第七百九十八話
強硬派の拠点の機能上の話だが、人間を地球に送るときのコストはかなり高いものの、神祖自身が地球に行くときにかかるコストはそう多くはない。
そしてこれも機能上の話だが、神祖が天界に行くためのコストは、地球に行くためのコストよりも断然小さい。
そのため、最高神の神器を収集する。という点において、天界はとても攻めやすいのである。
結果的に天界と地球で天界の方が酷い目にあっていたのはそういう理由だ。
「地球に来るためのコスト、安すぎるということはないけど、特別高くもないわよね。まさか二人で来るとは思っていなかったわ」
リリスはそういって、手に持っている本を閉じる。
ダンジョンの奥深くに存在する安全地帯。
ライズとミーシェを相手に戦った時と場所は全く変わっていない。
所持している多数の神器の何らかの相性によって、リリスにとっては、特定の拠点を築いてそれを維持する方が都合がいいのだろう。
リリスがいる拠点に入ってきたのは、アルセイとシャイガの二人。
「それに、シャイガ、あなた秀星に負けているわよね。あなたのことだからリベンジを狙って私のところには来ないと思ってたけれど」
「フフフ……なら、何故俺がこっちに来たと思う?」
「そうねぇ……あなたたちの最近の方針から察するに、私か秀星を仲間にしようとしているはず。だけど、あなたの方針に従うようなタイプではないことも明白だから、とりあえず実力を見せつけて仲間にしようとしているのは確実ね」
そこまでを『前提』として口にするリリス。
「私と秀星なら、私の方が与しやすいと考えているでしょうし……あとの三人は秀星の足止めかしら。シャイガ、あなた戦力外通告されてこっちにきたんでしょう?」
「……」
シャイガの顔が『なんでわかったの?』と言っている。
「……その顔、本当のようね。私も甘く見られたものだわ」
座っていたソファから立ち上がるリリス。
収納機能の神器を取り出して、そこから黄金の剣を取り出した。
さすがに剣術神祖であるミーシェを相手に剣を使うわけにはいかないので剣以外の武器を使っていたが、本来のリリスの武器は剣である。
それに対して、アルセイは左手を前に出すと、そこに盾が出現する。
この盾は鞘でもあるようだ。盾の内側に大きな溝があり、そこに剣が納められている。
盾も剣も真っ黒なそれを抜き放った。
そしてその横でシャイガは鞘に入った短剣を取り出し、そして引き抜いて……短剣の刀身が根元からなくなっているのを見てびっくり仰天。
鞘をひっくり返すと刃が地面に落ちた。
……どういう保管方法をしていたのだろうか。謎だが、この場において使い物にならないことは間違いない。
「リリス。一応聞いておくが、『強硬派に戻ってくる気』はないのか?」
アルセイが剣を構えながらそういった。
それに対してシャイガはびっくり仰天。
「……え、リリスはもともと強硬派のメンバーだったのか?」
「ああ。シャイガが入ってくるよりも前に抜けたがな……で、どうだ?」
「私はそこに戻る気はないわ」
「そうか。なら……引きずってでも戻ってきてもらおう」
そういって、アルセイは突撃し……次の瞬間にはリリスと鍔迫り合いになっていた。
リリスの黄金の剣とアルセイの黒い剣が衝突し、火花を散らす。
「……腕は落ちていないな」
「当然よ。それと……シャイガのことは無視でいいの?」
「最初から期待していないからな」
「ひどい!」
悲鳴をあげるシャイガだが、さすがに持ってきた短剣が根元からぽっきり折れて(外れて?)いたらそりゃ文句の一つも言いたくなる。
「リリス。お前が相手だと、そこまで手加減はできんぞ」
「してくれると思ってないわ。安心して」
「そうか」
次の瞬間、リリスが踏み込んでいた地面が沈んだ。
「!」
圧力がとてもかかっているのだ。
ただ、そもそもアルセイが動いたようには見えない。
「こ、この圧力……下手するとこのダンジョンが壊れるわよ?」
「その程度の加減ができないとでも?」
「思わないわ」
