贖罪
皆も大小は別にして罪を犯したことはないだろうか。
信号無視、窃盗、傷害、強盗、殺人……。
基本的に罪を行えば、その罪に対して法で罰せられる。
しかし、罪にならないものも多い。法律上は……。
誰かの罪によって人生が変わる者も多い。
だが罪を犯した者が、その事について知ることは少ない。
酷ければ罪と感じておらず、忘れていく者もいる。
これも大小はあるであろうし、皆も経験したこともあるのではないだろうか。
忘れているから経験を覚えていないとは思うが……。
でも、忘れない……。受けた者は忘れないのだ。
そんな罪と認識していない罪を犯した者は、どうしたら罪滅ぼしができるのであろうか、今回はそんな話をしよう。
・ ・ ・
10月上旬
祐は天野原市のメインストリートを歩いていた。大通りには大手のファッションブランドのお店がいくつもある。
あれから毎日お札を張り付けているお陰か、顔色を指摘されることもなくなったことに安堵した。
その所為か、普段は気にしたこともないが、改めて見ると色々な店があるものだと妙に感心した。
「祐さん、何を見てるんですか? 今まで住んでて、あまり来たことがないんですかぁ?」
「独り身でこんな明るい所に来たら、皆の発する幸せビームで焼け焦げて死んでしまうからね」
天の意地悪な質問に対して、思っていたことを大げさに返した。
事実、皆が皆とは言わないが楽しそうにしているカップルや家族が多い。このハッピーさの中で1人だと拷問に近い。
「また情けないことを言いますね。なら、今は楽しめますよね?」
そう言って天が腕にしがみ付いて来た。これは独り身の人に俺が幸せビームを照射しているのだろう。
「そうだね。楽しい時間だよ。ゆっくり見て回れるし、横に好きな人がいるんだから。それだけで楽しいさ」
その言葉に天は何も返して来なかったが、腕に通した手の力が少しだけ強くなった。
「あ、祐さん。それなりの格好をした方が良いですよ。ダサいとまでは行きませんが、普通過ぎます」
「そう? あまり気にして買ってなかったからなぁ……。それに家のエンゲル係数が天井知らずでさ」
言った後に気付いた。余計な情報を与えたことに……。
「……祐さん、誰かと一緒に住んでいるんですか?」
目ざといと言うか、余計な事を言ってしまった。言うべきことは他にもあるから観念して話そう。
「天ちゃん…言わなきゃならないことが多くて一言で伝えられないけど、今日の夕方に俺の家で話そうか……」
天は納得したのかしてないのか分からないが、俺の腕から手を離して腕組みをしている。
「……今まで隠していたって事ですか?」
「ごめんなさい……」
天の追及に謝るしかない。事実だから返しようもない。
天がため息を吐いた。それはそうだろう。色々秘密にしていることが多いのは間違いない。
「仕事柄、秘密にすべき事は多いですよね……。でも、教えてくれるってことは、信頼してもらったと考えても良いですよね?」
「それは間違いない。俺にとって大事な人達でもあるから、天ちゃんを紹介したい。あっちは知ってるけどね」
「それはそれで困るじゃないですか。変なことを言ってたら怒りますよ」
笑いながら言った天の顔を見ると、このまま何もなく幸せな人生を過ごしたいと思った。
何かと店を回り、いい時間になってきたのでコインパーキングに停めた車に乗り込んだ。
天は変わらず笑顔だし、俺も気持ちが楽になった。後は連中次第か……。
住宅街を抜けて山に向かう一本道の脇にある洋館に車を停める。
「…これ、祐さんのお家ですか? すんごい立派なんですけど?」
「すごかろう。…実は幽霊屋敷だから安値で売却されていたのを買ったんだけどね」
笑って天に言うと、あまり信じていない顔をしていた。とりあえず家に入るルールだけは言った。
家の中に入ると、天は玄関ホールにときめいているようだった。
「天ちゃん、見惚れてないでこっちに来たら? とりあえず、お茶を出すよ」
「ああ、はい。立派なものでビックリしてまし、えっ?」
天の目が2階に釘付けになっていた。これは間違いない……。
同じように目を2階に向けると、リリエールがワラベエと一緒にいるではないか……。
意地悪な顔に変わったことだけは分かった。
リリエールは手で目を隠すようにワラベエと一緒に階段を降りて来た。
「…わしという者がおりながら、また別の女子を家に連れ込むとは…。
2人の息子であるワラベエの気持ちを考えて欲しいものよ……」
「いつからワラベエが2人の息子になったんですか!
