第八百三十二話
「全然効かないですううううううう!」
「……これが素か。不思議な子だ」
海道正哉を相手にして、基樹、風香、椿の三人が手を組んで戦っているという状態。
三人の出力をもってしても、海道の『拒絶外套』を超えることができない。
いやそもそも、『超える』とか、『突き破る』とか、そういったことを『受け付けない』とかそういう表現ではなく、全く『関係がない』といったところ。
そういう感覚をすでに持っていてある程度答えが出ている基樹と風香はともかく、椿の主観では『何をやっても効かないですうううう!』となるのだろう。
「むううう!それやっぱりズルいです!」
「残念ながら、これを使わない場合、僕がここに来た意味がないんだよね」
「そうなんですか?」
「僕もこのイベントの優勝の景品には興味がないからね」
そういって運営側のメンタルをゴリゴリ削っていくのはやめた方がいいと思います。
「なるほど、確かによくわかります!」
「裏表のない君に言われるのが一番嫌だろうね……」
人間、『しっかり考えて生きろ』とよく言われるものだ。
馬鹿なことをした時は『お前何考えて生きてんだよ』と言われることもある。
だが、そもそも椿は小難しいことなど考えていない。
周りの刺激によって椿に発生するのは必ず『価値観の形成』となり、いろいろなことを考えるリソースが頭の中に作られないのだ。
……まあもちろん、『本当に何も考えていない』わけではないのだが。
いずれにせよ、こんな素直で純粋な目をした可愛らしい子に『優勝賞品に興味がない』といわれたら苦笑するしかない。
「ただ、本当に固いですね」
「ふーむ……僕の『拒絶外套』を『固い』と表現するのか……君らしいと思っておこう」
ふたたび聖剣を振るう海道。
それに対して、風香が前に出てきて刀を交差させて聖剣を受け止めた。
「……未来の秀星君の妻か。最近とんでもなく強くなってるみたいだけど……僕のこのコートを突破することはできないだろう」
「そうだね。もちろん使っているのが人間である以上、『限界』はあると思うけど、大体の問題はクリアできるように訓練や鍛錬を積んでるだろうし……」
まず『人間』という個体は確かに頑丈かつ器用な生き物だが、それでもこの外套の力が影響する範囲となると『人体が耐えられない』という部分は出てくるだろう。
人間の体は、恐ろしいほどの高温には耐えられないし、その逆の低温にも耐えられない。
空気中の分子の割合……特に二酸化炭素が増えるだけで中毒を引き起こすが、息を吸わなければ人間は生きていけない。
何かしらの内臓に異変が出るようなことがあれば、当然それによって体が警戒をはっするために激痛が発生することもある。
結論から言えば秀星は人間ではないということになるが、それはともかく、いくら絶対的な防御力を誇る『拒絶外套』を使えるとしても、それが『純粋な防御というコンセプトではない』以上、隙や死角は存在する。
問題なのは、風香、基樹、椿が繰り出すことができる『手段の数』では限度があるということだろう。
もちろん、このイベントで購入可能な『桁がおかしい商品』のなかには、『レガリア特効アイテム』があるかもしれないが、おそらく割に合わないだろう。
(ただ……こういう人がいるっていうのは知っておくべきだと思うけど……逆に言えば、別に勝つ必要はないね)
何度も言うが、強い人と戦えるからこそ『ガチ勢がいる激戦区』に来ているのであって、別にそういった人間に対して勝利するこそだけが目的ではない。
それを前提とするのであれば、手の内を出させるのにイベント終了間際まで時間がかかる人を相手にしたところで意味はないだろう。
「おや?僕に対する闘気というか……戦いたいっていう感情が減っているかな?」
「そうね。別に、あなたを倒さなければならない理由はないし」
「それもそうだね。僕を倒すことで何らかの制限を突破できる『イベントキャラ』であるならば確かに僕を倒す意味はあるだろう。しかし、これでも懸賞スコアは君たちよりも低いくらいだからね」
「え、私は六万くらいですけど、私より低いんですか!?」
「君に言っているわけではないよ……」
突っ込みどころを逃さないなこの子。と言いたそうな表情になる海道だが、だからと言って責める気もない様だ。
「……これ以上戦っても不毛だね。戦っている最中に攻略法が見つかるかもしれないけど、そもそも『考えている』というだけで人間が視野が狭くなるものだし」
「そうだね。僕だから戦っているだけであって、秀星君が相手なら君たちと言えど一目散に逃げるだろう」
「確かに」
秀星を相手にするのは『嫌』である。
それは実力がある魔戦士はみんなそうだ。
弱い敵はいらないが、強者は敵になってくれないという、人生においてクソつまらないことに弱冠十七歳(実年齢二十二歳)で到達してしまった秀星だが、こればかりは仕方がない。
「というわけで……椿ちゃん。行くよ」
「むうう……残念ですが、次の人を探しましょう。でも、いつか攻略法を見つけますからね!その時はこういうイベントでぶっ倒してやります!」
「ああ。いつでも待っているよ」
そういって、海道は基樹の方を見る。
「それで、君の頭は冷えたかな?」
「……ああ、そうだな。変に付き合わせて悪かった」
「構わない。アトム君の注文くらいは済んでいるからね。それでは、またどこかでやろう」
そういって、海道は背中を見せて歩いていった。
……レガリアを除けば、大きく隙を晒しているその背中。
だが、レガリアがあるというだけで、その背中を斬ることはできないのだろう。
(……あんな魔戦士もいるんだね)
というわけで、風香は基樹に刀の切っ先を向ける。
「さて、基樹君。そろそろ戦おうか」
「……元魔王である俺と同格になってきてるから面倒なんだよなぁ……」
というわけで、基樹は逃げることにした。
勝ちにこだわらない体質というわけではないのだが、そもそも『気分が乗らない』のである。
『よりエネルギーを消費しない方法』を選んだ場合、戦うよりも逃げる方がエネルギー効率がいいという程度の理由である。




