第九百四十六話
アトムは天才である上にその幅がとても広い。
魔戦士としての戦闘センスはもちろん、学校で求められるような頭脳をしっかり持っているし、魔法関係の新しい象徴である魔法省の次官に就任するほどの場数を踏んている。
二十歳ではあるが、数多くの統計データを見極める考察力を持っているし、高志や来夏といった頭がおかしい連中との接点もあるため『諦めるところはきっちり諦める』ということができる。
加えて、情報収集力と理解能力が高いので相手の事情を的確に把握できるし、かなり融通も利く。
結論を言えば、未来風香が持ってきた過去のアトムへの手紙(暗号文なので風香には解読不可)と、未来のアトムが作った現代軸での身分証明のための手配を行うための書類を『魔戦士ライセンス』としてまとめてきているので、それだけの準備があれば、すんなりやってくれるのだ。
「初めましてって言えばいいのか、久しぶりって言えばいいのかな。私にもわからないけど、とりあえず……私は朝森風香だよ。よろしくね」
沖野宮高校二年一組の教室に、未来風香が入ってきた。
教室に入ってきた時点で何人かが吹き出したわけだが……気持ちはわかる。
「……なあ、秀星。これはどういうことなんだ?」
秀星の隣に座るフォルノスが聞いてきた。
「未来の風香が椿を追いかけてきたようなモノかな……詳しくは俺も知らん」
月曜日の朝から『なーにがどうなってんねん!』という空気になっていたが、秀星としてはそう答えるしかない。
それに間違ってはいないだろう。神器を渡すとか、鍵の存在を伝えるとかいろいろあるが、椿に会うために来たというのは最も理由としては大きいはずだ。
「そんな理由で過去に行けるか?」
「じゃあ、椿が大きな使命を持って過去に来たって思ってるのか?」
「ありえないな……」
フォルノスだって風香の魔力量が増えていることくらいは気が付いているだろう。
神器のコアは、天界にある創造神ゼツヤの工房『オラシオン』に行けば買うことはできる。
だが、神でも神兵でも、そして死して天界に行った人間でもないものが『天界の通貨を稼ぐ』ということは尋常ではない労力を強いられるし、コアはとんでもなく高価な代物だ。
……一つくらい買えるくらいの金額を稼いだことがあるような気が秀星はするのだが、それはそれとして、稼ぐのが苦労するのは『神祖』も同じ。
用意する場合は多大なコストがかかる。
それを持っているということが何を意味するのか、おそらく、フォルノスにだってわからないだろう。
「あの、風香さんはなんでこの教室に?」
誰かが聞いた。
そう、この時間にいるのは良いが、別に教室に入ってくる必要はないのだ。
だって未来風香が授業を受けるわけではないし。
「授業参観よ」
「……」
教室の中が『何を言えばいいんだ?』という空気で満たされた。
だって……みんな、気持ちはわかるのだ!
椿ちゃんかわいいもん!
「……秀星。どういえばいいんだ?」
「校長先生が良いって言ったんだからいいんじゃないか?俺は知らん」
秀星は本当にもう、『俺に話を振るな!』と言いたそうな感じである。
何かしらの交渉が秀星と風香の間にあって、それで秀星が負けているような、そんな雰囲気がある。
(まあ、嫁と姑が手を組んでいると言っていたし、そういうものか)
フォルノスはそう内心で呟いた。
確かに反則と言えば反則である。
しかも、『夫婦だからこそ話せる恥ずかしい過去話』というものはあるはずだ。
そういったものがオープン状態なのだから当然だろう。
そして、フォルノス自身、人間を見て、そこに神々の血が流れている場合は大体わかる。
秀星に『転移神』の血が流れていることは分かっているし、言い換えれば『遠隔監視』を軽く可能にするほどの把握能力が備わっていることは分かる。
子供……というか、若いからこそできる恥ずかしいことを全て知られているとすれば、フォルノスだって冷や汗の一つや二つは流れる。
「まあ、私からは頑張れとしか言えないな」
「わかってるよ」
神祖の派閥の一つのリーダーといえるほどの強者だが、フォルノスだって未来のことはわからない。
「それと……この学校の傍をウロウロしてる『異星人』のことは放置していいのか?」
「あとで電話するって」
さすが、とは言わない。
フォルノスの感知能力ならば、実力者のことは分かるだろう。
まず……この三十七のオバハンの暴走を止めておかないとだめだ。
「秀星。何か失礼なこと考えてない?」
「……女の勘がいいのはフィクションの中だけで勘弁してくれ……」
頭痛をこらえるかのように秀星は溜息をついた。




