第九百四十二話
アルエストあたりがどうなっているのかわからないが、報告待ちであることに変わりはない。
それまでは自宅待機である。
「むっふー!」
……椿が興奮している。
「……どうしたんだ?椿」
「む?特に何もないですよ?」
「……」
不思議な子である。
チラッとセフィコットを見たが、全員が首を傾げた。
どうやら誰にもわからない様である。
その時、ピンポーンとインターホンが鳴った。
「あっ、誰か来たみたいですね!」
椿が笑顔になって玄関に向かう。
正直、誰かが来たというだけで笑顔になれる椿ちゃんの精神構造が不思議を超えて心配といえるレベルだが……。
「椿ちゃんってやっぱり不思議だねぇ」
「まあ……今に始まったことでもないしな……」
それはともかく、部屋から出て廊下を歩いていく椿を見て、秀星と風香はセフィアが準備したコーヒーを飲む。
コーヒーの甘さに関しても好みが違う二人だが、セフィアはしっかり調節している。
お味は……
「あっ!未来のお母さん!」
「「ブフッ!」」
……味を感じる前に吹き出しました。
「……どういうことだ?」
「さあ……」
どういえばいいのか理解する前に、にっこにこの椿が先導して、一人の女性……未来の風香が部屋に入ってくる。
ゆったりしながらも動きやすそう。そして肌の露出を抑えた……白を基調として大人のような感じに仕上がっている格好だ。
緑色の髪は今とほぼ変わらないくらいの長さがあり、腰まで流れるように伸びている。
そして、左手の薬指には銀色に光る指輪があった。
「……マジで本当に未来の風香だな」
視認するだけでDNA鑑定を行える秀星は、一発で未来の風香だと判断した。
「フフッ。当然よ。あなたにそういう嘘は通じないのは分かってるからね」
未来風香はそういってほほ笑んだ。
かなり大人びているというか……『余裕』がある感じになっている。
現代風香はそれを見てボーっとしている。
というより……どうコメントすればいいのかわからないといったところか。
「なんで、未来の私が……」
「大きく分けて三つね。一つは『教えること』があるからよ」
「教えること?」
「そう。今の時期なら、ノアスフィアから帰ってきたころだと思うけど、この時間の私は、とある『鍵』を持っているはずなのよ」
「?」
秀星は首をかしげる。
「秀星は知らないわ。この時間から一年前に、私は『二万年前の船のキッチンにあった箱に入っていた鍵』を手に入れたはずよ」
「……」
秀星は現代風香を見る。
首を一瞬かしげたが、どうやら思い出したようだ。
「あの頑丈に作られていた箱型魔道具に入ってたアレ?」
「そうよ」
「確かにそれなら、まだ家に置いてあるけど……」
「それはノアスフィアの落とし物よ。だから、これから彼らと話す場合、『キッチンに保管されていた鍵』は重要な交渉カードになるのよ」
「そんなにすごい物なのか?」
「秀星は自分のスキルで何でも開けられるけど、他の人はそういうわけにはいかないわ」
基本的に、鍵がついていても、それが『魔法』ではなく『物体として存在する』場合、秀星は『アイテムマスター』の力を使って使用権限を得る。
魔道具でパスワードが必要な場合はガンスルーして開けられる。魔法ではなく完全に物理的に作られている場合、秀星の『開錠』魔法から逃れる術はない。
物理的な鍵であれば、秀星はアイテムマスターの力を使えば開けられるのだ。
アイテムマスターの力は神器すらも使用範囲に含まれる力だ。それを超える防壁が作成されているとは考えにくい。
「まあ、持っているのなら問題ないわ。二つ目は、『渡す物』があるからよ」
「渡す物……」
「秀星はわかるんじゃない?ただ、この頃の私はまだ知識として知らないからわからないと思うけどね」
「……」
秀星はそう言われて、風香を観察する。
外見的に、何かを身に着けているようには見えない。
まあ、アイテムボックスのような概念を何らかの形で携帯しているのだろうが……。
ただ、風香に『知識としてわからない』と言っている以上、風香にも見えることが判断材料になるということだ。
未来の風香だが、物理的な外見に大きな違いはない。
いや、現代風香よりもちょっと身長が高くなっているような気もするが、その程度だ。
問題はその魔力。
現在の風香の十万倍はあるだろう。
「……なるほどな」
「え、わかったの?秀星君」
「ああ」
「フフッ。まあそれは置いておくとして……目的はあと一つあるわ」
「……」
これから発生するであろう古代貴族との交渉カード、そして秀星にはわかった『とある物』を渡すこと。
それに匹敵することは一体何だろうか。
「椿成分の補充よ!」
「「……」」
言いたいことは分かる。
だが、このどうしようもないモヤモヤは一体何なのだろう。
「む?……むううううううう!」
話についていけないことを察知し、近くでセフィコットを重ねてピラミッドを作っていた椿だったが、名を呼ばれてこちらを向いた。
が、未来風香が急に抱き着いて、顔を風香の大きな胸にうずめることになって悶絶している。
「かわいい~~~っ!すうううはあああすうううはあああ」
興奮している。
三十七のオバハンが、十五の娘に抱き着いて匂いを嗅いでいる!
ちなみにピラミッドみたいに積まれていたセフィコットもドン引きである。
「ああああいいにおいがするううう」
……ダメだこりゃ。
「~~~ぷはっ!お母さんの胸がでかくて苦しいです!」
なんていうか、椿も椿である。
「未来の朝森家は平和だな」
「そうなのかな。星乃以外にまともな人がいない気がするけど……」
世界最強でギャグ補正持ちの父親、末期症状持ちの母親、頭の中が空っぽでおバカな姉。
頑張れ、長男。
★
「……」
「どうしたんだい?星乃君」
「いや……なんか、嫌な電波が……ていうか、ラターグさんは寮の運営しなくていいんですか?ずっとベッドでごろごろしてますけど」
「大丈夫だよ」
「そうですか……」
★
「ふっふっふ。落ち着いてきたよ」
「むうう!未来のお母さんは私のことをなんだと思ってるんですか!」
「中毒性のある娘だね」
「む……むぅ?」
コメントに困る返答をされて首をかしげる椿。
……その仕草も大変可愛らしい。
「さてと、とりあえず秀星。私と戦ってみる?」
「……」
「未来の秀星とも相談したけど、戦っておいて損はないだろうからって」
「……ならいいか」
現代風香と戦う場合、それは戦いとはならない。
未来の風香なら、おそらく別物だろう。
深い……とても深いため息をついて、秀星は重い腰を上げた。
なお、風香がカギを入手したのは、なんと476話。投稿したのは一年三か月前!
……正直、最近まですっかり忘れていました。これでは伏線とは言えませんねぇ……。




