第七百九十九話
「……お前たち。なぜそんなボロボロになっているんだ?」
「コテンパンにされた……」
拠点に帰ってきたアルセイとシャイガだが、クロギアとドーラーとアリオスの空気三人衆が服をボロボロにしながら帰ってきた。
そして聞いてみると、案の定。といったところである。
「神祖三人を相手に戦えるほどの実力を朝森秀星は持っているということか?」
「元々真理に近いということもあるだろう。しかも、途中から『時間稼ぎ』をしていることにバレてしまった。そこからは手出しすらしてこなくなったよ……」
「……」
時間稼ぎというものは、戦術レベルで考えれば『味方の増援が来る』『敵の戦力維持の補給に制限がある』のいずれかがなければそもそもする意味がない。
味方の増援もない上に、敵が強大なコストを払って戦わなければならないような事情がなければ、『戦術』というもので使えないのだ。
だが、戦闘そのものが二か所以上、要するに『戦略』というものに変われば話は変わる。
「……私がリリスのところに行くと分かっていて、そして向かったとしても問題がないと判断した。ということか?」
戦術、戦略のことに関してはアルセイも判断はできる。
だが、まだアルセイは秀星に顔すら見せていない。
ミーシェやライズから話を聞くことは可能だろうが、それで『アルセイという脅威度』を測り切れるのだろうか。
そもそも『神祖の派閥』というだけでも本来なら面倒だろう。
現在も、秀星自身のスペックが第一世代型の最高神、そして神祖よりも下であるという事実は変わらない。
そんな中で、『派閥のリーダー』などというものがどれほどの戦闘力を持っているのか、その思想によって何が起きるのか。気にならないという方がおかしいだろう。
「厳密には、秀星はミーシェやライズからアルセイのことを聞いていたようだ。秀星が下した評価は、『熱意と本気がないのなら敵にしてもつまらない』だそうだ……」
「……そうか」
神祖というものは、基本的に司る概念において極めたものと言って過言ではない。
だが、その概念の解釈というものは人間が行うものであり、どうしても視野の限界がある。
それでも強いということに変わりはない。神祖に勝てる神祖ではない存在など、そういるものではない。
そして、そんな存在は常に、周囲に存在する多数のコミュニティに対して、戦闘力に関しては頂点に立っている。
正直、そんじょそこらの神しかいない世界であれば、征服すら容易だ。
しかし、大きな目的を持たずに行われる容易な行為は『作業』でしかなく、そこに熱意はない。本気にもなれない。
秀星は言い換えれば、アルセイが何を考えているのかを逆算できてしまったのだ。
世界をつまらなく思うが、何かを作り出すことができないため、今あるものをよりよくするという発想がない。支配して、さらにより良い世界に作り替えるということを考えないし、できないと考えている。世界というものは、神祖にとっては安い。
不老不死である神にとって『余生』という概念はない。
何かを見出し続けなければならない。
だが、今のところ一人を除いて多くの神祖は客観的な評価に関しても抜群に行えるため、神祖という同族に対しても未来を感じられるわけではない。
「リリスに、何故強くなろうと思ったのか。聞いておくべきだったか……」
「俺としては、アルセイと洗脳シャイガが負けたという方が驚きだが……」
「……秀星の器が出てきた」
「器?」
「ああ。神器を持っているわけではない。だが、独自の戦闘手段を開発していたようでな。それにシャイガが圧倒された」
「シャイガを圧倒?……そんなことができる人間がいるのか?」
「私自身、『器だけで中身がない人間』でありながら、あそこまで境地にたどり着いている存在を見るのは初めてだ。おそらく、器……ユイカミにしかないルールがあるのだろう」
アルセイは溜息を吐く。
神という言葉は安くない。
だが、神という言葉で聞かざることを嫌悪する者にここまで負けると、安くないだけで大したものではないようにも思えてくる。
「……そういえば、あの器……ユイカミは、基樹の覚醒のためにリリスが必要と言っていたが……」
「基樹?……地球にとっては異世界にあたるグリモアの魔王か」
「ああ。何故『必要』なのかがわからん」
「リリスから基樹に何かを渡しているという情報は?」
「入っているが、その中身はいまだ不明だ」
アルセイとしてはとても疑問だ。
朝森秀星には謎がまだ多く、考えるのは久しぶりに楽しいと思えるほど。
だが、リリスが基樹に何を見出しているのかがわからない。
「……そういえば、パライドが楽しそうな顔で拠点付近に来てたな」
「……寄生神祖が何の用だ?」
「いや、単純に話に来ただけのようだ。そこで言っていたのは……ええと、『ギャグ補正』だったかな。単なる一般人すら、神祖を相手に戦えるスキルがあるそうだが、基樹は『魔王状態』のときのみこのスキルを使えるそうだ」
「使用条件は?」
「偏差値八十以上だ。どうやら常識というものを細かく知っている必要があるらしい」
「……その偏差値というものは一体何だ?」
「具体的に説明するの面倒だから……テストでみんなと同じ点を取るやつは偏差値が五十だと思っておけばいい。で、偏差値八十というのは、その計算上、天才だそうだ」
「秀星も持っているのか?」
「持ってるだろうな」
ふむ、と頷くアルセイ。
「で、そのギャグ補正に対して最も理解が深いのは、俺たちがこの拠点に閉じ込めている権藤重蔵という男らしい」
「なるほど……私は少し、話を聞いてこよう」
「俺は休憩してくる。秀星と戦って切られた節々が痛い……」
「そうか」
ドーラー以外の二人がいないと思ったらすでに休憩中らしい。
アルセイは重蔵がいる部屋に向かった。
そして、そのままノックをせずにドアを開ける。
「ん、なんじゃ?……ほう、負けて帰ってきたような面じゃな」
フランスワインを飲みながら重蔵がまったりしていた。
この前はラム酒に葉巻とキューバセットが揃っていたが、どうやら気分だったらしい。
「すこし……ギャグ補正というスキルのことを聞きたくてな」
「ほう?なるほど」
「かなり高い偏差値が必要、という情報はつかんだが、それ以外の取得条件がわからない。何か知っているのなら教えてほしい」
「ふむ、取得条件か……取得というよりは『維持条件』になるのじゃが、母親がいることらしい」
「母親?」
「うむ。どんなに寒いことを言おうと、空気が凍ろうと、なんとなくでも返事をしてくれる存在というものは、ギャグ補正を持っているものにとっては必要ということかもしれんのう」
「そうか」
アルセイは納得する。
(リリス……お前、子供を産んでいたのか)
おそらく間違っていないだろう。
わざわざかかわろうとするのだ。おそらくそれくらいの理由は絡んでいる。
「なるほど、納得した」
「ふむ、手に入れたいのではなく現状を知りたかっただけか。まあよいがな」
ワインを口にする重蔵。
「……地球に帰るための鍵を渡しておこう」
そういって、アルセイはポーチから鍵を一つ取り出して投げ渡す。
重蔵はそれを掴んだ。
「奥にそれとあうカギ穴が付いた扉がある。そこから帰るといい。何か持って帰りたいものがあるのなら、地下の保管庫に収納魔法が付与された箱が用意されている。好きにするといい」
「……どういう風の吹き回しか知らんが、まあええじゃろう」
そういってクックと笑う。
「ワシは地球では大豆農家じゃ。おぬしも、いつでも迷惑を掛けに来るといい」
そういって、重蔵は地下に歩いていった。
「……」
迷惑を掛けに来るといい。
その言葉に対して、アルセイは返答に困った。
そして、『困る』ということは――




