第九百三十八話
「電子レンジが爆発しそうですううう~~~っ!」
声だけで誰が叫んだのかわかってしまいそうだ。
……というわけで、椿は大量の生卵を皿に乗せて、電子レンジに突っ込んでいた。現在、その生卵は電子レンジの中でブブブブブブブッ!と高速振動している。
何故だれも止めなかったのか。という疑問があるが、椿は高志の孫にして秀星の娘。ギャグ補正のスキルがしっかり発動するので、『とーんでもないこと!』の発生原因のためにセフィアが偶然監視していないタイミングというものができてしまうのだ。なんて迷惑なんだろう。
加えて言えば、電子レンジと生卵に入れた映像を動画サイトで見ればわかるのだが、生卵を電子レンジに入れて外から眺めてみても、爆発直前までわかりにくいのである。そもそも、中で水蒸気が発生して気体が膨張することで圧力が強まるだけで、別に振動するためのエネルギーが発生するわけではないのだ。
電子レンジの中に入れていてもわかるくらい振動しているという時点で物理的にあり得ないことになっている。
いずれにせよ……。
「大変ですううう~~~っ!」
そういいながらガチャっと電子レンジを開けてしまう椿ちゃん。
そう、なんで開けちゃダメと言おうとしたときに開けちゃうのかなこの子。
バアアアアアアアアアアアアアアンッ!
全ての卵が同時に爆発した!
全方位に広がりながら黄身も白身も飛び散り、電子レンジの中を汚すと同時に、電子レンジの外に出てくる!
大変アツアツになっている卵だが、そのすべてをセフィコットが飛び出して受け止めた。
卵まみれになったセフィコットはテーブルに着地したが、『あちちっ!あっつううう!』と言いたそうな様子でジタバタし始めた。
※セフィコットに熱を感じる機能は備わっていません。
「わあああ!セフィコットが卵まみれになっちゃったですううう~~~!」
椿はセフィコットを拾い上げると、近くのシンクのところに行った。
そこにあるのは、食器をつけておくために用意された水が溜められた洗面器!
(え、ちょっと待っ——)
椿は遠慮なくその中にセフィコットを突っ込んだ!
「早くとらないと卵がのこっちゃうですううう~~~っ!」
名誉だと思うからいいんじゃないかな。
とりあえず、食器用洗剤をブチュウウウウウウッ!と詰め込んでセフィコットを揉みまくる椿。
……十数秒後。
「ちょっと残りました……むう、まあこれが限界ですね」
すごくぐったりしているセフィコットを洗面器から持ち上げる椿。
確かにまだちょっと残っているが、手作業ではそれが限界だろう。
「む……あっ!電子レンジの中がすごいことになってました!」
シンクにセフィコットを置いて電子レンジの方に走っていく椿。
忙しい子である。
……で、シンクに残されたセフィコットだが……。
(あっ……頭が重い)
綿で作られた二頭身人形であるセフィコット。
で、人形で二頭身となると頭は体と比べてやたら大きく作られる。その方が可愛いからね。
そのでかい頭が、完全に水分を吸ってしまっているのだ!