もう、冗談はやめてください。この娘は何度も話している天ちゃんです」
完全に思考回路がぶっ飛んでしまっている天に、なんと言えば良いのやら……。
「おいおい? お前、女をとっかえひっかえか? 意外に度胸があるんだな」
部屋から出てきたマゴロクのいらない言葉によって、俺を見る天の目に怒りの炎が宿ったことだけは分かった。
とりあえず誤解を解くために台所兼食堂に天を押し込んだ。
先ずは、まともなシュタルクを通して話をすることにしなければ。
「ああ、祐さん。お帰りなさい。今日はチキンステーキと、」
「シュタルクさん、お願いします! 助けてください!」
情けないが全てのプライドを投げ打ってシュタルクに懇願した。
全員揃って話し合い、と言うかシュタルクとの弁明を繰り返していた。
天はワラベエに好かれたのか、天の膝の上に乗っている。
相変わらず、リリエールとマゴロクは楽しそうな顔をしているが、俺はそれどころではない。
「ということで、この人達はヴァンパイアで、天ちゃんの上にいるのが座敷童子。どちらもトップシークレットだからね」
「何となく分かりました。皆、祐さんが助けたって事ですね……私と同じなんですね」
やっと理解できたのか天が笑顔で言った。俺の心臓もやっと落ち着いた。
「あと皆さんに言わないといけない事があります……。俺は処分屋をしばらく止めます。
理由は…まあ、分かると思いますが……。禍ツ喰らいが暴走しかけています」
この言葉にヴァンパイア3人は知っていたような感じをしていたが、天は理解できていないようだった。
「天ちゃん、言った通りの事だよ。しばらくは…いつまでかは分からないけど、とにかく休業なんだ。
皆さんにもご迷惑を掛けるかもしれませんが、ご理解をお願いします」
食堂に沈黙が訪れた。皆に迷惑を掛けるかもしれない……。でも、言わないとダメなことだった。
「別に構わぬ。お主自身の問題じゃ。ここで休ませてもらっておることで、わしは十分じゃ」
リリエールが先に口を開いた。そう言ってもらえるとありがたい。
「俺も構わねぇ。何かあれば姫さんを守ればいい話だ。お前の力が無くてもなんとかなる」
「私もです。リリエール様だけでなく、祐さんに何かあればお助けします。今後の生活で、今の修行が活かせると良いですね」
マゴロクとシュタルクも答えてくれた。どちらも嬉しい言葉だ。
「…皆さんは祐さんを信頼されているんですね。嬉しいです……。そんな人と一緒にいれる事が……」
天の言葉に顔が赤くなってしまう。そんな風に言ってもらうと誰でもそうなると思った。
「罪作りな男じゃのぉ。この化け物人間はお前さんのことをよお喋っておるわ。見放さんでおいてくれ」
「リリエールさん!? …まあ、事実ですからね。せめて天ちゃんを守れるようには強くなるよ」
そう言うと自分でも恥ずかしくなったが、天も恥ずかしそうに視線を外した。
「おい、修行なら俺も手伝おうか? たまには思いっ切り刀を振るいてぇ」
「マゴロクさん…それじゃあ、ただのうっぷん晴らしですよ……」
小さな笑いが起き、次第に大きな笑い声を皆で上げた。
結果、皆で笑顔になれたのだ。天にもヴァンパイアにもワラベエにも、俺の気持ちは届いたと思う。
・ ・ ・
翌日
探偵事務所で祐はくつろいでいた。…もとい、仕事を待っているとドアをノックする音がしたので招く言葉を口にした。
男が1人で入って来た。顔色が悪い感じだ。背は高く、ガタイも良い、顔も少し濃い感じだがカッコいいと思った。
応接スペースのソファに座るよう手を差し出し、俺も向いのソファに座る。やはり顔色が悪い、これは浮気調査かな?
