第九百三十三話
(いったい何なんだ。この戦いは)
付いてきた少女は内心でそうつぶやいた。
最上階の大部分が吹き飛んでしまったので遠くから観戦することにして、こうしてみているわけだが、正直、理解することはできない。
少女は自分が用意できる一番強い毒が使われたナイフを構えている。
これを使ってダンジョンマスターを倒すことができれば、故郷のアジトがある場所は解放される。
そう思って握りしめて持ってきたナイフだが、戦いを見ていると、どうやらそれは単なる願望だったのかもしれない。
そう思えるほど、目の前の戦いは激しさを増している。
二人は今、ただ、剣を振っているだけ。
魔法は使っていない。銃を構えてはいない。剣を握って、それで戦っている。
しかし、それだけで嵐が発生しているかのような衝撃をあたりにまき散らす。
正直巻き込まれかねないので少女は遠くに離れて観戦することにしたわけだが、愕然とするしかなかった。
(……私にもあれほどの力があれば)
少女は秀星を見て、そう思った。
何でもできるだろう。
何かを守ることも、壊すことも、生み出すことも、殺すことも。
自分がルールだと言わんばかりの実力と性能。それを発揮して、ただただ自分の意見を通す。
誰もが憧れるような力だ。
……まあ尤も、誰もが秀星のような力を手に入れられるとなれば、『それができれば苦労はない』とかそれ以前に単なる地獄だが。
(異星人だといっていたな。よくわからないが……要するに、この星の出身ではないんだろう。なのに、人間をダンジョンの支配から解放するために戦っている。使命感も義務感もない。単なる暇つぶし。まだ偽善と酔狂であればよかったが、あそこまで何も感情をあらわにしないとなれば、とっくの昔に『戦いに喜びを見出す段階』はすでに通過しているのだろうか……)
秀星の表情は変わらない。
いや、厳密には全く変わらないわけではないが、人間らしい感情の『揺らぎ』というものは、今のところ見えてはいない。
戦い続けてきた中で、理不尽さというものを何度も見て、そして理解してきたはずだ。
あれほど強ければ、きっと、誰にも見えていない世界が見えている。
きっと、今の自分はとても小さなものしか見えていないだろう。だが、人間もダンジョンマスターも、そんなちっぽけなもののために戦っている。
秀星からすれば、『見ていて滑稽』とまではいわないが、少なくともそれに混ざろうと考えるような『意義』を見出すことはできないだろう。
今のノアスフィアの状況すらも、彼にとっては珍しいことではないのだ。
どんな世界でも、いずれ起こりうる可能性の一つでしかない。
予想を超えていることはあっても、想定の外には出ていない。
ダンジョンに支配された惑星すら、そういうものだと理解している。少なくとも少女からはそう見える。
(強いな……)
少女はここまでくる道中、秀星に聞いた。
強くなるというのは、どういうことなのかと。
秀星は『こんな世界でその問いを出した』ということを考慮して、簡潔に答えた。
今自分が大切だと思っているものが、小さなものに見えるようになるのが、強くなったということだと。
(はぁ。嫌だなぁ)
人間にとって過酷であるノアスフィア。
今ある物を本当に大切にしなければ、とても生きてはいけない。
嫌だなぁ。と、少女は思った。




