ドッキリ肝試し
肝試しとは、読んで字のごとく肝を試すものである。
ここで言う肝とは度胸であり、その度胸を試すというものである。
現在では夏の風物詩であり、多くの学校やサークルなどのキャンプ等で企画されることが多い。
特に森の暗闇など恐怖心を抱きやすい環境下で行うことが多く、その恐怖心を煽るような仕掛けもしたりする。
肝試しも決して悪いものではない。2人1組で回ることも多いため、男女のペアになれば恋の切っ掛けにも成りうる。
何故かと言えば、恋をした時の感情と恐怖などによる感情は近いものだというからだ。
これを吊り橋効果と言う。高く揺れる吊り橋の上で恐怖している人に電話番号を教えると、電話を掛けて来ることが多いと言う。
この恐怖心の錯覚から恋に発展する場合もあるのだ。
だが、どちらが恋をするかは分からない。意中の相手だとしても、自分だけ怖がって相手が平常心では効果がない。
理想的なのは、どちらも同じ恐怖を感じ、その感情を共有して恋に落ちていくことだろう。
そんな肝試しで色んな意味で肝を試され、吊り橋に振られまくった男の、怪異とは全く関係のない話を今回はしよう。
・ ・ ・
9月下旬
朝方から祐は事務所にて、探偵業の報告書を確認していた。
式神の経験値がドンドン上がっている事を、報告書が放つ完成度からまざまざと見せつけられていた。
「祐さん、探偵業は式神ちゃん達に任せて、しばらくはフリーダムになったらどうですかぁ?」
相変わらず、寝転がりながら幸が恐ろしいことを言ってきた。確かに俺の経験値以上のものを持っている気がする。
「幸ちゃん、それじゃあ俺はフリーターになっちゃうじゃん。所長としてどうなの、それってさ?」
まだ何とか持ち堪えているプライドを奮い立たせて幸に言った。
「この際、ニートで良いじゃないですかぁ。家に引きこもって萌えアニメでも見て、安静にしてくださぁい」
「何度も言うようだけどさ、アニメにも色々ジャンルがあるの。俺の好きなものとは違うんだよ。
幸ちゃんだって、読む本のジャンルとか違うじゃんか? それと同じ」
アニメが全て同じように一括りにされては困る。萌えアニメを否定はしないが、嵌ると幸達にいじられるから触れていない。
「でも、キモい顔がもっとキモい顔になれるかもしれませんよぉ? それはもう、見る人を恐怖のどん底に落としそうなぁ」
「そんなことになって俺に何の得があんだよ!? 怪異が裸足で逃げて行くとでも?」
キモいも酷い言葉だが、恐怖のどん底に落とす顔とはどんな顔なのか想像すらできない。
「ああ~、確かにそれはあるかもしれませんねぇ。禍ツ喰らいに変わる、新しい武器を習得するチャンスですねぇ」
「怪異がそんなことで逃げるわけないじゃん。そんな新しい武器があったら、俺が鏡を見ただけでショック死するだろ」
そんな武器があったら怪異どうこうの前に、依頼人が裸足で逃げて行ってしまう。
相変わらず、どうでもいい話(俺には酷い話)をしていると萌香が事務所に来た。
「…おはようございます。…祐さん、幸さん……」
萌香は手に少し大きめのバッグを持って来ていた。
「おはよう、萌香ちゃん。準備はバッチリみたいだね」
何故、朝っぱらから幸と酷い話をしていたかと言うと、三善が企画したキャンプに行くためだ。
「うわぁ、祐さん行く前から酷い顔になってますよぉ? 萌香ちゃん、気を付けてくださいねぇ」
「人をどんだけ酷い扱いをしたら気が済むんだ? だいぶ免疫が付いたから酷い顔にはならないよ」
幸の言葉から、俺への扱いの酷さは青天井ということを再認識させられた。
「…はい。…大丈夫です。…天ちゃんもいるから、祐さんも変なことは……」
酷っ! 変なことって……。まあ、あれだろうなと思った。
「萌香ちゃん、結構酷い言葉でへこんだけど、とりあえず天ちゃんを迎えに行こっか」