「今日はどういったご用件で? 失礼しました、私はこういう者です」
男に向かって名刺を差し出す。男は黙ってそれを受け取り自分の前に置いた。この時点で若干肩を落としている。
「……こちらは霊能力関係のお仕事をされていると伺ったのですが。…本当なのでしょうか……?」
これは参った。処分屋の仕事が舞い込んできたか。
しかし、まだ訓練も完璧とはとても言えないし、戦う相手次第では何もできない。
「…一応ですね。ただ、残念ながら案件次第では対応しかねます。お話だけでも伺いましょうか?」
この言葉に男は更に肩を落とした。どんな話か聞かねば分からないが言いたくないことなのかもしれない。
「実は私、黄泉帰りをしたんです」
黄泉帰り? あり得ないことではない。三途の川まで行って大事な人に追い返されたり、蘇生が上手くいき引きずられる様に戻ることもある。
「黄泉帰りであれば、何ら問題はないと思いますが? 取り戻した人生を全うできますよ?」
しかし、この言葉に男はうつむいたままだった。
「……私は地獄に、落ちました…。本当に地獄の光景でした…でも、化け物に捕まる寸前に引き戻されました……」
「地獄ですか? あなたはどれぐらい亡くなっていたのですか?」
「お通夜の前に黄泉帰りしたので、死んでから5時間は経っていたと思います」
男の言葉に唸りながら考える。手術中や術後ではなく、完全に死んでからの黄泉帰り。
ない訳ではないが、可哀想なことに地獄の光景を覚えている。
「ちょっと立っていただけますか? そのまま立ち上がっていただくだけで良いです」
男は俺の言葉に疑問を持つような顔をしたが、立ち上がった。少し見て回ると分かったことがあった。男に座るように言う。
「あの、何かありましたか?」
「ええ。いえ、すぐには答えが出せません。すいませんが、お名前とご連絡先をお願いできますか?」
そう言うと男は名刺を渡し、今日はお引き取りをお願いした。
「萌香ちゃん、見えた?」
「…はい。天からの鎖よりも…地獄からの鎖が太かったです……」
「見えたのはそれだけ? 他には見えなかった?」
「…正しいのか分かりません。…地獄の鎖に傷があった……?」
「正解。マーキングされたんだよ。あれは悪魔の所有物になってしまったも同然。彼は地獄行きが確定したようなもんさ」
そう言って考える。彼を助ける方法が何か……。
「いやぁ、地獄行きが確定って、祐さんより酷いとは。可哀想なもんですねぇ」
「俺もそう思うよ。でも、地獄に堕ちたのはあの人の所為でもあるしね。これをどうしたものか……」
幸の言葉の通り、俺はチャンスが天から与えられた。サタンに押し付けられた呪いの体に対抗する力を。
だが、あの人。名刺を見ると、「草野 光太」。この草野が何をしたのか。それが分からないと解決の糸口は見つからない。
「…助けられないんでしょうか? …今回は怪異も出なさそう…そんな気がします……」
「出ないかな。これは、この草野さんが解決することだからね」
早速、草野に連絡して都合の良い日に事務所に来るように伝えた。
・ ・ ・
2日後
草野が事務所に来た。前回と同じように応接スペースに案内する。
「…草野さん。非常に言いにくい事なのですが……。このまま行けば、あなたの地獄行きは確定です」
この言葉に草野は絶望したかのような顔になった。
「草野さん、私はこのまま、と言いました。あなたにはチャンスがあります。それをお教えします」
簡単に鎖の話、傷は悪魔のマーキング、何故、地獄の鎖が太くなったのか。とりあえず言えることは言った。
「何度も言いますが、あなたが人に対して悪い事、悪事を働いたことが鎖を太くした原因と私は考えます。何か思い当たることは?」
俺の言葉に草野は頭を横に振った。それはないだろうと思った。
何もしていなければ、ここまで太くはならない。普通に生きて、普通に優しい人間でいれば、普通に天国に行ける。
「何も思い当たらないなら結構です。お金もいただきません。あなたは余生を過ごして、地獄に行かれるのがよろしいかと。
ただ、地獄も良い所ではないですよ。知っているおっさんはパラダイスって言ってましたがね」
本当に知らないのなら良い。忘れているのなら、それでも良い。しかし、知らない振りをしているのなら、尚更地獄に行くべきだ。
「私は! ……色々な人に迷惑を、掛けたと思います……」
「そうですか? 例えば、どんな? できるだけ詳細に思い出す必要があります。萌香ちゃん、メモをよろしく」
「子供の頃から背も高くて力が強かったから、弱い者いじめをすることがありました……。
中学になればエスカレートしました。パシリ、暴力、裸にさせたり、教科書をゴミ箱に投げ込んだり…高校もそれより悪かったです。
ただ、頭も良かったので先生は見逃してくれました。なので調子に乗って……」
胸糞悪くなって来たが、話を更に掘り進める必要がある。
「大学や社会人になってはどうですか?」
「大学ではサークルの人間関係を壊すような事をしました……。社会人では同期を蹴落とす為に、上司に嘘の話を吹きこんだりしました……」
こりゃまた、地獄行きの行動を積み重ねてきたようなものだ。
ただ、今の話だけでは瀬戸際であるが地獄行きは免れるかもしれない。だが、この鎖の太さは?
