第八百五十三話
「あー……ここからここまで全部持ってきて!」
「は?」
秀星が居酒屋に入って聞こえてきた最初の声がそれであった。
明らかに頭がおかしいと思っただろう。
まあ、何をやらかし始めるのかわからん白い特攻服を身にまとっている割に愛嬌のある表情としているので、店員はいうほどビビっているわけではない。
というより。スタジアムの近辺にいたのなら、休み時間にちょっとクリスマスイベントのページを見たら高志の姿を確認できるだろう。ほぼ酒盛りの様子しか確認できないが。
「大丈夫大丈夫!全部食えるし、金も持ってるから!」
そういう問題ではない。
……いや、本質的な問題はそこに帰属する可能性はあるが、店員としてはそこが原因だと思うのだ。
「……あの、とりあえず店長に言ってみます」
正しい判断である。見たところ店員さんはバイトだが、末端の判断でどうにかできるような人間ではない。
「父さん。何やってんの?」
「お、秀星。お前たちもこの店に来たのか」
高志が振り向いた。
それに合わせて来夏もこっちを向いて、沙耶は興味深そうに壁の写真に写っている『チャレンジメニュー!特盛エクストリームパフェ!!』を見ている。あ、涎が出始めた。食べる気なの?
「というより、父さんたちが入ったから俺たちも来たんだよ。きっとロクなことにならないからな」
「ああ。違いない!」
さすが確信犯。予定調和のように秀星の神経を刺激してくるが、それに乗っているほど秀星の沸点は高くない。
「ていうか何だよさっきの注文。どの範囲からどの範囲なんだ?」
「そんなのメニューの最初から最後までに決まってるだろ」
高志がそういうと、隣にいる椿の顔が動いたのを感じた。
その視線の先に目を向けると、『古今東西、多種多様な料理が充実!あなたの好みは必ずあります!』と書かれたポスターがあった。
従業員の負担がとても大きそうな内容だが、おそらくかなり機械で自動化されているのだろう。でなければバイトから店長に苦情が入るレベルだ。
「……どれくらいの量なんだ?」
「見た感じざっと計算したら四十キロを超えるな」
「メニューが多岐にわたりすぎだろ」
「いや、セットメニューとかコースメニューとかいろいろあるからな。それを合わせたらそれくらいになるぜ?」
「セットメニューなんだから一個でいいだろ……」
「どうせなら全部食べた方だ良いだろ!」
良いということはない。クリスマスイブというただでさえ人が集まるのに、そんな迷惑な奴がいてたまるか。
と思っていると、店長がやってきた。
おそらく三十代後半くらいであろう男性である。
「あの、お客様。メニュー全てのご注文とのことですが……」
男性は頬がぴくぴくしている。
(あ、多分、イベント中の父さんの様子を知ってるな。この人)
秀星はそう思った。
秀星は指をパチンと鳴らして、セフィコットを三体ほどポンポンッと出現させる。
「あの、こいつらを使ってください。マジでいないとやばいと思うんで」
「あ、ありがとうございます」
高志のことをイベントで知っているということは、それにかかわるセフィコットのことも知っているはずだ。
……正直、バイト民全員とセフィコット1体を比べてもセフィコットの方が仕事をこなせる量が多いのだが、さすがに電話対応はできないのでそれはそれである。
「あと、この三人の注文にしか対応しないように設定してるので、そこは勘違いしないでくださいね」
「わかっています。この三人をどうにかできるのであれば、問題ありませんよ」
「というわけで、あなたは今すぐ電話を取りに行って、追加の材料の発注をした方がいいですよ」
「はい。そうさせていただきます」
セフィコット三体を抱えて裏に行った店長。
話がすんなり通じる人でよかったと思いながら、秀星は溜息を吐いた。
「さてと……風香、椿、別の店に行くか」
「……そうだね」
「?」
明確に言葉にできるわけではない。
ただ、その言葉にできない何かを風香は分かったようだ。
椿にはわからないみたいだけどね。