萌香は俺の言葉に頷いた。酷い言葉を訂正はしてくれなかった。
・ ・ ・
車に萌香を乗せて、天の家の近くにあるコンビニの駐車場で待っていた。
天が乗る為か、萌香は後部座席に座っている。
天と萌香が集まるとなると、嫌でも先日の拷問事件(完全なる濡れ衣)を思い出してしまう。
あの程度のことで、あんな拷問タイムを強いて来るのだから、今回は尚のこと気を引き締めなければならない。
何故ならば、我が天使たる円も来るのだから……。
おそらく、いや、確実にニヤける。そんなところを天に見られては不味い。
いや、萌香も不味い。最近、俺をいじることが増えてきた。
萌香が自分を出せるようになって来たのは喜ばしい事だが、喜んでいられない事も出てきた。
窓ガラスをノックする音で、おぞましい思考から引き戻された。
外を見ると天が天使の笑顔を見せている。普段ならば、この笑顔に思わずデレてしまうが…今日は気を張らねばならない。
「祐さん、萌香ちゃん、お待たせしました。祐さん、相変わらず集合時間前に来ましたね。ちゃんと準備してきましたかぁ?」
「まぁね。そこら辺は抜かりなくだよ。デキる男を見せてあげよう」
天が意地悪な笑顔になって聞いてきたが、俺のヘタレを少しでも挽回できるチャンスが来たのだ。
「それじゃあ、また事務所に戻って三善の到着を待とっか。あいつが時間通りに来るか分からないし」
そう言って思う。ここからが正念場だと……。
事務所の近くにある契約駐車場に俺の車を停めた。
三善の車も同じ駐車場なので来ていると思ったが、まだ来ていない。
遅刻癖とは言わないが、時間前行動はとらないから仕方がないのかもしれないが……。
駐車場に近づいてくる人影が見えた。何ということだ……。
チャーミングポイントのポニーテールと、可愛いお目目を輝かせながら、円がこちらに近づいて来ているではないか。
何てこった。三善がいない、この状況下で俺の味方はいない。なのに、迫りくる天使の眩い光に目を奪われてしまう。
灰色を基調とした少し凝った作りのワンピースに、ピンクの少し長めのカーディガン。全体的に柔らく見える、その姿は正しく天使だ!
「…祐さん、何を見惚れているんですか?」
はっ!? 天の声で目が覚めた。天使がもたらした光に目が完全に奪われていたのだ。
「天ちゃん、いやぁね……。ごめんなさい……」
何とも情けないが、下手に誤魔化せば誤魔化すほど手痛いしっぺ返しが来るものだと考え、謝るしかない。
円が運転席まで近づいて来たので、窓ガラスを下げた。
「祐さん、おはようございます。もう来られてたんですねぇ。時間前行動なんて、さすが祐さんですね」
「円ちゃん、おはよう。時間前行動なんて当たり前さ。でも、円ちゃんも時間前だよ? 流石だね」
よし。若干、後ろから感じる視線が痛い気がするが、何とか無難に返せた。
あとは三善が来るのを待つのみとなった。そんな時に円の携帯がなった。
「あ、店長からだ。はい、天吹です。…はい…はい……。あ、そうなんですね。分かりましたぁ、お気をつけて」
三善からの電話……。円の返事から分かる。これはどえらいことになるぞ……。
「祐さん、すいません。店長、忘れ物したみたいで、先に行っててくれって。
桔梗ちゃんは迎えに行くから、現地集合とのことでした」
…やはり、そうきたか。三善は俺に試練を与えて来たのだ……。ここは平静を装うしかない。
「じゃあ、仕方ないね。後ろの席に座って。俺達もキャンプ場へ向かおう」
意外に平常心でいれた。三善の試練など、俺には通用しないことが証明できた。
しかし、この考えが甘かったことがすぐに分かった。
運転をして、ミラーを見る度に円が見えるのだ。いや、萌香も見えるが……。
横からの視線が痛い……。分かってはいるが、後方を確認する度に目が惹きつけられる。