「草野さん、それだけですか? 本当に忘れていることはありませんか?」
「……おそらくは。それ以外は思いつきません」
思い出せないじゃなく、思いつかない……。これは重症だろう。
人の気持ちが分からないか、自分より劣っているから好きにして良いと考えていたのか。
「私には妻も子供もいます。妻も悪いことはしない女ですし、子供もきっと優しく育てます。……なのに天国で2人と会えないんですか?」
「行けないでしょうね、このままでは。あなたが今から必死こいて善行を積んでも難しいでしょうね」
草野が怒りを爆発させたような顔で立ち上がった。まあ、こっちも挑発するような言い方をしたが。
「もうあんたには頼まない。そうやって人から金を騙し取るんだろ!この偽物め」
今にも怒りで顔から湯気でも出そうな草野の言葉に、萌香が立ち上がろうとしたので手で制した。
「偽物でも紛い物でも構いません。お金も成功報酬ですので、いただきません。
ただ、ご自分の立場をご理解だけはしていただきましょう。萌香ちゃん、準備を手伝って」
今まで何度も行って来たであろう、霊体の可視化。部屋を暗くし、香を焚き、ろうそくに火を灯す。
「しばらくしたら見えてきますよ。まあ、嬉しいものではないでしょうがね」
怒りが治まらない草野を更に挑発する物言いになったが、事実であるので許してもらいたい。
香の香りが満ちてきた頃に、草野の顔が変わった。見えたのだろう、自分に科せられた罪の重さが……。
「こ、これは? 催眠術か何かだろ? そうに決まっている。じゃなきゃ、こんなこと……」
「そう思われるなら結構です。お帰りください。ただ、それがあなたの罪の重さだということは忘れないように」
草野はソファに座り頭を抱えている。何を信じるのか、どうしたら良いのか、何で自分なのか……。そう思っているだろう。
俺から言わせれば自分で決めろとしか言えない。自分で撒いた種なのだから……。
答えが出るまでもう少し掛かると思い、電気を点け、香とろうそくを消す。また面倒になってきた、自分の悪い癖だ。
「…どうしたら……。どうしたら助かるんですか?」
やっと口を開いた草野に対して非情な事かもしれないが、方法は1つしかない。
「あなたがやってきた過ちに対して、皆から許しを貰う。これしかありませんね」
俺の言葉を聞き、また頭を抱える草野を見て軽く腹が立った。
・ ・ ・
少し考えさせて欲しい、と草野が言ったので事務所から帰ってもらった。
「あれは、重症ですねぇ。もう諦めたらどうですかぁ? 時間が掛かりますよぉ?」
「だろうね。自覚がない、無自覚な悪意が一番悪い。記憶に残らないから謝罪もできないし、天に許しも乞えない」
幸と話して思う。記憶に残っていない……一番残酷なことであろう。受けた人間の無念すら知ることがないのだから…。
「ですよねぇ。本人も諦めれば良いんですけどねぇ。自分のした事が分からないなら、受け入れるのも1つだと思いますよぉ?」
「だよね。俺達も知らず知らずにしているかもしれないけど、あの人のはちょっとねぇ……。
まあ、方法はない訳じゃないけど、先ずは謝罪参りをしまくるしかないね」
「祐さん、ぶっちゃけめんどくさくなってませんかぁ?」
幸の言葉に思わず笑顔で頷いてしまった。
2日後に草野が事務所を訪れた。せめて事前に連絡するのが社会人だろうと思ったが、悩み続けたせいであろう。
「草野さん、どうされますか? 私はどちらでも構いません。あなたがどうするのか次第です……」
草野はうつむいたまま苦しそうな顔をしていた。その苦しそうな顔を、他の人達にさせたことは覚えているのだろうか。
「守屋さん…本当に謝罪をしたら、天国にいけるんですか……?」
「確約はできませんが、可能性が上がることは間違いないです。結局、天は見ているということですよ」
「それなら……皆に謝りに…行きます」
そう言った草野の顔は苦渋に満ちたものであった。
どうするのか草野は方法が分からないようなので、それぞれ呼べる者はファミレスでも喫茶店でも良いので面と向かって謝るように言った。
呼べない者、分からない者は、友人に聞くなりして探しあてるしかないとも。その行為自体も謝罪の1つに繋がる。
