で臨めるほど『世界』は甘くないので妥当だろう。
交渉ができる地盤が出来上がったあたりで、皮算用をやっていた連中が暴走する可能性はある。外交責任を全て押し付けられるのはウェストリア家になると思うのだが……秀星個人としては『ウェストリア家だけ』は擁護するつもりである。
「……もしかして、アルエストって今、めちゃくちゃ忙しかったりする?」
「いや、私は秀星と八大貴族の関係の調節に注力することになっている。考えることはもちろん多いが、公的ではなく私的な部分が多い分野だから肩の荷はそこまで重いわけではない」
「なんでそんな役割に?」
「調べたが、国際連合が正式に認めている世界一位の男だ。押さえておくに越したことはない。それに、まだ私は秀星の『逆鱗』がわからないからな」
「……俺って国際連合にまで認められていたかな」
「最初は日本のウェブサイトにしか書かれていなかったが、最近は国連のホームページにも載っている」
「あっそ」
過剰評価。ではないだろう。
部分的に弱点があるとしても、それを突こうとする前に他の分野で回り道をされるのがオチだ。
誰だって相手にしたくはない。
「……とりあえず、ゴールドール家に会ってみますか。あと、俺の方で調べてみたんだけどさ。ゴールドール家が八大貴族筆頭って本当か?なんか、一回で全部終わってしまいそうなんだが」