皆が何かを話しているが、運転に集中しなければ色々と危険なことになるので、ハンドルに噛り付くように運転した。
・ ・ ・
キャンプ場に到着した。9月の下旬とはいえ、太陽からの日差しはまだ強い。
緩やかな山の中腹にあるキャンプ場を車から降りて眺めている。まだ木々の青さが残っている、夏の名残を感じさせてくれる。
そんな素敵な環境の中にいた。この光景を普段では楽しめたであろう。しかし、今回は違った。
1時間以上の運転ではあったが、メンタル的に満身創痍になってしまった。普段では何てことのないドライブなのに……。
「…祐さん…大丈夫ですか? …運転、疲れましたか……?」
「萌香ちゃん、大丈夫だよ。ね、祐さん?」
萌香は俺の顔色の悪さを見てくれたのだろう。天からは試されている気がしてきた。
「ちょっと体調が…ね。ま、少ししたら良くなるよ。三善達はまだみたいだから、先にコテージに行こっか」
禍ツ喰らいもお札のお陰で、だいぶ安定してきた。顔色も前に比べたら、だいぶ良いようだ。
「祐さん! 体調が悪かったんですか!? ごめんなさい、気が付かなくって……」
まあ優しい!……いかんいかん、円の言葉に一喜一憂している場合ではない。これは三善と天からの試練なんだ。平常心を保て。
「大丈夫だよ、円ちゃん。ちょっとだけだよ。もう大丈夫、豊かな自然に囲まれて癒しを貰ったから」
うむうむ、我ながらベストな回答をした。あとは荷物を運んで、三善待ちだ。
食材を大量に入れた保冷ボックスをトランクから持ち出し、コテージへ運ぶ。
コテージは綺麗なものだ。木の温もりに包まれている。家具なども温かみを感じるものが多い。
2階建てで、1階に寝室が1部屋と、2階に2部屋。それぞれ、2人ずつ寝る部屋になっている。
とりあえず、荷物をそれぞれ運びこみ、三善を待つことになるが……。
ここは大人の見せどころだ。バーベキューの準備を先に済ませる。
火起こしは意外に時間が掛かる。
事前にある程度、炭に火が行き渡るようにしておかないと、すぐに食材を焼ける訳ではないのだ。
1人で寂しく……。いや、1人でやることに意味がある。俺の保身のために……。
炭を火が渡りやすいように配置し、火種を仕込む。あとは炭に着火剤を付けているので、自然と火はつくだろう。
「うわぁ~、すごい。祐さん、こういうの得意なんですか?」
ひぃ! 後ろから思わぬ円の襲撃に、肩が跳ねてしまった。近い、顔が近い……。
「まあね。デキる男になる為には、これぐらいはスマートにできないと」
そう言いつつ、円から目を離して天がいないことを確認する……。めっちゃこっち見てる……。
三善…早く来てくれないと、俺は死ぬかもしれんと思った。
そんな切実な思いが伝わったのか、遠くから重々しいエンジン音が聞こえた。
救いの神が降臨したと思い、急いで迎えに行った。
しかし、違った。救いではなく、やはり試練を与えた男であった。
「なんや、祐。こっちに来とる場合やないぞ? もっと皆の為に頑張らなあかんぞ」
三善はめちゃくちゃ爽やかな笑顔と言葉を口にしたが、悪い笑顔が見え隠れしている。
「もうバーベキューの準備はできているぞ。あとはお前の飲み物待ちだったんだ。
三善、トランクを開けてくれ。飲み物を持っていくからさ」
その手には乗らないと思い、三善が持ってきた飲み物入りの保冷ボックスを持ち出す。
「店長、遅いですよ。店長が遅れちゃったから、祐さんが1人で準備しちゃいましたよぉ」
背部から心臓を貫くように、円が俺の後ろから三善に声を掛けた。ありがたい言葉だが、心臓に悪い……。
天は……遠距離から俺を見ている気がしてならない。
「まぁまぁ、円ちゃん。祐はデキる男やから任せたんやで? それを見て、どない思た?」
三善が恐ろしい言葉を円に投げ掛けた。これはこれで、かなりの痛手になるぞ……。