草野が謝る人物のリストを思いつくだけ書きださせて、1人1人潰していく。
しかし、楽しい仕事ではない。萌香に謝罪の内容をメモさせてはいるが、聞き耳を立てるこちらからすると謝罪とは思えない言葉も多い。
「…祐さん…これで謝罪になるんですか……?」
「う~ん、どうだろね? 相手によっては怒って帰る人がいるからねぇ。謝罪の仕方が良く分からないって感じかな」
そんな話をしていると、謝罪対象者が怒って店を後にした。
これは謝り方を教える必要があると思った。
「草野さん、正直に申し上げますと、あなたの謝罪には誠意が感じられません。
むしろ、謝罪の言葉より弁解が多いです。それでは謝罪になりません。あなた自身のプライドが、」
「そんな事! …知るかよ。謝っているのに…なんで俺がキレられるんだよ……」
「何度でも言いますよ。あなたが本当に悪かったと思って謝らない限り、相手には届きません。
例え、あなたに悪意がなかったとしても、あなたのしたことを許さない人もいるのです。それが謝罪…いえ、あなたにとっての贖罪でしょうね」
草野は唸るばかりで言葉が届いたのか分からない。だが、自分のプライドも何もかも捨てて許しを乞う。
これがなければ、彼から受けたことに対して許しはしないだろう。
「草野さん、情けないでしょう? 苦しいでしょう? 何で俺だけが? そう思っているでしょう。
ですが、それはあなたが他人に与えたことと変わりません。他人の気持ちに立つ、難しいことですが……。今、あなたはそれを理解できるチャンスでもあります。
他人の気持ちを知り、どのような苦しみを与えたか。それを今一度、理解してからご連絡ください」
そう言って草野を置いて萌香と共に事務所に帰った。
「うっひょ~、そりゃまた難題ですねぇ。謝罪で相手を怒らせるなんてプロですねぇ」
「何のプロか分からないけど……。自分が蹴落とした、バカにした相手に謝るのは根性がいるんじゃないかな?」
幸の言葉も一理ある。謝罪で相手を怒らせては何の意味もない。
「…でも…それだけの悪いことはした…ってことですよね……?」
「そうだね……。普通じゃないから、あれだけ地獄の鎖が太くなったんだから。他にも色々やらかしているのかもね?」
萌香の言う通りだ、普通じゃない。どれだけの悪行をしたか分からないが……。
次の日に草野がまた謝罪を行いたいと言ってきたので、萌香と一緒に喫茶店へ向かう。
どのような謝罪になるか見物とは言ってはいけないが、確認する必要がある。
しかし、草野は前日のような謝り方ではなかった。
頭を何度も下げ、自分が何をしたのか、どんな思いにさせてしまったのか……。
彼なりに思いつく事を言葉にし謝罪している。プライドを捨て、相手と向き合って……。
まだ、怒って出て行く者もいたし、コーヒーを掛ける者もいた。だが、草野はふて腐れなかった。最後まで謝り続けたのだ。
どういった心境の変化か分からないが、覚悟を決めて来たのだろう。萌香のメモも謝罪の言葉でびっしりだった。
「草野さん、この近辺でお会いできる人には会ったようですね。私も謝罪上手とは言えませんが、あなたの気持ちは少なからず届いたでしょう」
その言葉に草野は黙って頷くだけだった。
しかし、この近辺だけではないのだ。それ以外の多くの人たちに謝る必要があるのだ。
草野にそのことを言い、地元に行って謝罪行脚を続けることを教えた。
そして、喫茶店を後にした。これ以上は彼自身が頑張ることになる。付き合う必要はない。
・ ・ ・
2日後に事態が急変した。草野が電話で衝撃的なことを言ったのだ。
彼がいじめたと思われる同級生が自殺していたとのことだった。
仲の良かった同級生と、いじめていた人のリストを作っていたときに判明したそうだ。
これで鎖が太くなった理由が分かった。彼は間接的、いや、直接的に追い詰めたのだ。自殺という殺人とも言える行動に走るように……。
「……草野さん。その方には何をされたんですか? それが分からなければ、自覚がなければ…彼の許しは得られないでしょう」
「それが覚えていないんです。本当に覚えてないんですよ! …何で死んだのか、それすらも……」
ここまで覚えていないものなのか? 彼にとっては自殺した同級生は虫けらのような存在なのか?
