第八百四十三話
椿がチーン!とティッシュを鼻に当ててかんでいる。
セフィコットは何となく、それをじーっと見ていた。
「む?セフィコットさん。いたんですか?」
「!」
そのときになって、セフィコットは自分の『隠蔽の意識』が抜けているのがわかった。
セフィコットの姿が見えていたほうが都合がいいこともあると判断して、『意識しているときは隠蔽効果が発動する』という機能が備わっている。
ぬいぐるみだが基本的に『マルチタスクが可能なAI』が搭載されているのでこのようなことが可能なわけだが、意識が抜けていたようだ。
椿にヒラヒラと手を振ってササッと退散する。
「?……何だったんですかね?」
「さあね」
わかってないような返答をする風香だが、なんとなく気持ちはわかっていた。
椿が鼻をかむというのはかなり珍しいのである。
風邪をひく様子はないし、花粉症でもない。
ティッシュは持ち歩いてはいるものの、基本的に使わないのだ。
ビデオを持ち歩くセフィコットがなんとなくで向けるのもわからなくもないのだ。
「むう……まあとりあえず、あれがお父さんが出てきた建物ですね!」
椿と風香の前には、秀星が出てきたという情報がある建造物があった。
外見としては、質の高い一軒家といったところか。
庭が少々広く、戦闘すらできそうな作りになっている。
……表札があって、『朝森』と書かれているが、凝りすぎだろう。
「あの家に、お父さんを倒すことができるアイテムがあるはずです!じゃないと勝てないです!」
清々しい諦めっぷりだが、生まれた時から秀星を見ているとなればそう思うのも無理はない。
というわけで、椿は庭を囲んでいる壁の上に飛び乗った。
風香もそれに続く。
「庭に何か罠が仕掛けられているようには見えませんね……」
「あの家の中で仕掛けが用意されているってことかも。それか……アイテムが入っている宝箱に仕掛けがあるとか、そんな感じかな」
「むう、確かにそうだと思います。というわけで……ここは問題がないので突撃ですうううう!」
そういって庭に下り立った椿が、全速力で走り抜けていった。
「……元気だねぇ。椿ちゃん……!」
風香は椿の前を見て気が付いた。
誰かの雰囲気を感じ取ったからである。
そしてそれは椿も同様。
足を止めて、刀を抜いて構える。
「……残念ですが、この家の守護者は私です」
「セフィアさん……」
朝森秀星のメイド。セフィアが椿の前に下り立った。
「セフィアさんが相手になるということですね」
警戒レベルを上げる椿。
未来でセフィアが椿にどれほどの実力を見せているのかはわからない。
だが、セフィアは秀星が所有する神器の『最高端末』であり、さらにほかの神器と組み合わせて相乗効果で圧倒的に強くなっている。
油断していい相手ではない。
このイベントの参加者に、『セフィアっていう秀星のメイドがいるんだけど、油断できる?』といって首を縦に振るような人間はいないだろう。
「ただ、イベントですから、ほかの神器は関係なく、私自らのスペックのみで戦うように指示を受けています」
「でも、『最高端末』が出てくるということは、裁量の範囲内で加減するつもりはないということだね」
「当然です。この家は秀星様の別荘扱いということで、メイドである私が守っているという設定です。主人の家を守るのに妥協するメイドはいませんよ」
正論である。
こうなると相当強いだろう。
「……む?」
ただ、椿は何かに気が付いたようだ。
「どうしたの?椿ちゃん」
「私はお父さんの娘です!そしてここはお父さんの別荘扱いです!なら、私は素通りできるはずですよ!」
風香は『なにそのルール』と思った。
確かに椿は秀星の娘である。
現実的に言えば、確かに秀星が地球のどこかに別荘を作ったとして、そこにセフィアの端末を置いて手入れをさせていたとするならば、理由はともかく訪れた椿を拒むことはないだろう。
だが、これは一応、秀星を敵としたゲームなのだ。
「確かにそうですね」
「……」
ほぼ即答するセフィア。
風香はモノローグを返せと思ったが、どうやら通るらしい。
これはどういうことなのだろう。椿ルールだろうか。
「あの、宝箱とかにいろいろギミックがあると思いますが、その仕組みを教えてくれませんか?」
「すべて教えましょう」
「……」
世の中、潜在する敵というものはわからないものである。
なんとなく、風香はそう思った。