「バッチリでしたよ。さすがは祐さんって感じで、頼もしいです」
……顔がニヤけそうになった。三善が目ざとく俺を見てきたので、すんでの所で抑えることができた。
「円ちゃん、嬉しい言葉ありがとう。三善、そう言うことだ。さっさと始めようぜ。
あ、桔梗ちゃん。荷物、重そうなのがあれば持つよ」
「祐さん、大丈夫です。飲み物を持っていただけるだけで、助かります」
そうだ。お目付け役の桔梗がいると思えば、少しは俺の気も引き締まる。
飲み物を持ってコテージへ向かう。平静を装いながら、天の視線を確認しながら……。
・ ・ ・
バーベキューで、ひたすら焼きに徹していた。現状から逃げることに集中している中、三善が寄ってきた。
「祐、すまんかったな、焼きに集中してもろて。あとはわいがやるから、皆と一緒に食べてき」
三善が少し申し訳なさそうな顔で言ってきたので、笑顔で頷いた。
…やはりハメられた。真ん前に天が、右手には円が、左手には桔梗がいる。
頼みの綱…とも言えないが萌香は天の横に座っている。
振り返って三善を見ると…また爽やかな笑顔を返された。
「…天ちゃん、どうだった? バーベキューなんて、なかなかできないから新鮮な感じで美味しいよね」
「……そうですねぇ。美味しいですねぇ……」
天の言葉から呪いでも掛けてきそうな恨みが感じられた。多分、俺がやましいと思っているのが原因だと思う。
「天ちゃん、祐さんが焼いてくれたんだもんねぇ。美味しいでしょ?」
「はい、とっても美味しいです。祐さんのお陰で」
円の言葉に思わず表情が垂れ下がりそうだったが、天の円に向けたエンジェル・スマイルと、俺に向けたキリング・スマイルのお陰で踏ん張ることができた。
何を食べているのか分からなくなってきた。
今は一刻も早くこの状況から抜け出す為に、一心不乱に食べる。
食事でこんなに苦しめられることになるとは……。夜も恐ろしい。
昼食のあとはフリータイムだ。この時間も気が抜けない。
見れば、プレシャス・タイム組と萌香&天に分かれて色々と散策しているようだ。
何故、俺は天と一緒にいないかと言うと……晩御飯の支度をするためだ。
晩御飯はありきたりなカレーだが、甘く見てもらっては困る。
カレーはマニュアル通りに作りつつ、食材の下味もしっかりと付けなければならない。
野菜と肉を一口サイズに切り、バターとニンニク、唐辛子を少々入れて弱火でしっかり炒める。
その後に水を加えながらながら弱火で加熱し、灰汁を取る。
具が柔らなくなったことを確認し、余熱を取ってからルーを入れ砂糖を1摘み入れる。
あとはルーが溶け込み、一旦、冷まして再度温めれば完成だ。
あとは炊飯器でご飯を炊く準備をするために、お米を研ぎ始める。
……何かをしていないと、平常心が保てない自分がいることに気付いた……。
「うわ~、何をガチで作っとんのや、祐。お前も遊びに行けや。天ちゃんも待っとるで?」
俺をこんな状態に追い込んだ張本人が話しかけてきた。
「別に良いだろ? 美味しい夕飯が食べてもらえて、皆が笑顔になれば俺は満足だ」
「まあ、美味いもんは食いたいんは分かるけど……。ガチ過ぎんか?」
確かに、頑張り過ぎた感はある。しかし、こうでもしないと幸福感と罪悪感の狭間で窒息してしまいそうだ。
「祐さん、もう夕飯の準備までしてくれたんですか?」
円の嬉しそうな声が聞こえた。顔は見ない……。
「円ちゃん、見てみぃ。めっちゃガチで作っとるやろ?」
「店長も祐さんを見習ってください。祐さん、ごめんなさい。何から何まで……」
三善の酷い言葉と円の癒しの言葉で、俺の心が更に揺さ振られていく。
・ ・ ・
夕飯も食べ終わり、皆が満足している顔を見ていた。
そんな表情を見せてもらえて、嬉しい限りだ。
でも、もう誰も見ない。虚空を見るように、仏のような穏やかな顔をした。
「はいっ皆さん、注目~」
