第八百三十六話
椿の目が『><』となって、口が『×』となった。
左手には小皿があって、右手で箸を握っている。
凄く酸っぱい梅干しを食べたような顔になっている。
というか食べていたのだろう。
「フフッ」
その顔がツボにはまったのか、笑った風香。
「この梅干し、とても酸っぱいです!」
プンプンッ!となっている椿だが、実はこれ、『梅干しチャレンジ!』というセフィコットがガチ勢の塔で運営しているミニイベントの一つなのである。
スコア120を支払うことで参加できるミニよりも小さい表現が似合いそうなもので、『30秒以内に種以外を全て食べる』という内容のチャレンジに成功したとしても、もらえるのは記念でもらうようなものである。
まあ、セフィコットが独自に運営しているものなので、複製不可のマジックアイテムだ。希少性と研究材料としての価値は高いが、道具としての実用性はあまりないものである。
「まあ、梅干しだからね」
しかも『それって何年つけてるの?』と言いたくなるような梅酢で満たされた壺から、取り出されてそのまま小皿に置かれるのだ。
何をどう考えても『これはヤバいでっせ!』となるようなものだが、椿はなんと、それは丸ごと口に放り込んだのである。
一瞬『ブフッ!』と吹き出したが梅干しを吹き出すことはなく、そのまま目が『><』となって口が『×』となったわけだ。
「お母さんもやってみますか?」
「私はやらないよ」
即答である。
まあ、こればかりは椿の誤爆でしかない。風香まで付き合うつもりはないのだ。
「それにしても、こんなミニイベントがガチ勢と言われるような塔にあるなんてね……」
正直、戦闘用アイテムの補給のための要素は用意されていると思ったのだが、それ以外にもいろいろあるようだ。
「むうう……息抜きですかね?」
息抜きで梅干を食べさせる主催者って結構悪意あると思う。
と考えてから、風香の頭にはアトムが思い浮かんだ。
……悪意あるわ。絶対。
(セフィコットたちが店を開く場合、セフィコットたちが協議して店を決めることがほとんどだけど、どのような店を出していいのかっていう根っこの部分はアトムさんたちがルールを作ってるはず。根っこの部分はアトムさんか……)
ただ、どのような店を出していいのか。ということを示されているはずではあるが、だからといって参加者のことをしっかり考えているかと言われればそういうものでもないだろう。
セフィコットたちやその他のシステムを使って、ごく一般的なバトルロイヤルにポイントチケットのシステムを作り出すような男が秀星だ。
『このようなことをして』と言えばわざと拡大解釈するし、『これをするな』といってもあの手この手でだましだましやりながらやりたいことをやり続ける。
秀星はアトムを上司にしたくはないだろうが、アトム自身、秀星を部下にはしたくないだろう。
だが、イベントの運営側のポジションにどちらも所属し、そしてその最高責任者がアトムで、その下の『安全管理委員会』に所属することになったのが秀星である。
世の中上手くいかないものだ。
「それで、次はどこに行く?私はもうかなりスコアを稼ぎ終わったから、ここからは適度に戦っていく感じでいいかなって思うけど」
「むうう……私もこの塔で活躍したいです!」
むふううううん!と強引に説明できなくもない仕草でそんなことを言う椿。
「なるほど……わかった。私が援護してあげるから、ここでいっぱい戦っていこうね」
「はい!ここには強い人がいっぱいいますからね!お風呂に入ってさっぱりしたので、ここから無双してやります!」
元気いっぱいの椿。
まあ、飯を食べて、一杯動いて、そしてお風呂に入って、酸っぱい梅干を食べたことで意識が覚醒したのだろう。元気モリモリのようだ。
笑顔でそれについていく風香も、一応個人的には『一段落終わった』といったところだろう。
母子の探索はまだまだ続く。




