第八百六十五話
「おいラターグ。さっきは散々自慢してくれたなオイ。ぶっ潰すぞゴルア!」
ヤンキーみたいな金髪リーゼントで、黒い改造学ランを着用した男が乱入してきた。
黒サングラスをかけており……金属バットが新品のように使われた形跡がない。
「……ラターグさん。あの人は誰ですか?」
「更生神バルドだよ。あと言っていなかったけど、第一世代型の上位神です」
「へぇ……え、上位神なのに、最高神であるラターグさんに対抗できるアイテムを作ってたんですか!」
「うん。ああ見えて結構いろんなところに気を配れるからね。学ランもクリーニングしたばかりでピカピカ。肌のケアも万全でシャンプーとリンスも高いものを使ってるみたいだよ」
「……洗剤代金が高そうですね」
「だね。まあそんな感じだから、上位神だけど僕に対抗できるアイテムを作れていたわけさ。人を見るセンスはないけどね」
やれやれ、とばかりに手をひらひらと振って挑発するラターグ。
バルドは眉間にしわがビキビキと集まっていく。
「おいラターグ。お前には散々煮え湯を飲まされたからな。ここで一度、ぶっ潰してやる!」
「煮え湯を飲ます?……ああ、確かに、一度は親しい関係だったね。今でも僕は君のこと大好きだけどね!」
「……(怒)」
ラターグにとってバルドは良い遊び相手のようだ。とても楽しそうである。
ただ一点、ラターグがとても楽しそうな場合、その遊び相手は大体キレていることが多いのだが、こればかりはラターグの性格の問題である。高志や来夏のような連中と同系統の話だ。
「もう許さん!いくぞおらああああああああ!」
金属バットを取り出して突撃してくるバルド。
「ハッハッハ!……ぶっちゃけ君との近接戦闘は嫌だなぁ。更生神である君の攻撃を受けると浄化されちゃうもん」
わざわざ『浄化』という言葉を使うラターグ。
「ラターグさん。汚物の自覚があるんですか?」
「椿ちゃんも中々辛辣だね……」
友人はいても味方はいない。それがラターグの人脈である。
それはともかくとして、バルドが振り下ろしてくる金属バットに対して、ラターグは枕を出現させてガードする。
……更生神の武器である金属バットを堕落神が枕でガードする。
字面にしてもあまり理解可能な感じにならないが、実際に絵面にされてもわかりにくいだろう。
「チッ。さすが堕落の本体。俺の『改心バット』でも一発じゃ無理か」
「まあさすがにその程度でどうにかなるほど僕の精神は下の下じゃないさ」
「自覚あんのかよ」
「当然さ。あと、そろそろ引いたらどうだい?最高神である僕の方が『力の密度』は高いんだ。そろそろ君も僕の仲間になっちゃうよ?」
「少なくとも歓迎はできないですよね」
「君は誰の味方なんだ……」
「ていうかなんでその娘はお前と一緒にいても平気なんだよ」
確かに。
現在、椿は堕落神の力に対抗できるアイテムを身に着けていないことは確かである。
「む?私の体質ですかね!」
そういって胸を張る椿。
……沖野宮高校の制服の上から黒いロングコートを羽織っているが。胸の下にベルトがあるファッションゆえに大きな胸が強調されているため、ちょっと揺れた。
「……まあ、胸がでかくて身長が低くて、なんかバカっぽいもんな」
「ぷううううっ!バカとは何ですか!身長は仕方がないですが、この胸はお母さん譲りですよ!」
「そ、そうか……」
「お母さんはバスト95のGカップでボインボインですからね!……痛いですうううううううう!」
突如出現した風香が椿の頭をグワシィ!とつかんでアイアンクローを炸裂させる。
「ねえ、椿ちゃん。ちょおおおおおっと静かにしてもらえるかな?」
「お、お母さん!?ものすごく笑顔ですけど目が怖いですよ!?」
とても笑っている。
……のだが、目だけはこの世の地獄でも宿しているかのように怖い。
「ワカッタ?」
「わ、わかりました!次から気を付けますううううう!」
「ならよし」
パッと放して開放する風香。
「うううう……あれ?お母さんは?」
椿の前にいたはずの風香がいなくなっていた。
「さっきのは風香ちゃん本人の魔法で作られた幻影みたいなものだよ」
「アイアンクローは現実でしたよ!?」
「風属性魔法だったな。それくらいできるんじゃねえの?」
バルドの言う通りだろう。
所詮、目に映るものというのは単なる可視光線の波長でしかないのだ。
いくらでもやりようはある。
「っと。忘れてた。死ねラターグ!」
「うわっ!」
バットを引いて、振りかぶって連続で叩き込んでいくバルド。
ラターグはそれら全てに対して、枕を使って防御していく。
ボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフボフッ!
