第八百五話
十二月二十二日。
クリスマスイブの二日前である。
「やっと呼ばれたな……」
秀星は安全管理委員会が設置されている魔法省の本部にやってきた。
近くには天窓学園があり、グラウンドで何かをやっている雰囲気はあるが、とりあえず今は関係ないので放置して、本部に正面から入る。
時々、転移でやってくることもあるのだが、さすがに毎回毎回それをしていると一般常識的に面倒なことになるので、こうして正面から行くこともある。
「朝森秀星さんですね。頤次官がお待ちしていますよ」
カウンターにいた若い……それこそ大学を卒業したばかりのような若い女性が対応した。
というわけで、直ぐに人を呼んでもらって、三十台ほどの男性……なのだが、十歳くらい老けて見える人がやってきて案内してくれるようだ。
「……実年齢よりも老けて見えるってことは、アトムに近いくらい高い階級ってことなのか?」
「ええ、その通りです」
男性はつぶやくようにそう言った。
……苦労しているようだ。
「……苦労してるんですね」
「ええ、これでいつでも辞められるのなら問題はないんですが……私が根っこの部分で部下を見捨てられない性格であることを見抜かれておりまして」
「……」
いろいろな悪の組織と戦った経験がある秀星だが、やはりというか、政界というものは上に行けば行くほどロクなものではないのかもしれない。魔法省は特にそうなのだろうと思う。
「とりあえず、案内お願いします」
「ええ」
というわけで、男性に最上階まで案内してもらった。
エレベーターで移動し、廊下を歩いて、そしてたどり着くアトムの執務室。
男性がノックをする。
『開いてます』
アトムの声が聞こえて、ドアを開ける職員。
秀星だけが中に入った。
「さてと、アトム。ここまで黙ってた理由を教えてくれないか?」
執務室でブルーライトカットの結構にあっている眼鏡をかけてタイピングしているアトムだが、どうやら作業が終わったようで、眼鏡をはずしてこちらを見る。
「ああ。まず座るといい」
対面するようにソファに座る秀星とアトム。
「さて、ここまで説明するのが延びた理由だが……簡単に言えば、予算の問題でね……」
「予算?」
「ああ。魔法省はほぼ特別会計で独自の予算が組まれているといっていい。ついでに言えば、まだ魔法が出てくる前にあった『頂上会議』の時代にもかなり金をかき集めていたから金には余裕があるという計算だったんだが……」
「改めて計算したら足りなくなって銀行と交渉してたのか」
「それもある。加えて、経産省からもかなり首を突っ込まれていてね。交渉であれば私が出ればいいのだが、あいにく、私だっていつでもここにいるわけではない」
「それでたまに足元掬われて東奔西走してたわけか。そりゃ遅くなるわな……」
アトムが計画しているイベントによる経済効果がどうなるのかはまだいまいちわからない。
だが、アトムがかかわっているというだけで『何かある』と思っているものもいるのだろう。
当然、その利益を得たいと考えているものは多いはずだ。
敵というより邪魔が多い。
「そういうわけで納得してもらえると助かる」
「……で、実際、何をやるんだ?俺全然聞いてないからわからないんだが」
「ある程度君も予測していると思うが、狭い範囲にそれ相応の人数を揃えて競わせるバトルロイヤル形式でやろうと思っている」
「狭い範囲ってどれくらいだ?」
「スタジアム程度。といったところだ。プロ野球ができる程度の広さがあるといい」
「……そのスタジアムの『結界』を作るのが俺の役割ってことか」
「その通りだ。君を出場させるつもりはない。エキシビションマッチを組む予定もない。結界の開発に注力してほしい」
「……結界の強度ってどれくらいにすればいいんだ?」
「そうだな……君が私に見せていい範囲の技術力で、といえば意図は分かるか?」
アトムが言ったことを頭の中で反芻して、その意味を考える秀星。
「イベントという形式で俺を使う場合にどれくらいのものができるのか把握したいってところか。全力でやる必要はないんだな?」
「でなければ二日前に頼んだりしない」
「そりゃそうだ」
秀星だって本気のための準備に時間がかからないわけではない。
こうしてギリギリのタイミングで頼んでくる以上、そうなるとは思っていた。
「スタジアムに結界ねえ……一番重要な要素は?」
「テロ対策だ」
「あ、そっち?」
もちろんテロ対策には選手側の安全も入るのだが、言葉としてテロ対策を優先するという計画になっているとは思わなかった。
「とりあえず任された。まあ期待しててくれ。それ以上のものを作る」
「ああ。期待しているよ。やはり『結界』というものを作るのなら、世界一位に頼むのが最もいい。それに君は、単に戦うことしかできないわけではないからね。こういうのもすんなり任せられる」
「……でもアトムの部下にはなりたくないなぁ」
「気持ちはわかるよ」
「自覚あるのか……」
「当然だ。私は自分と他人を正確に比較できるからね」
身の回りの人間に確信犯が多い気がしてくるが、筆頭は自分なので何も言えない秀星。
「結界かぁ……とりあえず俺の方でも情報を集めてから作るか」
とりあえず、安全管理委員会に呼ばれて、そして了承しているのだ。作らないわけにはいかない。
「……一個だけ重要なことを聞いていいか?」
「ん?」
「安全管理委員会って、何人で構成されている組織なんだ?」
「わかっているんじゃないかな?」
「いや……だって……安全管理だぞ。外部の人間『ひとりだけ』っていうのはあほらしくないか?」
「私はそうは考えていないよ」
「……さいですか」
これで責任まで押し付けてくるのなら単なる保身野郎だが、アトムは責任だけは手放さないので性質が悪い。
引き受けると決めたのは秀星なので、ここは折れるべきだろう。
(憂鬱だ……)
アトムの下で働くというのはあまり経験がない。
ただ、面倒であることに変わりはなさそうである。




