第千四話
「清磨様。朝森秀星との戦いはどうでしたか?」
「うーん……正直、あそこまで差があるとは思ってなかったぜ……」
沖野宮高校が存在する九重市内に存在する高層ビル。
特殊な結界技術やら魔法技術が存在することで、かなり高いが日照権を侵害しないという、物理法則に喧嘩を売った建築物である。
そこは時島グループの本社ビルであり、その最上階には、木材を基調としたアンティークで整えられた会長執務室が存在する。
高級な椅子に腰かけて清磨がぐったりしていた。
そのそばで、敦美がタブレットで確認しつつ、清磨に話しかけている。
「善戦ってところまでいけたら、ちょっとユグドラシル・ストアの方も交渉できればいいかなーなんて思ってたけど、甘かったわ。うん」
ユグドラシル・ストア。
朝森秀星のメイドたちであるセフィアが運営する会社の一つで、異世界にあるらしい世界樹から実ったアイテムを販売している。
セフィアが運営しているゆえに販売システムのクオリティも高く、世界中にアイテムを販売する店舗がある。
前提はそれくらいにして、最も質と量の上限が高い『本店』が日本の東京の一等地に存在するのだが、購入する場合、日本円でしか取引ができない。
本店で販売される最上級のアイテムの価値は圧倒的に高く、世界中の大富豪が今も買取人を送り込んでいるほどだ。
日本円でしか買えないということは、言い換えれば『外国人がユグドラシル・ストア本店のアイテムを買う場合、手持ちの通貨を日本円に両替しなければ購入できない』ということでもある。
それが影響して、世界中の富豪が日本円を手に入れようとしているのだ。
結果的に日本円の価値が上がっており、それによって円高が少しずつ発生している。
為替市場にすら影響を与えるほどのアイテムショップだ。当然、交渉人は後を絶たない。
しかし、セフィアの主人である朝森秀星は世界最強の男。地位も実力も資金も情報も女も全部そろっている化け物だ。脅しは一切通用しない。
そして、そんな秀星と直接戦えるタイミングもそう多くはない。
そこで善戦することができれば一枚噛めるかと考えていたが、正直甘かった。
「狙いとしては、ユグドラシル・ストアで手に入れたアイテムを、清磨様の『最高値移行』で強化することでしたが……」
「右から左に移動させるにしても、純粋にそれを研究するにしても、どっちにしてもプラスだからな。あ~いろいろ考えてたのに~」
ぶーたれる清磨。
そもそもの話をすれば、世界樹から獲得できるアイテムというものは常人の手に余るもの。
しかし、幾つか手に入れることができた『最高級品』はそんじょそこらの付与術では『誤差の範囲』と言える効果しかないのだが、清磨のスキルは明確な差が出たのである。
要するに、その『最高級品』の販売数を上げる交渉をしたかったということだ。
甘すぎるし舐めすぎである。
「今のままでもユグドラシル・ストアから買えないわけじゃないんだし、そのあたりは引いておくか」
「清磨様と朝森秀星の戦闘ですが、お互いに余力を残していたのは当然としても、朝森秀星の方がその余力が大きかったのは紛れもない事実です」
「だよね。否定できんわ」
溜息をつく清磨。
企業の会長である彼にもいろいろと戦略やら戦術はあるのだが、秀星に関しては『まず外堀から』とか言っている余裕がないことは確定した。
現状維持はあまり好きではないが、画期的なアイデアがないのなら引くしかない。
当然の戦略である。
「しゃーない。次の戦略だな」
「はい。沖野宮高校で現在実装されている『ポイントチケットシステム』……セフィコットと呼ばれるあのぬいぐるみが主な運営・交渉役となっているそうですが、このチケットは集めておいて損はないでしょう」
「この世界で唯一、『朝森秀星が発行した通貨』ともいえる貴重なものだ。今のところ全校生徒でどれくらいの金額があるのか知らねえけど、手に入れておきたいねぇ」
140人+αが清磨の派閥だ。
沖野宮高校の全校生徒数は30(1クラスの人数)×8(1学年のクラス数)×3(学年数)で720人。
あまり隠していても意味がないのでぶっちゃけてしまうと、+αの実態は清磨を入れて10人くらいである。
720人の内、約150人が派閥となるので、全体の約24分の5だ。ほぼ二割の生徒が自分の派閥ということになる。
さすがにここまで大きな派閥は、清磨たちを除けば生徒会関係くらいだろう。
しかも、その生徒会もつながりで言えば清磨たちに劣るため、実質的に強固なのは清磨たちだけだ。
「ただ、一つ懸念事項が」
「ん?」
「我々は商売に関する経験を積んでいるものが多い。言い換えれば、日ごろから企業として金を扱っている本場の人間です。最悪……ポイントチケットシステムそのものが解体される可能性もあります」
ぶっちゃけてしまえば、生徒の学校生活の質を左右する金である。
それらのコントロール権を時島グループが握ってしまうのは学校側としても避けたいだろう。
胴元である秀星が腰を上げるだけならまだしも、おイタが過ぎると揉み消される可能性もある。
揉み消された先で、『今年で秀星も卒業するし、このシステムの制御が困難になる可能性もあるから撤廃しよう』という結論になる可能性は、無いという方がおかしい。
「それでもいいじゃねえか。解体されるまでに必要なものを全て揃えてしまえばいい。それに、ある程度猶予はあると思うぜ。秀星先輩は恐らく、俺みたいなのが暴れまわるのを面白く傍から見るようなタイプだろうからな」
「畏まりました」
方針は定まったようだ。
実力という最大の交渉術が学校最強の男に通用しないことが分かった以上、次に狙うのは、常人が手を出せないサービス。
それなりに警戒される程度にとどめて企んだ方がいいだろう。
ただ、いずれにしても清磨たちが勝つ。
金の稼ぎ方と払い方と守り方をいくつも知っている人間は、高校生レベルではそう多くはない。




