第九百四十九話
「未来のお母さん強いです!」
放課後にはしゃぐ椿。
汗一つかいていない未来風香は、抱き着いてくる椿を抱きしめながら微笑んでいる。
正直、中学三年生の娘は母親にここまで抱き着くようなものではないと思うのだが、それは椿に言っても仕方がない。元々パーソナルスペースが狭い方だし、お父さんとお母さんならお母さんが好きな子だ。
「フフフ。当然よ。未来の秀星君の隣で戦うんだから、これくらいはね」
常に笑みを絶やさない風香。
単に年を取っただけではない。
世界最強の男の隣に立ってきたことで獲得した余裕、自信。それらをガチガチのコートのようなもので纏っているようなものだ。
頼もしさ。という点で言えば圧倒的。
「風香さん。未来の秀星ってどんな感じなんですか?」
女子生徒が風香を囲って聞いている。
「強さという点では……みんなに見せる分にはあまり今と変わらないかな。常に加減して戦ってるからね」
「え、どういうことですか?」
「未来の秀星ももう三十七だからね。今と比べて落ち着いているんだけど、今の秀星は常に加減して戦ってるからね」
「そ、そうなんですか?」
「うん。秀星は強すぎて、単に『戦う』ということに関していえば楽しい相手がいないんだよね。もちろん、昨日の自分と比べて強くなっているかどうかを基準に据えることにして強くはなってるけど、皆がわかる範囲のことで言えば変わらないかな」
別に、今の沖野宮高校の生徒たちが強くなっていないというわけではない。
純粋に、惑星を一個救うのに一日もいらない秀星が見れば、基本的にはどうでもいいことなのだ。
「今の秀星は、どうやって相手をいじめてやろうか。みたいなことばっかり考えてるんじゃないかな。調子に乗っている相手に関しては特にね」
「まあ……その傾向はあるな」
そもそも戦う相手全てが相手にならないと分かっている以上、全力も何もあったものではない。
だからこそ、秀星主導で遊ぶのだ。
最初から秀星が『この人はどんな反応をするんだろう』ということばっかり考えているのである。
ただ、元のスペックが高すぎる上に、セフィアという最強のアフターケアシステムが存在するゆえに意味不明なことになっているのだ。
「未来では落ち着いてるよ。ただ、最高出力という意味では今の方が強いんだ。まあ、事情はあるんだけどね」
「へぇ……強さのインフレっていうのは止まんねえな」
誰かが呟いたが、それに関しては全員が同意した。
今の自分たちが強くなるために特訓しているときに、秀星はそれ以上の速度で強くなっている。
まあ、それが『真理に近い』ということでもあるのだが、計り知れないレベルの話だ。
「これから戦うことになる敵の中で、秀星が面白いって思う奴っているんですか?」
「いや、三年生になった時点で誰もいなかったって言ってたよ。少なくとも戦闘面ではね」
「戦闘面では?」
「例えば……秀星が魔法省の役員になったとして、出世できそうかな?」
「……」
全員の頭に現在の魔法次官が思い浮かんだ。
「皆、アトムさんのことを思い浮かべたと思うけど、未来の魔法省の力ってすごいんだよね。まあ、秀星を抱えている日本の魔法省が力をつけない理由はないんだけど」
「確かに」
「もちろん、ある程度上には行けるよ。でも、秀星って基本現場の人間だからね。運営をするにしてもセフィアさんに任せっきりだし」
「……アイツにもできないことはあるってことか」
「いや、できないってわけじゃないだろ。ただ、それよりも上がいるって感じか?」
「だな」
実をいうと、『秀星を相手にする』と『アトムを相手にする』のどちらかで言えば、まだ秀星と戦う方が良心的なのである。
何故なら、秀星はまず加減してくるし、自分が満足する段階で全ての攻勢を止めるため、禍根はともかく『秀星個人からの悪影響』はその場で終わるのだ。それまで抱いていたプライドをボッコボコにして惨めになることはあるので精神的影響はあるが、そもそも『誰かから奪える程度の物なら自分で作った方が速いしクオリティも高い』ため、他者から何かを獲得することに対して執着がない。現在の朝森宅で出される食事すら、セフィアが材料から作成して作り上げる完全自家製である。
だが、国を動かす立場にいるアトムはそういう価値観を持っておらず、的確に相手に突っ込んで良い所を根こそぎ奪っていく。そこには遠慮も容赦もなく、天才の頭脳は常に動き続けているため、『どこまで絞れるのか』を最大限に計算するのだ。
結論を言えば、秀星は理不尽ではあるが甘い。アトムは天才なうえに鬼畜である。
魔法省では、『アトムが座る椅子に近い立場になればなるほど疲れたような顔つきになる』という風潮がある。だって激務を押し付けられるからね。
魔法省とブラック企業の共通点は『有能で静かな奴は馬車馬の如く働かされる』である。逆に、『無能でうるさいやつ』は魔法省もブラック企業もいらないのだ。
……どこもそうか。
話がそれたが、魔法省という『国を動かす立場』において、秀星がどう動けるのかという話だ。
世界を一日で救える秀星のことなので、きっと日本は発展するだろう。
ただ、秀星の性質そのものが公僕には向かない。
そういう人間が出世して作り上げられた国は、大体、失敗しても成功しても後悔するものである。
「うーん……そっちの勉強もしておくべきかなぁ」
「フフフ。まあ、知っておいて損はないよ。アトム君が魔法大臣になる前にね」
そういって微笑む風香の笑顔の裏には、何かがいるような気がした。
……ちょっとだけ、日本の未来が不安になった生徒たちである。




