第六百八十五話
全員そろって、そしてプレハブ風の家で聡子から話を聞いて、そして戻ることになった。
『秀星、シカラチとはしっかり話してないんだろ?もうそろそろ転移するころだろうし、話してきたらどうだ?』
と来夏に言われた秀星。
特に用事はないのだが、確かに神祖という存在に対して何か話しておくことは情報という点で見るといいかもしれない。
そう判断した秀星は再びシカラチのところまで歩いていった。
「……で、何しに来たの?」
「といわれても、特に用事はないんだよなぁ。来夏にちょっと話してきたらどうだって言われたからな」
シカラチのところに行くと、少し面倒な様子で話してくるシカラチ。
「パライドがライズに寄生してるときに言ってたことだけど……やっぱり、『器』が抜けてるのか。君」
「あー。やっぱりその話をしてくるか。神祖ならさすがにわかるか」
秀星は溜息を吐いた。
「信念の根っこと、重要なスキルを一つ抜き取ることで、別人格、別個体として『器』だけが本体から飛び出すことができる。君がそれを認識したのは、異世界に行った時だね?」
「ああ。異世界での俺の名前が『唯一神秀星』だったからな。『名字が変わるほどの影響力』っていうのは多くない」
「そうだね。今、君が過去に飛んだとしても、おそらくその時点での君の名前は『朝森』のままだろう。『器』っていうのはそういうものだ」
シカラチはジーッと秀星を見る。
「器が自分から引っこ抜かれたスキル。それが何なのか知りたいと思っているのかな?」
「ああ、ただ、手掛かりがないんだよなぁ……セフィアもそのあたりのことを話そうとしないし」
「そうか……」
シカラチは少し考えるような表情になって、数秒後に秀星を見る。
「僕は腐敗神祖だ。だから、世の中に存在する『腐った物』や『腐敗しているもの』をほとんど認識することができる」
「まあ、神祖だし、そうだろうな」
全次元において『言葉の意味を定義する存在』である神。
この神がいるからこそ、異世界に行っても言葉の意味が同じように保たれていた。
それほどの影響力があるのだから、自分が定義する言葉に対する干渉力もすさまじいものになる。
認識する程度なら息を吸うようにできるだろう。
「僕もダラダラしたいなぁって言う感情を息を吸うように認識できるよ」
「ラターグには話を振っていないよ。というか、君は逆に『ダラダラしたくない』という感情だって拾えるじゃないか。まあそれは置いておこう。君のスキルに関する手がかりだが……今の時間から約八年前。君はとある母親からもらったものを捨てているはずだ。星形のペンダントのようなものだったかな?」
「八年前……」
「それが手掛かりの一つではある」
そういって、シカラチは起き上がった。
それを見て、ラターグは楽しそうな表情で起き上がる。
「そろそろ時間だ。寝る場所を変える」
「……なあ、なんで教えてくれたんだ?俺のスキルのこと」
「パライドが、君が持っている『手段』に興味を持っている。まあ、そのそばにいる『剣術神祖ミーシェ』はどう思っているかは知らないがな」
「はぁ……ん?ちょっと待て、さっき『ミーシェ』って言ったか?しかも……剣術神祖?」
「おや、君と面識があったかな?」
「……群青色の髪で、赤いブレザーみたいな制服を着てるよな」
「確かにそういう特徴だね」
「しかも厄介そうなやつがいたらすぐにつぶそうとするような奴だろ」
「性格まで大体同じだね。まさか君に面識があったとは」
「……異世界にいた時の、俺の剣の師匠だ」
「ふーん……まあ、別に珍しくはないことだ。ラターグ。行こう」
「そーだね」
ラターグはとても楽しそうな表情だ。
「秀星君。これからは僕はシカラチとブラブラするから、しばらくは君の家には戻らないよ。それじゃあね」
それだけを言い残して、ラターグとシカラチは転移した。
「師匠が神祖か……いや、とりあえず、今は八年前に捨てたペンダントだな」
秀星は『オールマジック・タブレット』を取り出す。
転移するのが秀星個人であるならば、時間制限と回数制限はあるが緻密に時間転移魔法を組み上げればローリスクで発動できる。
アトムを連れて十年前に戻った時は地獄だったが、今回は別だ。
「行くか」
秀星も転移する。
★
転移するとは言っても、時間の流れとなると、秀星でも『時間』というものを認識する。
しかも、秀星は『回収』のために、過去の自分を見なければならない。
「さてと、一体どこで捨てたっけな……」
過去に降り立った秀星。
時間は夜。
朝森家の自宅の上だ。
ちょっと魔法で探ってみたが、家には高志も沙羅もいない。
「さすがに八年前のことは漠然としか覚えてないな……まあ、そのあたりの記憶を『器』に引っこ抜かれた可能性もあるが」
現在十七歳の秀星の八年前は九歳。
小学校三年生ほどの年齢だ。
秀星はアルテマセンスの力によってある程度だが過去の自分のことを思い出せるが、さすがに八年前は限界がある。
「あ、いた」
八年前の秀星だ。
当然だが、体も小さいし、魔法という概念すらも知らない未熟な体つきである。
「……」