……誤字ではない。少なくともキンキンッ!ではないからね。
「反応速度は最高神らしく備わってる……てか思ったより効き目が薄いな。筋力貧弱の癖に!」
「ハッハッハ!この枕は衝撃エネルギーそのものを堕落させる力と真面目に戦う相手のイライラゲージを上げる効果が備わっているのさ!」
「ネタ枠を盛り込まねえと気が済まねえのかこの粗大ゴミが!」
というか、ラターグは寝具を戦闘に使う場合、基本的にまじめに戦っている相手のイライラゲージを増幅させるという説明を行っている。
まあ、仮にその機能が備わっていなくとも、ラターグ本人の性質の問題で大体イライラするけどね。
今も盛大にドヤ顔だし。
「ハッハッハ!僕は人生というものを芝居小屋だと思っているのさ。テストだと思っている君とは違うんだよーん!」
そういって、ラターグは枕ではなく指一本でバットを止めて、そのままバルドの胴体に蹴りを入れる。
「ぐっ……がはっ!」
そのまま『まるで防御力という概念が適用していない』かのように飛んでいくバルド。
「バルド君。別に私怨でかかってくるだけならいつでも受けて立つ。しかし、真面目に僕に勝ちたいのならそれ相応の準備をしてくるんだね」
「チッ……何だ今の蹴りは……身体能力がゴミじゃなかったのかよ……」
「違うさ。少しだけ僕の『脆さ』を『脆弱』にしただけ。まあ、マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるようなもんだよ」
「何でもアリだな……」
「堕落という力に汎用性がないとでも?そんなはずはないさ」
ニヤニヤと笑うラターグ。
バルドの額に汗が流れる。
誰がどう評したとしても関係ない、『事実』が一つだけある。
それは、ラターグはこの次元の中で圧倒的な『強者』であるということ。
「……堕落って『マイナスを掛ける』力なんですか?」
「『悪性』というものはそういうものさ。例えば、とても優秀な人間がその頭脳を正しいことに使ったとしよう。もちろんそれに適した『倫理的に正しい大きな結果』がもたらされる。なら、その頭脳を悪いことに使おうとしたら、そのぶん『倫理的に正しくない大きな結果』をもたらすことができる。そういうものだからね」
「むうう……言っていることそのものは特に難しいものではないですね」
「そういうものさ」
ラターグはニヤニヤしたままバルドを見る。
「まあかかってきな。堕落と更生、どっちが強いか教えてあげるよ」
「更生のほうが強い方が世の中平和ですよね」
「認めよう」
楽しそうに、本当に楽しそうにバルドに向かって歩いていくラターグ。
秀星もそうだが、ラターグは『答えにたどり着かないような抽象的すぎる議論や考察』が大好きなのだ。
新しい価値観を手に入れることができるものの、何かを生み出すわけではないそれがとても大好きなのである。
そしてその『議論と考察』を続ける趣向と、『堕落』の力はあまりにも密接にかかわりすぎているのだ。
「チッ……おらあああああ!」
バルドはバットを構えてラターグに襲い掛かる。
手にしている金属バットには神力の光があふれており、本人の力である『更生』の力が宿っているのは明白だ。
ラターグは楽しそうに微笑むだけ。
基本的に『同程度の実力を持つ神同士』であれば、じゃんけんゲームである。
今回のような『相性』が明白になっている場合、その戦いは『議論』になる。
じゃんけんで例えるならば、時間が許す限り、相手の手に勝ち続ける後出しじゃんけんをやるようなもの。
言葉で語るのならいたちごっこになるだろう。
ラターグとしてはそれもまた求めていることだが、お互いに司っている存在なのだ。
であれば、直接対決による議論もまた楽しい。
しかし……
「残念、バルド君。君が作った腕輪を持つ秀星君なら楽しいけど、君はつまんないや」
純粋な力は関係ない。
ラターグの『議論』に参加できないありとあらゆる価値観は全て、ラターグには通用しない。
拳を握ると、これまでの彼ではありえないような速度でそれを突き出す。
その拳はバルドのバットを正面から粉々に砕いて、そのままバルドの顔面を貫く。
「ぐほああああああ!」
おもしろいくらいふっとんだバルドは、そのまま転移術式が起動して消えていった。
「ら……ラターグさんって強いんですね!」
「強いというよりは頭にいろんなことを詰め込んでるだけさ……さっきから周りの雰囲気が衰えてるし、そもそも一時間しかないからなぁ……あと戦うのは一回か二回ってところかな。ていうか、知り合いの神や神祖がほぼ来てないんだけど……」
ラターグがどうしたものかと思った時だった。
「なるほど、なら、最後に私を相手にするか?」
「!」
ラターグが振り向いた先にいたのは、真っ白のロングコートを身にまとう青年。
髪も瞳も白く、かなり『異質』な印象がある。
「……僕の予想だと、君が表舞台に出てくるのはもうちょっとあとなんだが……レルクスに何を言われたのかねぇ」
「残念ながら、今回ばかりは君の予想が外れている。レルクスは関係ないよ」
そういいながら、手に剣を出現させて歩いてくる青年。
「あの、ラターグさん。あの人は……」
「はぁ……よりによって、といったところかな。なんで椿ちゃんがいるときに来るのやら……」
ラターグは呆れたように溜息を吐いた。
「大罪神祖フォルノス……秀星君の師匠であるミーシェが在籍する『運命派』のリーダーさんだよ」