「草野さん…非常に申し上げにくい事なのですが、その事をあなた自身で何をしたかを克明に調べあげてください。
その同級生の無念を知り、その家族に謝罪をする……。それが今のあなたにできる最善の方法です」
こちらの意思が伝わったのか、唸る草野とは話す気も起きず、念押しだけして電話を切った。
「お~ぅ、それは大問題ですねぇ。1級の罪じゃないですかぁ、自殺まで追い込むなんてぇ」
「まあ、ほぼ殺人……いや、殺人と言っても過言じゃないからね。しかも、本人が忘れているとなると……」
幸の言う通り1級の罪だ。場合によっては刑務所に入るレベルのものだ。
「助かる見込みは…って本人次第ですよぇ。こりゃまた、面倒を抱えましたねぇ」
「だね。余程、怪異の方が気が楽だよ。いちいちイライラさせられちゃあ、堪らないよ」
あとは彼の記憶が戻り、どれだけ謝罪できるか。せめて、それは見届けようと思った。
草野が昔住んでいた地元に到着した。結構な距離を走らされたが、それよりも謝罪のことが気になって早く着いた気持ちがした。
「…祐さん。場所は分かるんですか……」
「一応ね、ナビに設定した所だから合っているとは思うけど」
その時、怒声が近くから響いてきた。何事かと思い近づいてみると、草野が尻餅を付いていた。
「お前に…うちの孫は殺されたんじゃ…帰れ! 2度と来るな」
お歳を召したであろう老人に突き飛ばされたのか……。まあ、ここで帰るのが普通だわな。
そう思っていたが草野は立ち上がると、また玄関のチャイムを鳴らした。
草野は言った、自分が何をしたのかを……。見えない所への暴力、パシリ、カツアゲ、クラスでの無視、裸の写真、その他諸々。
それを聞いて、祖父と思しき人は更にヒートアップをした。また、突き飛ばされて扉を閉められた。
草野のした事を思いだす。俺が受けたものに比べるとかなり酷いものだ。しかし、草野はそれを酷いと思わなかった……。
いや、思えなかったのだろう。自分より劣る存在は虐げられて当たり前…そんな身勝手な考えからだろう。
何度もチャイムを鳴らしては追い返される。自分のしてきた事を理解したのか。それとも地獄に行きたくない一心か。
どちらでも構わない。知らなかった事を知り、どうするのか……。これが草野なりに出した答えなのだ。
何度も食い下がる草野に根負けしたのか、やっと家の中に入れてもらえたようだ。
「…祐さん。これで…終わりなんでしょうか……?」
「いや。まだ足りないと思う。一番の問題はクリアしたと思うが…後は」
何時間かして草野が家から出てきた。深々と頭を下げている。
これ以上は見届ける必要はないと考え、携帯を取り出した。
2日後に草野が事務所を訪れた。相変わらず、アポもなしかと思ったが顔は疲れ切っているので我慢しよう。
「草野さん、そのお顔から察するにかなりの方々に謝罪をして回ったと思われますが、如何でしたか?」
「如何でしたか…ですか……。自分が酷い人間だということが分かりましたよ。何で、どうして、あんなことになったのか……」
草野の言葉から伝わってきた。人の気持ちに立ってみて、自分のしたことを省みることができたのだ。
「残念ながら人は忘れていく生き物です。ただ、あなたは忘れても受けた人は忘れません。屈辱ほど心に残る負の感情はないでしょう」
「それが分かりました。自分のした事を忘れる……。一番罪深いことだと思いました。本当に馬鹿でクズでしたよ、私は」
「その事をご理解いただけたのなら、あなたの地獄行きをチャラ…とはいかないまでも、多少は良くしてくれる方の元に行きましょう。正しこれも、あなた次第ですけどね」
草野は目を丸くしていたが、決心した表情を見せた。
・ ・ ・
『縁間法律事務所』。今回、目的とする場所の近くに車を停めた。
「あの、法律事務所に何の用が?」
「まあ、行けば分かります。悪い人ではありませんよ」
