第六百六十四話
「むうう!……む?ラターグさん!」
椿は入ってきたラターグの存在にすぐに気が付いた。
「……気配を消していたはずなんだけど、なんでわかったの?」
「ラターグさんは真面目なことをしているときも遊んでいるときも『なんだか面倒だなぁ』って思いながら戦ってるので、若干他と空気が違うんですよ!」
気配を消す。
言葉にして並べればそうでもないが、実際にやるとなれば難しい。
そもそも人間が他人の気配をどのように感じ取っているのか、そしてその読み取れる気配というのは自分からどのように発信しているのか。
それらを完璧に理解している必要があるのだが、ラターグや秀星は『気配を消す』のではなく『気配と溶け込ませる』という手段によって、周りの空気と同調することで気配を読み取られにくくしている。
しかし、ラターグの場合、自分の気配を空気に溶け込ませたうえで、『面倒だなぁ』と感じているので、余計にそれが悟られやすいのだ。
……とはいえ、ラターグは第一世代型の最高神。自分の怠惰の精神を体の内側に抑え込んで、読み取られないようにすることは造作もないのだが……。
(椿ちゃんの上限を見誤ったということもあるけど、それと同時に、僕も下限を下げすぎたかな)
ラターグは何となくそう思ったが、これ以上その話題を言っても話が進まない。
「……なるほど。覚えておくよ。それで、椿ちゃんはなんでスタジアムに入ったの?今のところ、神じゃない人間で入ってきているのは椿ちゃんだけだよ?」
「未来のお父さんから、『真剣勝負じゃない神との戦いは経験しておいて損はないぞ』と言われていますからね!」
「なるほど」
ラターグも一応それには賛成する。
未来の秀星の立ち位置は不明だが、どうやらそう思うところが何かあったらしい。
剣術神祖のミーシェを師匠とする秀星が言うのだからそういうものだろう。
「……ん?」
ラターグが振り向くと、その先から炎の槍が飛んできていた。
「あわわわっ!とんでもない大きさと密度ですよ!?」
「……フッ!」
ラターグは思いっきり息を吹きかける。
それだけで、炎の槍は消えていった。
……風に吹き消されたというよりは、炎そのものから力が失われたように見えなくもないが。やったのがラターグなので何をしたのかは一目瞭然だろう。
「この場でこんな粗末な遠距離攻撃をしてくるやつがいるとはね」
「え、さっきのってそんなに悪い魔法ですか?」
「少なくとも使い方は最悪。そもそも神々っていうのは、飛んできた遠距離攻撃を好き放題に改造して、そのまま跳ね返すことなんて普通にやるからね。遠距離攻撃をする事そのものは悪いことじゃないんだけど、情報的に守られていない魔法なんて目くらましにもならないのさ。神になったばかりなのかねぇ……」
ラターグはそう分析する。
神々の力というものは汎用性が高い。
しかし、その影響範囲というものは、自分の手から離れた瞬間から失われていく。
しっかりと他の神に奪われないようにセキュリティを組み上げて使わない場合、他の神がそばにいたらその所有権はほぼ間違い無く奪われると思っても間違いはない。
先程のラターグは堕落の力で衰えさせることで消滅させたが、やろうと思えば、あたった瞬間に堕落の力が拡散する槍に変更して打ち返すこともできた。
まあ、その手のキャッチボールに興味はないし、なにより面倒なので消滅させたが、そもそも遠距離攻撃というものに対して、大した期待をしないのが戦い慣れた神である。
「神になったばかりの人は遠距離攻撃を使いたがるんですか?」
「それしか鍛えてないっていう人が多いんじゃないかな?神として名をもらったあと、強力な力を使えるようになる。手っ取り早いのは、その物量作戦による殲滅だからね。僕も若いころは大変だったよ」
「へぇ……」
「更生神が自分の力を込めた腕輪を大量に販売して、単純に堕落の力をばらまいてもなんの意味も持たなくなったんだよね……」
「あっはっはっはっは!」
椿。爆笑。
(しかも秀星君。プレゼント作成のバイトで手に入れた金で、更生神が作ったその腕輪を買いやがったんだよなぁ。独自に改造して市販品よりもその性能がものすごく上がってるし……なんでわざわざ『僕対策』をするのかなぁ。ひどくない?)
