第九百三十四話
「ぐっ……はぁ、はぁ……まさか、ここまで差があるとは……」
砕けた剣。
ボロボロのスーツ。
傷だらけの皮膚。
ギラギラと闘志が燃え上がっている瞳。
抑えきれず笑みになり、あがっている口角。
猛々しく内側から燃え上がり、炎のように見える魔力。
それが今の、魔人の姿だ。
「……差に関しては知らん。ただ、最初から俺は、お前に対して警戒はしていなかった」
秀星は対照的に、最初と何も変わっていない。
プレシャスを握り、沖野宮高校の制服に身を包むその姿は、最初から変わらない。
ただ、少し表情に失意が混じっている程度か。
「仕方がないですね。ここからは、全力を出しましょうか」
「全力……まぁ、切札くらいあるか」
秀星はプレシャスを構えなおして、魔人を見る。
「その通り。これが切り札です。『超越移行』!」
魔人が宣言する。
次の瞬間、内側からあふれ出している魔力の質が、全て最高レベルの物に変わった。
体の傷が一瞬で回復し、スーツの傷は全て治っていく。
刀身が砕けた剣は、赤黒くまがまがしい光を溢れさせながら再構築された。
「……ふう。どうでしょう。これが私の切り札です。私を構成する全ての要素の質を限界以上に引き上げることで、爆発的な戦闘力を発揮します」
「ほー……」
「本来であれば、限界値まで引き出す『最高値移行』と呼ばれるスキルです。ダンジョンマスターなら全ての者が持っているスキルですが……私はありとあらゆるスキルを習得せず、『最高値移行』にポイントを全て注ぎ込みました。結果として手に入れたのは、限界を超えて質を引き上げるこのスキル」
「……で、何が言いたいんだ?」
「私はダンジョンマスター。このダンジョンのラスボスです。私は……このスキルだけを鍛えた、『移行特化型』のスキル構築なのですよ」
ラスボスとまで呼ばれる存在だ。
剣術や魔法、さらには生産系統に至るまで数多くのスキルを取得可能だろう。
おそらく『ポイント』というのは、ダンジョンカードの機能だろう。
経験値か何かをポイントとして変換し、それを何かに交換できる。
それを、この魔人はこのスキルだけに注ぎ込んだ。
「さっきまでの私は、ダンジョンマスターとしては中堅といったところ。それを圧倒できるあなたは確かに優れた存在です。しかし、『移行特化型』である私が力を解放した以上、私の勝利は確定している!」
戦闘力の上昇幅で言えば、確かに秀星から見ても高くなっていると判断できるレベルだ。
「他のスキルにポイントを使わず『中堅』でいられるアンタの努力は認めるが……だからどうしたって話だな」
次の瞬間、秀星は魔人の鳩尾に左の鉄拳を叩き込んだ。
「うっごふっ!」
吹き飛ぶようなことはなかった魔人。
しかし、ダメージはしっかり入ったようだ。
そのまま右手で握るプレシャスを光らせる。
「!」
魔人も持っている剣を構える。
下から切り上げられるプレシャスの刃を、魔人は自らの剣を振り下ろして対抗する。
だが……魔人の剣は、一撃で切断された。
ガシャアアアン!と刀身が地面に落ちる。
「嘘……」
「お前が限界以上に引き出そうが、こんなもんだ。もう終わらせるぞ」
「く、くそおおおおおおおおお!」
拳を光らせる魔人。
秀星はプレシャスを引っ込ませると、自らも右手を光らせる。
双方、拳を一直線に突きだす。
そこにためらいはない。
ただ、魔人には全力が、秀星には失望が乗った真反対のそれ。
衝突し、衝撃で二人が立っている床が崩壊する。
もちろん……ダメージを受けたのは床だけではない。
「グッ……ガハッ……」
魔人の拳から体の内側まで、何かを破壊するように衝撃が貫く。
体の内側から溢れていた魔力が霧散していく。
「こ、この私が……」
「おそらく、限界以上に引き出したときのアンタの実力は、他のダンジョンマスターより強いんだろう。だがすまんな。俺は元から、それよりも強い」
「はぁ、はぁ……や。やってられませんねぇ……」
魔人はそう言い残して、霧散して消えていった。
「……はぁ。期待するだけ無駄か」
秀星は空を見上げる。
魔人はこのあたりを支配していたダンジョンマスターである。
その支配力が影響し、空は暗かった。
しかし、そのダンジョンマスターがいなくなったことで、空は晴れていく。
「青空……か。この星に来てからずっと見てなかったから、とても綺麗なんだが……何かを成し遂げた気がしないのにこんなものを見せられてもねぇ……」
世界というのは残酷である。
しかし、時々、本当に美しいものを見せてくれる時がある。
それがあることは知っている。
手に入れたことがないわけじゃない。だが、しっかり何かを成し遂げた自覚がないと、それはむなしいものだ。
……初めて見た時のあの感動は、もうないだろう。
「おい、帰るぞ」
転移魔法で付いてきた少女のところに来る。
だが、少女は秀星の声が聞こえていない様だ。
少女の目の先にあるのは、空いっぱいに広がる青。
今まで空は分厚い黒い雲に覆われて、『空が青い』ということすら知らなかったのだ。
だが、少女の目には、青空が……本当の意味で雲一つない、青空が映っている。
(初めて見た時の感動。か……)
少し、離れておくことにした。
どこか……細かい部分でズレているところがある秀星も、涙を流している少女を見続けるほど、雰囲気が読めないわけではない。