せめてこの部分を絞ってから電子レンジの方に行ってほしかった。そうすればまだ楽だったのに。
この日以上に、自分が綿で作られていることを呪った日はない。
まあ、ぬいぐるみを綿以外の何で作るのかという話だ。いずれにせよ、水を吸収しそうな素材に到達してしまうと思うのだが……。
「大変だな」
いつの間にかアジトに来ていた秀星。
指をパチンと鳴らすと、セフィコットの全身から水分が飛んだ。
……卵が残っているが、あえて残している。
セフィコットは秀星の存在に気が付くと、『あ、どうもっす』といった様子で手を上げて反応した。
セフィアが遠慮なく秀星にずけずけ言うので、セフィコットと秀星の差も結構近い。こんな反応でも無問題である。
「むっ?あ、お父さん!」
ぱあああっ!と輝くような笑顔になる椿。
とても可愛らしい。
それは事実だが……どこか、『何とかした方がいいのかもしれない』と思う部分があることは事実だ。
まあどうせ、どうにもならないだろうと未来の自分は考えるだろう。
椿は卵に関してはあきらめたようだ。秀星のところに走ってくる。
「お父さん!外を見たら青空が広がってましたよ!」
「ああ。とりあえず、全てのダンジョンを攻略したからな」
「おお!やっぱりお父さんは常識がないです!」
「言い方」
秀星にないのは『現実性』であって『常識』ではない。
一応、高校に入学したばかり位まではちゃんと『普通の人』だったのだ。そこから異世界漂流していろいろあったけど。
「秀星君。やっぱり青空ってすごいんだね。このアジトにいる人たちも、結構暗い表情の人たちも多かったけど、青空を見せたら元気になってる人がいたよ」
「八割くらい号泣してましたけどね」
「まあ。そんなもんだろうな」
こんな何もない世界だ。
青空ほど綺麗で、そして大きなものなどないだろう。
感動だってする。
「むう……でも、お父さんが攻略したということは、もうこの星にいる意味はないってことになりますよね」
「実際そうだな。アトムとはこっちに来てから一回も連絡とってないし」
基樹とは電話で話したけど。
「とりあえず、調整を行ったら地球に一度帰る必要があるな」
「そういえば、アルエストさんってこの星の『図書館』に入るのが目的みたいですね」
「だったな」
「お父さんは興味がないんですか?」
「百万枚のカードに念筆不可の直筆のサインを入れるのが面倒」
「百万枚!?」
「とっても多いですね!」
百万枚というものが『最大ダンジョン数』であることを考えると、確かに多いだろう。
「……でも、お父さんは百万人くらいなら分身出来ますよね。別に面倒じゃないと思いますけど」
事実である。
そもそも、物理次元を超えた神々の領域に踏み込んでいる秀星は、百万人に分身することなど造作もないレベルの処理能力を持っているのだ。
残像を見せるように百万人くらいの分裂なら寝起きでも可能である。
ただ、椿の言葉に風香はフフッと笑った。
「秀星君。すでに本を全部見たんだね」
「ああ」
「?」
風香の問いに頷く秀星。
椿は首を傾げた。
「秀星君のスキル『アイテムマスター』は、アイテムの『使用権限』を獲得できる力があるからね。『図書館に入れる性能』が全てのカードを揃えることで発揮される。そこに『全てのカードに登録する必要がある』という『制限』があるけど、その『制限』を突破することはできるんだよ」
「ふむふむ。その通りですね」
「秀星君の様子を見る限り、多分最初からそこまで興味ないんじゃないかな。ダンジョンカードのもう一つの機能である『ダンジョンを作り出す』という部分の実力がそうでもなかったから、図書館の中身に対してもそうでもないものだと思うのは大きく外れてるわけじゃないしね」
風香はスラスラと答える。
「でも、興味がなくても覗かない理由はない。全てのカードに登録した人しか中には入れないようになってると思うけど、最初から自分は登録不要で入れることは分かってるから、登録はアルエストさんに押し付けるつもりなんだろうね。もう本は全部読んじゃったんでしょ?」
「確かにここに来る前に全部読んだ。全部記憶してる」
厳密には『読んだ』とは少し違うのだが、まあそこは追及しても結果の変わらない話である。
「それに、椿ちゃんの『図書館をどうするのか』って質問に対して、『百万枚のカードに登録するの面倒』って返したけど、『図書館には入らない』なんて一言も言ってないよね。そもそも、秀星君が『制限』の話をするなんて意味のないことだよ」
「……」
秀星は黙秘権を行使した。
まあ、沈黙は肯定。ともいうので意味のないことだが。
「で、その本の中身はどんな感じだったの?」
「図書館そのものよりも俺の方が『真理』に近かった」
「あっはっはっはっは!」
椿が爆笑。
「じゃあ、本当に、調整が終わったら帰る必要があるね」
「そういうことだ」
ノアスフィアにおいて多大な変化を行った。
あとは、地球に残してきた関係者がどう思うかである。




