第八百三十一話
「くそ、なんだかここまでどうしようもないのは久しぶりだ……」
基樹はイライラしていた。
グリモアとは別の世界の元勇者であったという青年との戦い。
青年が持っているのは、『聖剣』……おそらく、グリモアとは別のコンセプトで出来ているものだと思われるそれと、『拒絶外套』と呼ばれる『概念』だ。
現段階ではその防御性能は圧倒的なものを感じるが、攻撃性能は発揮していない。
様子を見る限りはわざとやっていないようにも見える。
そもそも『拒絶』と言っているわけだが、何をどこまで拒絶できるのかという説明を全くされていないのだ。
少なくとも全方位から爆撃した程度ではビクともしないことは分かるが、攻撃性能の方は読めない。
……もちろん、その攻撃性能に関していっても、『聖剣』と呼ばれるだけあってなかなか高いのだが。
「僕が行った世界の魔王も、僕の力の前には困っていたし、最終的に僕をどうにかすることはできなかったから安心するといい。別に君が弱いわけではないよ」
「……試しに聞くが、秀星が相手なら、その外套は通用するのか?」
基樹はとりあえず聞いておくことにした。
「技術的な解析はともかく、勝つか負けるかで言えば僕は勝てないだろうね。ありとあらゆる力を行使するスピードという観点で、僕は彼に負けている」
「……どういう意味だ?」
「例えば、僕が『自分にとって悪性』と判断しているものを自動的に拒絶しているとしよう。その場合、空気の成分の変換、重量や空気圧の変更といった感じで、いろいろ弄りようがある。そして彼の実行スピードは、僕がそれを認識するよりも早いだろう。僕の力は基本的に拒絶であって、必要なものをそこに用意する力ではない」
「……要するに『いたちごっこになれば勝てない』ということか」
「そういうこと。君も知っていると思うが、神々の戦いになるとじゃんけんゲームのようなものになって、『二回連続で負けると敗北』というルールになる。僕が秀星君を相手にしたとしても、おそらくすぐに二回連続で負ける。というだけのことだよ」
何でもないように語る青年。
自分がどういう力を持っているのか、どういう立ち位置なのか。
それを正確に把握しているということなのだろう。
そしてその上で、秀星と敵対する属性に全くあっていないのだ。
だからこそ、自分よりも上がいるということを許容して、スラスラと語れる。
基樹はここまで手の内を明かしてくるとは思えなかった。
「随分と手の内を見せてくるんだな」
「隠しても仕方がないしね」
「そうか、それなら、『力が基本的に拒絶』だといったが、じゃあ『基本的じゃない部分』を教えてくれないか?」
「そこまで教えてしまったら戦う意味がないだろう?」
「確かに……なっ!」
基樹は剣を振るって、斬撃の衝撃波を飛ばす。
だが、青年は白い外套から漏れた光に包まれた聖剣を振るうと、衝撃波が霧散していく。
「この段階になって、正面からそのような攻撃をする意味はないと思うけど……」
「まあそういうな。全部拒絶してるお前にはわからないかもしれないが……実はちょっとずつ、『質』を弄ってたりするんだぞ」
「ああ。何となくそれは分かっているよ」
「わかってんのかよ……」
「ただそうであったとしても、『わからない程度の差』で超えられるほどこの力はやわじゃないからね。聖剣を持っている限り使える力だから時間制限もないし」
「そういう意味で疑問に思ったわけか。しかしそれほど強いのに時間制限がないとは……どういうコンセプトで作られたんだそれ」
「一説にはインフレを許容するためとも言われているが……どうやら暴れすぎたかな」
「ん?」
青年の言葉に首をかしげる基樹。
「むむっ!なんだかすごく戦ってる音がしますよ!」
これだけで誰が来ているのかよくわかるような、そんなセリフが響いた。
角からひょこっと顔を出したのは、刀を構える椿だった。
その後ろからは風香が付いてきており、こちらも刀を二本構えている。
「なるほど、君たちが近くにいたわけか。全く気が付かなかったよ。この建物、本当に遮音性と遮光性が高いんだね……しかも振動を吸収する性能がとても高いなぁ」
青年は苦笑する。
どうやら、基樹を相手に派手に戦ってはいるが、他の誰かが来るということは予定ではなかったようだ。
「基樹君。これ、どうなってるの?」
「……元勇者らしい人に攻撃が通らなくて困ってたところだ」
「攻撃が通らない?」
風香は青年を見る。
だが、青年は落ち着いた笑みを浮かべるだけで、答える気はない様だ。
「……『旋風刃・孤毒葬送』」
青年に刀を向けた風香。
その刀の先端から、猛毒のようにみえる紫色の霧が噴き出てきて、青年の周囲を覆い始めた。
「……これは面倒だ」
青年が指をパチンと鳴らすと、濃霧がすべて消え去っていく。
「……効かないわけじゃないね。あのコートの力か……」
「むうう……なんだかあの人、未来で見たことがあるような気がするんですよね……」
椿が唸っている。
「そういえば君は未来人だったね。二十年後の未来となると……僕は四十五歳かぁ……いったいどんな人間なんだろうね」
「あっ!思い出しました!フレミングの左手の法則が思い出せなくてよくわからない指の形をして白けた目で見られてた人です!」
「「……」」
フレミングの左手の法則をバカにするわけではないが、なんだかすごくアホな話だ。
「なるほど、後で復習しておこうか」
絶句している基樹と風香に対して、スラスラとそんなことを言う青年。
これが『余裕』というものなのだろうか。
「確か名前は……海道正哉さんですね!喫茶店で道也さんによく聞きますよ!」
道也。
風香と基樹は記憶を掘り起こすが、該当するのは、現在は重力と刀を両立して使っている天竜院千秋の傍付き状態となっている、カースドアイテム使いの雫の『義理の兄』だ。
喫茶店の店長を務めており、アトムが率いるチーム『ドリーミィ・フロント』の所属で刀を振るっていたはず。
「なるほど、道也ともかかわりがあるわけか……」
そして海道と言うらしい青年も、その名前を聞いて納得している。
「道也は僕のことをペラペラしゃべる人ではないが、『君』に関しては話している可能性があるな。いつ僕の『弱点』を思い出すかわからないし、ちょっと大人げなくやらせてもらうよ」
そういって、聖剣を構えなおす海道。
「望むところです!」
むっふーん!という雰囲気で気合を入れて構える椿。
「……本当にこれが秀星と風香の娘なのか……これだから世の中わからないんだよね……」
同意しよう。