三善の声に、俺の仏の顔が吹き飛んだ。何をしようとしているのだ……。
「せっかく、キャンプに来たんや。皆で肝試ししよか。
キャンプ場の近くに林道があるんやけど、その途中にちぃちゃいお地蔵様があるんや。
そこにわいが昼間にお札を置いといたから、それを取ってくる…2人1組で、ちゅう感じや」
肝試し……。三善は更に試練を与えようとしているのか? いや、これで天と組めれば万事解決できる。
「じゃあ、皆でくじ引きしよか。わいが作って来たから、それぞれ引いていってや」
「三善、先に引かせてもらって良いか?」
いつもならレディファーストなどと言っていたが、今回はそんなことは言ってられない。
「祐、ここはレディファーストってもんやろ? お前は最後や。ほな、じゃんじゃん引いていってや」
三善に冷たくあしらわれた。嫌な光景しか思いつかない……。
皆が引いていく。すでに、萌香と天は同じ組になっていた。
残るは、円と桔梗が1人だ……。この際、桔梗でも良い。いや、桔梗様が良いですと念を送った
三善が俺に突きつけたくじは2本だ。これで俺の人生が大きく変わるかもしれない……。いざ……。
「あ、祐さん。私と同じ組ですね。一緒に頑張りましょう」
普段であれば心が小躍りするはずだが、今の円の言葉からは嫌な想像しかできない。
三善を見ると…また爽やかな笑顔を返された。普段、俺に見せることのない笑顔で俺を試してきている。
天を見ると…見なければよかった。冷たい……高鳴る鼓動が停止するような冷たい視線だ。
これは三善の策略なんだ! と何度も言いたかったが、言えば言うほど悪い想像しかできないから顔を引き締めることに徹する。
「ほな、皆で外に出て順番に行こか」
「三善、俺達が最初で良いか?」
さっさとこの嬉しくてありがたくない状況を打破する為に、先手を打った。
「お前は最後や。女ん子達に何かあったら、すぐに動けるように待機や。
お前は頼もしいらしいからなぁ。なあ、円ちゃん?」
三善の言葉にそれもそうだと思ったが、後半の言葉で完全におちょくられていることが分かった。
「はい、頼もしいです。頑張りましょうね、祐さん」
円の言葉に頷くことしかできない。もうデレる表情筋が麻痺しているのかもしれない。
萌香と天が先発だった。よく考えれば怪異が出たとしても萌香が感じ取るだろうから、すぐに逃げられるか…。
俺と三善もすぐに動けるようにしておけば、何かあっても大丈夫だろう。
そんなことを冷静に考えていると頭の上の電球が光った。
煩悩を消し去る方法があるかもしれない。ちょっとトイレに行ってくる、と言い、その場を後にした。
コテージのトイレに入り、左手に力を込める。光が溢れてきたのを確認し、天に願う。
「天よ。我が頭に憑りつきし数多の煩悩を、あなたのお力で消し去り下さい」
そう言った後に、左手を頭に当てた。
ダメだった……。当たり前かもしれないが、一縷の望みを持っていたのは確かだ……。
もう、これは三善と天からの試練ではない…。天国からの試練でもあるのだ……。
集合場所に戻ると、まだ萌香と天は帰って来てないようだった。
三善が俺に近寄ってきているので、何か俺に話しがあるのだろう。
「なんや、コテージからえらい光が見えたんやけど……。お前、何しよったんや?」
「……祝福の手で煩悩を消そうとした……」
「……お前、アホなんか?」
三善の言葉に、自分でもアホだと思ったことは言わないでおく。
・ ・ ・
三善と桔梗が戻って来たので、最終組の俺と円の出発になった。
もう会話なんて頭に入ってこない。
いや、意図的にシャットアウトしたのだ。これ以外に自分を守る手段がない。
林の中は流石に夜だけあって暗い。懐中電灯の灯りだけが頼りとなると、視界がかなり限定さ、
「きゃっ!」
ぎゃ! 冷静な思考を吹き飛ばすかのように、円が驚きの声を上げ俺の腕に手を当てた。
