第八百三十七話
風香の援護を受けた椿だが……めっちゃ強い。
そもそも椿が戦闘中は無駄のない動きをするということが土台になって、そこに秀星ほど雑学がなく、かつ性格の悪い風香の風属性のサポートが乗っかることで、椿の一つ一つの動きの『出力』が増加するのだ。
しかも、風香は椿の鍛錬をよく見ている。
当然、椿の戦術やその理をある程度ではあるが理解しているのだ。
素直すぎる椿の裏に混ざる悪質な風属性の補助。
強くなるとかそういうことではなく、相手がグーを出しているからパーを出すような、そんな『勝つ』という意志が見える攻撃なのである。
正直、相手からすればめんどくさい。
椿自身の戦術は無垢で素直なのに、その母親の性格が悪いだけで変な癖が乗るのだ。
しかも、ガチ勢の人間たちも、一度、風香に負けている場合がある。
流石に自分に勝った者が後ろに控えているとなれば意識しないわけにも行かない。
とまぁ、そんな感じで、強いというよりタチがわるい。
そしてそれが……椿にも負けたことがあるとなれば尚更だろう。
「チラチラっていうか、モロ見えてる風香がウザいな」
天竜院千秋は、重力を操る魔法を使いながら刀を振るっていた。
バトルロイヤルで椿に負けたことがある千秋。
一応、今戦っている椿はその時とは違って『眠っているときに発揮された戦闘力』はないが、それでも『無刀神風刃』が頭から離れないのだ。
しかも、風香はそのバトルロイヤルではボスキャラ扱いで、千秋は参加者側。
戦闘力に開きがあるのは当然だろう。
これで意識しないというのは無理な話である。
神器を持っていないのに神器を持っているものと同じ扱いになるということの本質は見えていないので、後ろにいる風香が鬱陶しいのだ。年下のくせに。
「むっふふーん!千秋先輩は強いと聞いていましたが、おかあさんといっしょなら負けませんね!」
「……」
あと、ほぼ寝ていながら千秋に勝った椿は、『無刀神風刃』を使ったことを覚えていないようだ。ついでに千秋に勝ったことも覚えていない。
これには苦笑するしかないが、目の前にいるのは『朝森』椿だ。未来の秀星がどんな『仕込み』をしていたとしても不思議ではない。
不思議ではないのだが……。
「このまま押し勝ってやります!」
素直な年下相手にビビり続けるというのは千秋としても気分が良いものではない。
(ていうか、なんで風で重力に勝てるんだよ……)
知らんな。
人間も物理法則も重力に依存しなければならないのは認めるが、『風香が使う魔法』はその限りではないというだけの話なのだ。
ただ、重力を弄って『落ちる方向が変わった』と思っているときに変わらなかったら心臓に悪いのは事実である。
戦いにくい最も大きな理由はそこである。
……まあそもそも、常識と社会的通念と論理的整合性は朝森家の周囲では無いようなものだ。とらわれてはいけない。
(ただ、風香は仮に椿が倒されるとしても、ゲーム上なら思うところはあっても表には出さないはずだ。気にせずやろう……気にせずやって勝てない可能性もあるんだが……)
風香は意外と私情を持ち込まないタイプだ。
……まあ、秀星もゲーム上の勝敗にそういった私情など持ち込まれてはたまったものではない。
だって……一人の学生である千秋にとっても、今回のイベントの報酬って大したことないもん。
「ちょっとこっちも出力上げていくぞ」
「かかってこいです!」
生年月日でいうと椿は二十歳くらい年下です。
千秋は刀を鞘に納めて、すぐに、唾をチンっと鳴らした。
椿は何かに気が付いたようで上半身を下げると、そばにあった空間がゆがんだ。
……いや、空間がゆがんだというよりは、重力がその空間でいじられたせいで、光の通過が通常と大幅に異なったといいうべきか。
椿は人工重力の影響範囲から離れると、即座に突撃。
千秋に向かって突撃して、刀を振り下ろす。
だが、千秋は『刃の周囲の空気が屈折している』状態で、椿の刀とつばぜり合いになった。
椿の刀に意味不明な力のかかり方がしたが……椿の刀は無傷である。
(意味不明だな。うん)
もう一度言うが……常識と社会的通念と論理的整合性は朝森家の周囲では無いようなものだ。とらわれてはいけない。
どうしたものかと悩む千秋であった。