リリスはアルセイの剣を押し返すと、そのまま連続で斬りかかる。
全てが細かい隙を狙った攻撃となるが、アルセイもそれは分かっているようで、盾と剣ではじいて、必要に応じて回避することでそのすべてを捌いていく。
「お、おお……すげえ」
シャイガは呆然としている。
……ところで、隠密と言いながらモロバレの位置で突っ立っていて何がしたいのだろうか。
「……リリス。先ほど腕は落ちていないと評しましたが、撤回しましょう。少し強くなっていますね」
「そういうあなたは弱くなっているようね。昔のあなたなら、さっさと私の隙を見つけていたけど、今回はその余裕もないみたい」
「……認めましょう」
少し嫌そうな顔をしたが、頷くアルセイ。
今の自分に『熱意』など宿っていないのだ。
そんな女に、『昨日の自分よりも強くなる意思』があるわけがない。
アルセイは少し大きく剣を振って、リリスを間合いから外した。
「シャイガ」
「ん?」
「これをつけてください」
アルセイはそういうと、懐から腕輪を一つ取り出して投げ渡す。
シャイガは受け取った。
「なんだこれ」
「パワーアップアイテムです」
「おお!すげえな!」
何の疑いもなしに右腕につけるシャイガ。
……活発。といえるはずのシャイガだが、腕輪をつけた瞬間、目が死んだようになり、全く動かなくなった。
「……どうなってるの?」
「簡単に言いますと、洗脳の腕輪です」
「……神祖を洗脳?よくできるわね」
「当然です。私が作った『神器』ですから」
「あ……あなた、神器を作ってたの!?」
神祖は創造神ゼツヤが作った神器というルールに対して嫌悪感を持つものが多い。
アルセイもその例に漏れないと考えていたが、どこかでそれが変わったのだろうか……。
「それで、シャイガを洗脳して何をするつもりなのかしら?」
「答えは単純です。シャイガ、リリスを戦闘不能にしなさい」
次の瞬間、リリスの腹に、シャイガの拳が突き刺さっていた。
「ぐっ……がはっ!」
口から血を吹き出して壁まで吹っ飛んでいくリリス。
そして、壁に衝突する寸前、さらに腹にシャイガの蹴りが突き刺さった。
そのまま壁を蹴り破って、その奥にあるもう一つの壁に激突する。
「げほっ!げほっ!……な、なにがどうなって……」
咳に血が混じるリリス。
「神が神祖に至るためには『死に対する答え』が必要と言われますが、シャイガにそんなものはありません。しかし、バグのような視野であるシャイガには実績と呼べるものもほとんどありません。ただ単純に、『圧倒的な技術』のみで神祖になった存在、それがシャイガです。普段はポンコツですが、こうして主観を少し弄ってやるだけで最強の兵士になります」
「そ……そんな運用方法があったなんてね……!」
警戒レベルが最高まで上がったことで、少しだけシャイガの動きが見えたリリス。
しかし、体の方が間に合わな――
「ちょっとストップ」
間の抜けたような声が入ってきて、シャイガの拳を掌で受け止めた。
「!」
技術が最強の神祖。という話を急にぶった切るような『防御』にアルセイが驚く。
「あ、あなたは……」
リリスは全身を覆う黒いローブを着た男に尋ねる。
「とりあえず初めましてだな。情報はあると思うが、ユイカミと名乗っている」
「あ、朝森秀星の器……」
「まあ細かい話はあとだ。シャイガ、ちょっと俺と遊んでもらうぞ」
そういって、ユイカミは足を振り上げる。
シャイガの認識速度を大きく超えた蹴りが脇腹に突き刺さり、そのまま壁まで吹き飛ばしていった。
だが、シャイガは吹き飛ばされる寸前に『爆弾のようなもの』をその場に残している。
「……チッ」
ユイカミは舌打ちすると、右の手のひらに膨大な『光』を発生させた。
それで壁を作り出す。
「!」
シャイガが残した爆弾は、ユイカミとリリスがいた場所にのみ爆風が発生する構造。
ユイカミが作った壁を一瞬で破壊してユイカミまで爆風が貫通しそうになるが、ユイカミはローブを脱ぎ捨ててそれで爆風を覆った。
ローブは爆風に晒されてボロボロになるが、遮断性能は高いようでユイカミ自身は無傷である。