事務所は1階と2階にある。そこそこ大きな事務所に対象の人物がいる。
受付で呼び出しをしてもらい、しばらく待つと女性が1人歩いてきた。
女性の名は「縁間 弥生」、ロングヘアーだが今日はクリップで後ろ止めしているせいか、少し違う感じを受けた。
少しきつい目をした美人で、優秀だが言うことは厳しい。でも、何だかんだで優しい人で、ときおり優しい目をするのが印象的だ。
タイトなスーツでこちらに近づいてくる。笑顔ではないところが少し怖い。
「祐くん、もうちょっと前に連絡をくれないと。こっちの都合もあるんだから」
「いやぁ弥生ちゃん、ごめんね。日程が決まってなかったからさ。許して」
「もう…何か奢ってもらうわよ? で、そちらが例の人?」
「そ。弥生ちゃんから見て、どう思う?」
そう言うと弥生がしげしげと草野を見ている。そんな時に萌香が耳打ちしてきた。
「…どんな方…何ですか……?」
「後で分かるよ。俺が苦労するところは……覚えちゃいないだろうけど」
弥生が草野から目を離して、俺を見て来たので萌香との話しを中断した。
「これは…微妙ね。あとは祐くんの頑張り次第ね。もうちょっとで休憩時間だから、応接室で待ってて」
弥生が仕事に戻ると、受付の人から応接室に通された。
それほど待たずに弥生が応接室へ入って来た。
「さ。祐くん、皆さんに説明をして」
「え? 俺? まあ、仕方がない。説明しますか……。ええっと、弥生さんは簡単に言うと審判の天使です。
人ではありますが、彼女の力次第で人が持つ天の鎖の増減を決めることができます。この力で…草野さん、あなたを救う可能性があります」
弥生は天と同じ力を持つ、天使と人の混血の人間。
弥生と出会ったのは偶然だった。天使の力を持っていたことは、仕事での付き合いをしばらくしてから知った。
俺の天からの鎖を太くしてくれと相談したが、天国は厳しいようで祝福の手で頑張れとのことだった。
「祐くんの説明で大体はあっているわ。草野さん、あなたはこれから審判の被告人になります。
そして、弁護人は祐くん。私はあくまで天にその言葉を伝え、天の言葉を口にします」
「ということです。私には重荷ですが、草野さん…あなたの言葉も重要になります。心して掛かって下さい。んじゃ、弥生ちゃん」
天から許しを得ることはそこまで難しいことではないが、草野の罪は重い。果たして口説き落とせるか……。俺の力も重要になる。
弥生が目を閉じると応接室の形がドンドン変化し、アメリカの裁判所のような形になった。
真ん中に立つ草野、傍聴席には萌香がいる。前には黒い法服を着ている弥生。そして、草野の傍に立つ俺。
「では、審判に入ります」
弥生の言葉で戦いが始まった。
・ ・ ・
「まず、弁護に入る前に彼の罪状を自分から述べていただきましょう、草野さん。よろしくお願いします」
俺の急な言葉に草野は困惑した様子だったが、すぐに受け入れた。自分の行ってきたことを洗いざらい弥生に話した。
「このように草野さんは自分の行った数々の事について謝罪をいたしました。そう、今まで持っていたプライドを捨ててまで……。
ですが、たかだか謝罪です。本当の許しとは、ほど遠いものでしょう。しかし、彼は過ちに気付いた。その事は大きなものです。
今後の彼の人生に前向きな力を与えます。しかし、地獄に堕ちる。これも身から出た錆ですが、地獄行きが分かっているとどうなるでしょうか?
自分の人生に悲観し、嘆き、苦しむ……。それも仕方のない事かもしれません。ただ彼が気付いた事が、これから多くの人を救うかもしれません。
その機会を…今一度、チャンスを彼に与えては貰えないでしょうか? 以上です」
弥生の目が変わらない。天と繋がっているためか、このままでは落とせないのか……。
「…それでは草野さん、あなた自身に何ができると言うのですか? あなたの行為を許さない者が現れた場合は?
