第八百二十八話
椿はどんどん下に進んでいく。
もちろん、その途中で様々な魔戦士(ほとんど初対面の人)に遭遇したりしていたが、秀星と風香仕込みの戦闘術によって蹴散らして進んでいた。
別に強くないわけではなかったが、決定打の差が椿の方が大きかったというだけの話であり、要するに椿の方がもっと強かったというだけのことである。
特筆すべき点はない……のだが、一つだけあるとすれば、『再構築』の後から出てきたモンスターのことだろうか。
誰がデザインしたのかいまいちわからない嫌らしい特徴を抱えていたこともあって、直ぐに思っていることをぶちまけてストレスを発散するタイプである椿でなければ相当イライラしていたであろうことは想像に難くない。
(……むむっ?誰かが近くにいるような……誰でしょうか?)
遮音・遮光性が高い素材で出来ているので、基本的には通路の情報すら通ってみないと分からないような構造になっている。
だが、椿はほぼ『勘』で、そのもっとも重要な情報を読み取っていた。
それが椿の自前のものなのか、それとも秀星や風香によって植え付けられた技術なのかはわからないが、ある程度感じ取ることができるのである。
「誰でしょうか……」
曲がり角の奥にひょこっと顔を出す風香。
「……あっ!お母さん!」
「!」
刀を二本構えて通路の中央で構えていた風香を発見。
椿は握っていた刀を鞘に納めて、そのまま風香に向かって走っていく。
「おかあさーん!」
同じく納刀した風香の胸に飛び込む椿。
どうやらイベントの最中とかあまりそういうことは関係なく、風香がいたら飛び込んじゃうタイプのようだ。
ただ秀星を相手にこうなることはあまりないので、お母さんとおじいちゃんが好きなのかもしれない。
今更な話だ。
「椿ちゃん。ここまで来たんだ」
「はい!ここなら強い人がいっぱいいると思って、潜ってきました!」
むふふ-ん!と胸を張る椿。
ちなみに『強い人がいっぱいいるから』という理由で潜ってきて、そして目の前にいる風香もまた『強い人』の一人なのだが、椿は風香を相手にするつもりはないらしい。
そして、ここまで『たくさんの強い人』を倒してきたであろう風香もまた、椿を相手にするつもりはない。
『答え』というほど複雑なものでもないだろう。
単純に、椿はお母さんが好きだから戦うつもりがなく、そして風香は椿を斬るつもりは最初からないのである。
母子だから。ただそれだけのことだ。
「お母さんは懸賞スコアをどれくらい手に入れてるんですか?」
「……三千五百万かな。一位は基樹君だと思うし、多分もっと多いと思う」
「三千五百万!?それって……おいしいものが食べ放題ですよ!?」
椿が外で何をやっていたのか察した風香。
「……椿ちゃん。このイベント楽しい?」
「はい!とても楽しいですよ!かつ丼もオムライスもカレーもラーメンもタピオカドリンクもハンバーガーもとってもおいしかったです!」
「……」
若干お腹がすいてきた風香である。
一応、懸賞スコアを使って塔の中の自動販売機を使えば有料の弁当が買えるのだが、あまりそういう暇はなかったので最小限しか食べていないのだ。
……まあ逆に椿はそんな大量の食べ物を小さな体のどこに入れたのかという話になるが、これは何度も言うようにいらない栄養素を全て魔力に変換しているだけである。しかも体の中で完全自動化されているのだ。ダイエットなんて知りません。
「なるほど、それにしても……ここまで潜ってこられるなんてね……」
ガチ勢の中で一度も倒されていないのは、風香と基樹だけ。
そのほかのガチ勢は、全員誰かに倒されているのだ。
かなり塔の中はピリピリした空気になっているはずで、緊張感と真剣な空気でいっぱいになっているはず。
椿がストレスをため込まない体質であることは知っているが、ここまでやってきた椿には余裕がありそうだ。
不思議な子である。
「……椿ちゃん、頑張ったんだね」
「当然ですよ!イベントなので楽しんだもの勝ちですが、やっぱり勝ちたいですからね!えいやっ!」
椿は風香に抱き着いた。
風香のFはある大きな胸に顔をうずめて、『えへへっ』と笑っている。
(あ~かわいい~)
戦闘と緊張感で神経がすり減っているのか、なんだかものすごくいい匂いがする椿のにおいをかいで満足している風香。
……なんというか、人に癒しを与える要素をかなり詰め込んだ体質をしている。
椿が嫌いな人間を風香は周囲の中にはいないように思うが、こうした状態で抱き着いてみればよくわかる。
(というより……私に限らず、誰かに抱き着くのに慣れてるような感じがするんだよね)
体をすごく密着させてくるし、抱き着くときに相手に負担がない体勢だ。
なるほど、これは確かに良い。
何度も椿に抱き着かれている風香だが、これは確かに良い。
「むふふ~♪お母さんとってもいい匂いがしますね!……ちょっと汗臭いですけど」
当たり前である。
(余計なことを言うところまでしっかりしてるなぁ。かわいいねぇ本当に!)
青筋を浮かべながら万力のように頭を掴む風香であった。