それはラターグの普段おこないが悪いのと、力の質がはっきりしすぎているせいである。
「では、ラターグさんの力って、天界ではちょっと効きにくい部類に入るんですか?」
「いや、僕だってその更生神の腕輪の対策をしないわけじゃないからね。分解してその構造と機能を理解したあと、『堕落の力バージョン2』を作ったりしてたし」
迷惑すぎる。
「ただ、それだと更生神のほうも新しい腕輪を作る必要がある。しかし、そうなると前の腕輪の在庫を抱えることになるでしょ?」
「そうですね」
「だから、新しい方の腕輪を解析して穴をついて、『前の腕輪でなければ防げない力』を僕が開発したんだ。それによって在庫を抱えることもなくなったんだよ。優しいでしょ僕」
「詭弁ですね!」
「はっはっは!よのなかそんなもんだよ!まあでも実際、更生神の方はそれで実力をつけたんだし、一部、僕に感謝しているんじゃないかな?」
「いい迷惑ですね!」
「そういうことさ。で、最初はあいつ一人で腕輪を作ってたんだけど、あまりにも注文が多くなって、途中から融資を募るようになったんだよね」
「へぇ……」
小さくやる分には成立しても、需要が大きくなれば対応しきれないキャパシティというものが存在する。
というより、ラターグ自身がかなりめざといので、一度揃えようとしたら『全員に対して配備』する必要があったからだ。迷惑である。
「最終的に株式会社を立ち上げたよ。僕の力に対抗できる腕輪の開発と製造と販売だ。堕落の力が関係なくても、黎明期から存在して、不労所得で荒稼ぎする僕を毛嫌いする人はたくさんいたからね。当然、出資者は多かったわけさ」
「へぇ……」
「で、僕はその会社の株式を、当時三割持ってました。まあ、実質という数字だね。僕の息がかかった人たちに買わせてただけだし」
「!……敵対組織を利用して不労所得で稼いでたんですか?」
「そのとおり。僕は天界で好き放題やっていただけで、それに対応する組織が研鑽を積んで会社が大きくなっていく。実際に僕の力が通用しない事例も増えていたから、会社の信用もあがって株の値段も上がったんだよ。いやー。あのときは稼げたなぁ」
「というよりラターグさんの力が厄介すぎますね」
「でしょ?で、最終的には僕が力の開発をやめたことと、いろんな次元の娯楽のレベルが上がって、別に外に出なくても楽しめる世の中になって外出しなくなって、僕の力に対抗する会社の力が相対的に弱くなったんだよね」
「ふむふむ」
「空売りして大儲けしました!」
「ひどすぎますよ!」
結論から言えば、ラターグは金の構造というものを理解している。
加えて、そのラターグの話についていける椿もまた、ある程度わかっているのだろう。
「ん?今度は隕石が……おりゃ!」
神々の中では身体能力が低めのラターグのへなちょこパンチが炸裂。
まあそれに大した意味はない。
堕落の力を飛ばして、隕石を粉々にする。
「さてと、ここには更生神が作った腕輪を持っているやつは少ないらしい、楽でいいねぇ」
「そういえば、さっき言った株式会社はどうなったんですか?」
「天界の教育現場に吸収されたよ。だから、神兵とかは持っていたりするんだよなぁ。だけど、最近なったばかりの神のほうが持っていなかったりするんだよね。まじで本当に楽です」
「むう、私も買ったほうがいいですかね?」
「いいんじゃない?買う買わないは自由だよ」
「それもそうですね!」
自分に対する対抗アイテムを買うかどうかの判断に対する返答ではない。
「……ちょっと思ったんですが」
「なんだい?」
「堕落であるラターグさんと同系統の能力……怠惰とかそういった力を司る神々にとっては、今の天界って地獄じゃないですかね?」
「否定できないね!」
とにかく『怠ける』ということに対する対抗アイテムが作られて、その性能がインフレしている天界。
なるほど、ラターグのような悪党ならともかく、小賢しい程度の神々にとって、天界はまさに地獄である。