あなた自身が変わった、そう守屋さんは言いました。どう変わったのですか?」
草野の言葉次第で大きく形勢が変わる。何と答えるのか、固唾を飲んで見守るしかできない。
「私は愚かな人間だと思いました……。人が傷ついているのを平気で見る…いえ、楽しんで率先して行ってました。
なのに、その事を忘れてしまっていました。傷つけてしまった人に謝っても、許してもらえなかった人も多かったです。
それでも私は謝り続けたい…私の所為で変わってしまった人生に対して少しでも…少しでも……」
草野なりの言葉だが、天はどう受け止めるか……。
「謝り続けることが許しになると? あなたの所為で自ら死を選んだ者もいるのですよ? あなたが背中を押した…そうではないのですか?」
相変わらず手厳しい事を言う。ただ、ここは頑張りどころだ。
「分かっています…いえ、正確には周りの人に聞いても自分で分からなかった事もありました。そんな無自覚で辛いことを行っていた自分を知りました……。
確かに地獄行きを嫌がっていた自分もいました。しかし、私が蹴落としたり、いじめた相手に謝罪する度に思うんです。地獄行きも当然と…。
自殺した…いえ、自殺させてしまった彼のことを彼の祖父母、ご両親、ご兄弟から聞きました。彼は何も言わずに堪えていた、と。
そんな彼の気持ちも知らず、私は彼をいじめることを楽しんでいました。自殺した事さえ忘れてしまうぐらいの気持ちで……」
草野が振り絞るような口調で自分の過ちを認めた。ここから出番かと思い、弥生の前に立つ。
「裁判官、私からも一言よろしいでしょうか? ……返事がないようなので続けます。草野さんは自分が地獄行きになることを受け入れております。
それでも尚、許されざる事をしたことに気付いた。そして、謝罪を続ける覚悟も決めた。過去のプライドが高く、自分より劣る人間に対していじめていた……。
そんな彼がプライドも捨て、謝罪をし、地獄に行く覚悟もした! これは贖罪になるのではないのでしょうか? 以上です」
弥生が目を閉じた。もうそろそろ審判が下される。
「守屋さん、あなたの言葉通り贖罪になるでしょう。では、草野さん。あなたは地獄に行くことが分かっています。
私は何もしません。それで、あなたは何をするのですか? あなたにできる事はあるのですか?」
まだ口説き落とせなかった。簡単に許しを与えて良い罪ではないことを改めて理解させられた。
「……謝ります。届かなくても、届くまで謝ります。やっと分かったんです、他人の立場がどれだけ辛いものか。
それを忘れたくありません。その事を胸に刻み、謝罪をし、他の人に笑顔になってもらえるように生きて行こうと思います……。
亡くなった同級生には謝りようがありませんが、罵倒されても叩かれても謝りに行きます。それが自分のしたことだから……」
草野の決意は聞いた。後は天がどう判断…。小さな木槌を叩く音が鳴り響いた。
「天はこの者を…天国へ迎え入れるための判断を下しました。天国の鎖を太くし、地獄の鎖と同等のものにします。
ただし、悪魔の爪痕は残ります。あとはあなたの行動次第です。天はあなたを見ていますよ……。
あと守屋さん、だいぶ鎖が太くなりましたね。これからも精進してください」
弥生がそう言うと、天からの鎖が太くなっていくのが見えた。と、同時に裁判室がただの応接室へ戻った。
「ふう、疲れたわ。祐くん、絶対何か奢ってよね? 居酒屋とか選んだら怒るわよ」
「何かこっちもどっと疲れたよ。…じゃあ、もうちょっと奮発するから。ありがとう」
「相変わらず素直ねぇ。じゃ、私は仕事に戻るから。祐くん、期待してるわよ」
弥生は優しい目をしながら言うと、応接室から出て行った。はてさて、どこに連れて行けば良いものやら……。
「…祐さん。何があったんですか……?」
「ん? 俺も知らない。天使の力は使った、天使の力を持った人にしか痕跡は残らないようになっているから」
萌香は納得したのかしてないのか、曖昧な表情を浮かべている。
ただ、分かったことは草野から伸びる天からの鎖が太くなったことだけだ。
・ ・ ・
探偵事務所に3人で戻ると、また霊体の可視化の準備をする。
「草野さん、とりあえず見てもらうのが一番早いと思いますので、この鏡を見て下さい」
草野は手渡した鏡で自分の足と上に見える鎖を眺めていた。
「あの、これは。天国の鎖が太くなったということですか?」
「そうですね。ただ、地獄の鎖に付いた傷痕が厄介です。今後のあなたの生活次第では、また地獄行きかもしれません」
「……そうですよね。それだけの事をしたのですから。今更かもしれませんが、私は他人の気持ちを知ることができました。
守屋さん、あなたのお陰です。これからも謝罪を続け、人に優しくできるように生きていきます」
「今の気持ちを忘れなければ大丈夫でしょう。あなたの思いが天に届いたように、あなたが傷つけた人に心からの謝罪を続けてください」
俺の言葉を聞き終わると、草野が深々と頭を下げて事務所を後にした。
「祐さ~ん、あれで良かったんですかぁ? まあ、助かったことはおめでたいことですがぁ」
「いや、これは始まりさ。あとはどう生きるかで、最後が決まるからね。どっちに転ぶかは彼次第さ」
そう、結局は自分次第。忘れていった罪と、どう向き合うか。自分にできることを精一杯やる、贖罪とはそういうものだろう。
携帯のメッセージ着信音がなった。亀寿島 天と表示されている。
『弥生さんって、どなたですか?』
助手の華麗な裏切りを受けてしまった。目を向けると、顔を背けた。
彼女に俺の愛よ届け、と念じながら、謝罪の文章を送った。