「ふう。面倒な奴だ」
ローブを脱ぎ捨てたことで素顔と服があらわになったユイカミがまっすぐシャイガを見る。
容姿こそ、白い髪に黒いメッシュを入れて、さらに白い瞳を持つが、それを除けば秀星そのものである。
本体と全く同じ体格で、白いTシャツとジーンズというなかなか安いもの。
ただ、右腕の肘から手首にかけて黄金のリングが三つ存在し、手のひらの光と連動するようにチカチカしている。
「朝森秀星の器……いったい何の用です?」
「いや……まあ、いろいろフラグは立ってるんだが、まだ基樹が覚醒しないっぽいんだよ。そのためにはリリスの存在が必要だ。まあ、アルセイの力も必要なんだが、さすがに強硬派に取られるわけにはいかないってだけの話だ」
アルセイの疑問に対して返答しているが、あくまでも目線はシャイガの方だ。
そして、ぶっ飛ばされて壁を貫通していたシャイガが戻ってくる。
手には小さなナイフを握っているが、それ以外には何かを持っているようには見えない。
「!」
次の瞬間、ユイカミはリリスに攻撃しようとして高速で接近してきたシャイガに再び蹴りを入れている。
そして、直ぐに立ち上がったシャイガはナイフを超高速で投げてきたが、それよりも早くユイカミの右手が動いて、小さな障壁を作ってナイフを止めた。
「……先ほどから使っているそれは一体何だ?」
「教えるわけないだろ。ただ……何となくわかるんじゃないか?てかしつこいぞお前」
再び襲ってくるシャイガに光線を放射して壁まで吹き飛ばす。
(あれほどの密度の光線、普通の道具ではないな。ただ、あの状態のシャイガを吹き飛ばすほどの光線。光の構築量の限度が全く分からない)
シャイガがかなわないとなると、アルセイもユイカミを倒すことはできない。
ただ、それほどのエネルギーとは、一体『何』なのだろうか。
(限度がない?……限度が……いや、無限?……光……!あの三つのリング……そういうことか)
どうやらアルセイの中で確信があったようだ。
「気が付いたようだな。で、さっさとおかえり願いたいんだが?」
「……そうしよう」
いずれにせよ、この場で何をするのかを決める選択権を持っているのはユイカミだけだ。
さっさと帰れといわれたアルセイだが、それを拒む意志を貫くことは困難である。
「……あー。それと一つだけ言っておくが、基樹が覚醒したら、アルセイとリリスの距離感を開けておく必要性は俺にとってはないからな。そこのところ覚えておいてくれよ。『魔王神祖』さん」
「……いいだろう。帰るぞ。シャイガ」
壁の奥からふらふらになりながらシャイガが出てきてアルセイについていった。
そして完全に気配が消えると、ユイカミはふうっと息を吐いて、光を集めて再びフード付きのコートを作り出す。
それを身にまとった。
「というわけだ。とりあえず俺の計画上、基樹は必要だ。それまでは強硬派からのお誘いに関しては止めてやるよ」
「……あなたの目的って、一体何なの?」
「まだ教えられんな……ん?待てよ?」
何かを思い出したかのように首をひねるユイカミ。
そして、ユイカミはリリスを見る。
「!」
リリスは驚く。
ユイカミの右目に、まるで蝶のような刻印が刻まれている。
リリスが持つ数々のスキルの情報を引っ張ってきても、『機能としてこうなる』スキルに見当がつかない。
「……なるほど」
ユイカミの右目が普通の目に戻る。
「……何がなるほどなの?」
「そう警戒するな。別に問題があるわけじゃないからな。ただあえていえば……これから多分苦労すると思うから、ご愁傷様ってところだな」
「え?」
「それじゃ、また会おう」
そういって、リリスの認識レベルを超える速度で、ユイカミは部屋から出ていった。
後に取り残されたリリスは、それはもう、深い深い溜息を吐く。
「はあぁぁぁぁ……一体どうなってるのよ……」
それを知っているのは全知神レルクスくらいのものである。
別に珍しいことではない。
ただ、苦労人が一人増えるだけだ。