で、その秀星だが、無言で宿題をしていた。
少し考えてみれば当たり前だが、わざわざ小学生が学校でやる宿題なんて、いちいち声に出して内容を確認するようなことではない。
(あー……待ってるの暇だな……)
実年齢二十二歳のほうが早々にだらけ始めている。
とはいえ、過去の自分の宿題シーンなど見ても何も面白くない。
しかも算数の問題集を解いてるけど間違えてるし。
なんで5×(7+4)の答えが39なんだ。()をガン無視してるぞ。
(あ、気が付かずに終わった……何してんだろ俺)
だんだん空しくなってきた秀星。
そして九歳秀星が宿題を鞄にしまうと、なんと部屋の片づけを始めた。
(俺って自分の部屋の片づけをするような子だったかな……)
過去の自分の行動に対して疑問を持つ秀星。
ハイパーグダグダでボーっとしながら見ていると、棚の上に置かれていた『星形のペンダント』を手に取った。
(お、あれか)
星型のペンダントと言っていたし、アレかもしれない。
鑑定してみると……。
(な、なんだ?普通の鑑定ではわからないようになってる)
今の秀星にも遠目にはわからないようなプロテクトがかかっている。
……のではない。
(いや、俺の鑑定する力があれに対してのみ制限されてるのか)
秀星は自分の中で『エリクサーブラッドが正常に機能していないこと』を理解してそう結論を出す。
ただいずれにせよ、それほど重要なものなのだということがわかる。
秀星の『器』も、あのペンダントが重要なものだと知っているのだ。
(あ、ちょっと迷った後でごみ袋に捨ててる)
そして、九歳秀星は片付けが終わるとゴミ箱を玄関まで移動しておいている。
カレンダーを確認すると水曜日だ。翌日が木曜でゴミの収集日である。
(回収しておくか)
マスコット・セフィアを一体投げ入れて、ごみ袋の中からペンダントを回収する。
そして持ってきたそれを見るが、特に何の変哲もないペンダントだ。
なぜこれを捨てようと思ったのかはわからないが。
「あとはこれを持って帰るだけか……ん?」
秀星は目線を山に向ける。
ガイゼルとナターリア。風香の実家が管轄され、生息する二頭の獣によって管理される山だ。
そこに、大量のモンスターが『湧く』のを認識する。
「周辺でかなり人の動きがあるな。多分モンスターの『湧き』には気が付いてるのか」
ダンジョンでモンスターに遭遇するとのは違って、自然界に存在するモンスターはしっかりモンスターを産む。
だが、それとは別のプロセスでモンスターが生成されることがある。
モンスターが住んでいる山では起こりえることだ。
「……時間いっぱいまで対処しておくか」
さすがに誰かに見つかると不味いが、秀星は足を地面につける必要すらないし、存在した痕跡を残すこともない。
飛行魔法を使ってそのまま山に突撃する。
(やっぱりモンスターがかなり多いな。ほとんど熊みたいな形か)
それを認識した時だった。
「ふう、やはり湧きましたね。ただ、暴れすぎてはいけませんよ」
「わかってるって親父。俺は常識を理解してないわけじゃねえよ」
聞いたことがある声が耳に入る。
そこに目を向けると……。
(と……父さんと爺ちゃん!?)
秀星は驚いた。
秀星の父親である高志。
そして高志の父親である『朝森天成』が並んで山の中に入っている。
高志はいつも通りの白いバキバキの特攻服で、天成はスーツを着た少し白髪のある初老の男性だ。
天成の手には木刀が握られている。
「んじゃ親父。俺はここから乗り込んでいくから、親父は別のところからでいいぜ」
「馬鹿を言うな。お前を見はらないと面倒なことになるだろう……と言いたいところだが、今回の湧きは広範囲だからな。ここは任せる。一匹も通すなよ」
「わかってるって」
「ならいい。それでは、私は別の場所に行くとしよう」
そういって、天成は高志から離れてその場から離れる。
ただ……その速度は人間がするにしてはかなり速い。
(……俺は爺ちゃんが走っていった反対側の方向に行こうか)
秀星はそう判断する。
もちろん、天成の戦いというものに興味がないわけではないが、この時点でいろいろ想定できるというものだ。
(さてと。俺も倒さないとな)
できる限り、秀星がやった痕跡を残さないように倒す必要がある。
注意しなければならないことが多いものの、面倒というほどではない。
(正直、憂さ晴らしにも肩慣らしにもならないし……)
そんなことを思いながら秀星はモンスターを倒していく。
隠蔽や痕跡消去など、とにかく『見つからない』と『何も残さない』を重視する。
(……)
考えることがなさ過ぎて内心でも無言になる秀星。
こうなると単なるモンスター殺戮マシンだ。モンスターの死体も血も残らないけど。
「……ん?」
内心だけで語っていた秀星が、声に出してあるものを認識する。
その視線の先にいたのは、大量の熊に囲まれた少女だ。
艶のある綺麗な赤い髪を腰まで伸ばしており、手には一本のレイピアを持っている。
制服はこのあたりでは見かけるはずがないジュピター・スクールのものだが、モンスターの出現が多いとされて援軍要請があったのかもしれない。
(誰だ?)
