第八百三十四話
(まさか。僕に勝てないのはともかくとして、こちらも全力以外だと決定打がないとは思わなかったなぁ)
海道正哉は、風香と基樹、椿と別れた後、塔の中で他のイベント参加者を倒しながらスコアを稼いでいた。
ちなみに、現在は外套を身にまとっておらず、持っている剣は金色の刀身ではなく普通の鉄の色をしている。
ほとんど力を何も開放していない。という雰囲気でダンジョンの中を歩いている。
(結局、僕がどういった魔戦士なのかを椿ちゃんが話すような様子はなかった。きっと知らないんだろうね。道也も僕のことをそこまで話しているわけではないらしい)
雫の義理の兄である道也と知り合いである海道。
ただ、椿を相手にした時、脅威には感じなかった。
もちろん現時点で欠陥と呼べるような弱点を抱えているとは思っていないが、それでも何かあると思っていた。そうでもないらしい。
「……っ!」
正哉は鉄の剣にスキルを使って『聖剣化』させると、外套を身にまとう。
後ろから強烈なほどの『衝撃波』が飛んできたが、そのすべてを無力化した。
振り向くと、すぐそこに曲がり角がある。
どうやら曲がり角の先に隠れているようだ。
ちょっと攻撃してみて、海道が防いだから隠れてみたといったところだろう。
「僕の感知範囲外から、警戒させるだけの攻撃をすることができるとなると、君たちしかいないよ?来夏、高志先輩」
「ですよねー……元気そうだな。海道!」
「やっぱり人生つまんなそうな顔してるな!」
高志と来夏が曲がり角の奥から出てきた。
相変わらずの楽しそうな笑顔である。
「……まさか本当に君たちだったとは……」
海道は溜息を吐いて、外套と聖剣を解除する。
「しっかし、それ……聖剣と拒絶外套だったっけ?反則級の性能をしてるよな。ギャグ補正の力をのせてぶっ放したはずなんだが」
「趣向が合わなければギャグであっても気にしないだろう?ギャグ補正の最も重要な発動条件は、そのギャグを『僅かであっても』受け入れていることだ。この外套は価値観にすら影響を及ぼすからね。君たちの……まあ『本気じゃないギャグ補正』なら効かないさ」
ありとあらゆる感情の反対は『無関心』である。
そして、結論が『良い』だろうと『悪い』だろうと、『議論する』感情を持っている限り、それら全ては『無関心の反対』に位置する。
要するに、『どうにかしなければならない』と考えている時点でギャグ補正からは逃げられないのだ。
秀星自身、そこをある程度分かっているかもしれない。
だが、そこがわかったからといって、『何の魔力的な力もなく、一応カテゴリ的には普通と判断される人間が、ビルを根っこからもぎ取ってお手玉をするような現象』というものに対して、『無関心でいられる精神の構造』が理解できないのである。
より真理に近く、多数の知識と思考実験の末に広い価値観を持っているがゆえに、『物事を解決することができる』という感覚が根底にあるのだ。
だが、それではギャグ補正を攻略することはできない。
その現象と自分は無関係である。自分はそれに対する議論する価値があると判断せず、そして無関心である。という感情が必要なのだ。
とはいえ、『相手が無関心だろうが関係ないぜヒャッハーーーー!』みたいな連中が相手だとどうしようもない。
そして、そんな連中なので、『本気のギャグ補正』に関しては海道の力でもどうしようもないのだ。
「なーんか前にもそんなセリフを聞いたような気がするけどなぁ……」
「まあいいっていいって。しっかし、無駄に固いよなぁお前も。皆みたいに俺のことを高志って呼び捨てにすりゃいいのに。いくら俺と同じ『沖野宮高校のOB』だからって、俺のことを先輩っていう必要はねえんだぞ?」
「無理していっているわけではないよ。それに、敬称をつけているだけでタメ口だし」
「まあそれもそっか!」
「しっかし、オレとほぼ同年代くらいだよな?結構落ち着いてるな」
来夏と海道は大体二十代半ばである。
そう考えると、確かに二人の年齢はそう変わらない。
だが、実年齢はともかく、精神年齢は大きく異なるだろう。
「さすがに君よりも倫理観が欠如してたら日常生活なんて無理だからね」
「そこまでいうことないだろう!」
ボロカスに言われている来夏だが……正直、来夏とこのやり取りをしても真面目な結論にたどり着くことがないというのが海道にとっても嫌なところだ。
ちなみに、三十代である高志と話した場合はもーーっと意味不明なことになるので胃潰瘍に穴が開きそうになる。要するに次元に穴が開きそうになるのだ。どないしろっつうねん。
「はぁ……これで生命力がゴキみたいにヤバいからなぁ……」
海道は溜息を吐いた。
そんな海道に対して、高志はフフッと笑う。
……海道はイライラしてきた。
「海道。俺をゴキ扱いするのは別に構わないぜ。だって俺は他人の評価なんて気にしないからな!」
「でしょうね」
「あともう一つ」
「ん?」
「俺みたいなのがあと三十人いていいのか?」
「……」
海道の脳内に、高笑いしながら世界中の廃棄されたビル街に特攻していく高志たちの『ハッハッハ!』の輪唱が響いた。
『『『『『ハッハッハ!』』』』』
『『『『『ハッハッハ!』』』』』
『『『『『ハッハッハ!』』』』』
『『『『『ハッハッハ!』』』』』
『『『『『ハッハッハッハッハ!』』』』』
『『『『『アーッハッハッハッハッハ!』』』』』
(……)
確かに高志をゴキ扱いしたのは自分である。
ただ……高志が一人いたら、高志みたいなのが三十人いると思えというのは……まともな精神だと耐えられない(失礼ではない)。
正直……この世の終わりだ(風評被害ではない)。
「な?だんだん嫌になってきただろ?人をゴキ扱いするのはやめようぜ」
「……」
まあよくよく考えれば、人間が他人をゴキ扱いするとき、それは自分が嫌いな人種に対して使うものだ。
決してそばに三十人もウロウロしていてほしいわけではない。
「まあ現実を言うと、俺がユニハーズを結成する前、重蔵の爺さんが率いていた『月光兵団』はそんな感じだったんだけどな!」
「……」
顔は口より物を言う。
先ほどから何も言っていない海道だが、どうやら高志には海道が何を言いたいのか全てわかっているようで、言葉を先取りして全て自分で話し出した。
「……ちょっといろいろ萎えてきたから、ストレスを発散してくる」
そういってとても深い溜息を吐くと、海道は二人から離れて去っていった。
……この世界には、高志や来夏がいても関係なく機能する清涼剤が必要なのかもしれない。