後ろ姿なので顔は見えない。
ただ、それを認識した次の瞬間、熊が少女の向かって突撃する。
それに対して、秀星は何もしない。
レイピアを持つ立ち姿だけで、少女が高い実力を持っていることが分かったからだ。
その秀星の予想通りだ。
軽く跳ねて移動するように、少女はレイピアを振るう。
すべての一撃が熊の急所を貫く鋭いモノだ。
しかも、死角からの攻撃すらも、少女は振り向かずに回避して、レイピアに魔力を纏わせて飛ばすことで急所を貫く。
(……すげえな。全部わかってるのか)
秀星はそう判断すると、その場を後にする。
顔がうまく隠れて見えないのだが、こういう時に限って変なミスをするのだ。
今は時間移動中。
そういう変なミスを消すために余計なことをするとまた面倒なことになる。
(さて、さっさと別のところに行こうか)
秀星は周辺にいたクマを倒すと、そのまま山から引っ込んだ。
(父さんもいるし、爺ちゃんも強そうだし、大丈夫だろ。俺も俺で時間制限があるし、さっさと帰りますか)
秀星は自宅の上に戻って、時間転移魔法を使う。
次の瞬間、この時間に『八年後の秀星』はいなくなった。
★
「……妙ですね。このあたりにもモンスターはいたはずですが……」
レイピアを振るう赤い髪の少女は端正な美貌に疑問を浮かべて、とあるエリアに立つ。
そこには、『全く何かが起こった形跡がなかった』
そして、それを少女は『ありえない』と判断する。
「私のスキルでは、このあたりにもモンスターはいたはず。急にいなくなるはずはない。何かあったのでしょうか……まあ、私が考えたところで分かりませんね」
そこまで考えた時、横からガサリと音がした。
だが、少女はゆっくりを振り返る。
「おお、お久しぶりですな」
朝森天成……少女の知り合いであることが最初からわかっていたからである。
「天成さん。お久しぶりですね」
「うむ。君はいつ見ても綺麗だな。しかも高度な教育を受けている者としての自覚もしっかりある。私の息子も見習ってほしいものだ」
「フフフ。天成さんの息子さんに会ったことはありませんが、そこまですごいのですか?」
「ああ、アレは人型粗大ゴミだ」
冗談でも実の息子に対してなかなか酷い表現である。
ただ、おそらくアンケートを取っても反対意見はあまり出ないかもしれない。
それが朝森高志というギャグ補正の(今のところの)頂点である。
「それで……この場では何もなかったのかね?」
「私のスキルで見ても、何もないと判断せざるを得ませんよ」
「なら、今はそう思っておこう。どのみち、何もないに越したことはない」
「その判断を即座に下せるのは天成さんくらいのものですよ」
「あのバカ息子もそういう点は似てるかもしれんがな。孫の教育に悪い」
「フフフ。なかなか素直なお子さんだと聞いていますし、影響は大きいのでは?」
「……否定できん。君の七つ下なのだがね」
「それは可愛らしいお子さんでしょうね。お父さんの背中というものは大きいですよ」
少女は笑う。
「まあ、それに関しては私も思うのだがな……そうそう、その孫のことだ」
「?」
「私は近いうちに、私のスキル……『アイテムマスター』をあの子に継承しようと考えている」
「え?天成さんのアイテムマスターを?」
「ああ。結局、こんな木刀一本でいろいろできてしまうとな、しかもこの年だ。今更多様性などと言われてもどうしようもない」
「ふむ……なるほど」
「それと、息子の嫁から言われるのだよ。『あなたは機会に恵まれない』とね」
「それはまたすごい人ですね」
「ああ。本当にすごい人だ」
天成は溜息を吐く。
「ただ、その嫁の企みも、私は何となく読めていてね」
「ほう?」
「私のアイテムマスターを継承し、それが発揮するのはおよそ七年後、孫が十六歳になるころだろう。そして私の予想が正しければ、とあることを嫁は行う。その結果、孫の信念がぐらつくかもしれない。まあ、私は『器』が関係すると思っているが、まあ、君が詳しく知るのはもっと後でいいだろう」
「ふむ、それで?」
「君には、そのぐらついて、根っこの部分がなくなった『ただ強いだけの少年』を拾ってほしいのだ」
「……」
少女はあごに手を当てて長考する。
そして、ゆっくりと目を開いた。
「いいでしょう」
「む?いいのか?」
「はい。要するに、天成さんも、嫁さんも、そのお孫さんが何か特別な力を手にすると考えているのでしょう。ぜひとも見てみたいものです。今がどうなのか確認してみたい欲求はありますが、今は我慢しましょう」
「ああ。そういってくれると助かる」
「あと、天成さんにはいろいろと借りがありますからね」
「……ならば、これですべてチャラにしよう。いろいろ押し付けることになるだろうからな」
天成はとりあえずやっておきたいことを終えたのか、ふうっと息を吐く。
「なら、孫のことは君に任せよう」
「諸星来夏君」