「円ちゃん、風だよ、風。大丈夫、何かあったら俺が守るよ」
自分で何てことを言ったんだと、今更気付いた。
「祐さん、頼もしいです。私、こういうのちょっと苦手で……。よろしくお願いしますね」
やだ可愛い! ……ダメだダメだダメだ。この天国からの試練(三善と天からも)を乗り越えるのだ。
意外に目的地まで長い。恐る恐る歩く円は俺の腕に手を当てたままだ。
背中の冷汗は半端ないが、腕に汗をかいてないのはありがたい事かもしれない。
精神的に疲弊していく中、やっとお地蔵様の所まで辿りついた。
あとはお札を取って…嫌な気配を感じた。
木々を大きく揺らす風が吹き、何かが現れた。白く大きな何か……。
円が悲鳴を上げる前に、円を守る動作に入った。
「円ちゃん、そのまま俺の後ろにいて。必ず守るから」
目の前に現れたものは浮遊霊ではないが、怪異でもなさそうだ。
腰のナイフ入れから、カランビットを取り出し構える。
ナイフはごついものを持つ訳にはいかなかったので、小さい物しか持って来ていない。
他の退魔用装備は車の中だ。あとは祝福の手とナイフで上手く……?
携帯していた聖別済みの塩を一摘みして、白い何かに振り掛けると一瞬で消えた。
その後に、人形が空中を漂いながら地面に落ちた。
三善だ……。あいつ、この仕込みをする為に俺より先に行ったのだ。
俺の後ろでしゃがんでいた円を安心させようと思い、声を掛ける。
「円ちゃん、大丈夫だよ。気のせいだったみたい。風が強く吹いただけだったよ」
恐る恐る俺の後ろを見て、円は立ち上がった。少し目が潤んでいるように見えた。
「本当に大丈夫なんですか? 白い人のようなものが……」
「見間違いだよ。暗いから懐中電灯の光が反射したのかもね」
人形だから見えたんだろう。円にあれは幻だったと努めて言い続けた。
帰る際も円は俺の腕に手を当てていた。怖い思いをしたのだから仕方のないことだろう。
よく考えると心が落ち着いている。誰かを守ろうと思うと、その事に集中するのだろう。
他に三善が何か仕掛けてないか注意しながら来た道を戻った。
・ ・ ・
集合地点に戻ると、三善が爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
「円ちゃん、祐、お帰り。どや、意外に怖かったやろ?」
「店長! 本当~に怖かったんですから。祐さんが守ってくれたんですよ?」
きゃあ可愛い! ……違う違う違う。視線を感じるが、やましいところは何一つない。
三善に湿った視線を送ったが、返ってきたのは爽やかな笑顔だけであった。
俺の心を殺しに掛かってきた張本人が……。
そんなことは無視されるようにお泊りの準備が進んで行く。
できるだけ三善以外は見ないようにしている。パジャマパーティー、何てものに入る訳にはいかない。
今日は少し疲れたと言い、早々に布団に入った。
皆の楽しそうな声が聞こえてくるが、俺は早く眠りの世界に逃走したかった。
夜中に目が覚めた。携帯を見ると、1時過ぎのようだ。横のベッドには三善が眠っている。
何故か目がさえてしまった。小腹も空いたので買ってきたお菓子と飲み物、フリースを持って外に出た。
10月も目前になれば、少し外は寒い。ただ、凍えるほどのものでもない。ほど良い寒さだ。
月明かりの中で、のんびりと時間を過ごす。お菓子とジュースを片手に……。
これがお酒ならカッコいいかもしれないと考えていると、コテージのドアが開いた音がした。
「祐さんだったんですね。起きちゃったんですか?」
びっくり仰天とは、この事だろう。円がピンクのパジャマ姿で登場したのだ。
すぐに視線をまたキャンプ場に戻した。…これは三善の策略ではない事は確かだ。
「うん。ちょっと小腹が空いちゃってさ。もうちょっとしたら、また寝るよ……。
って、円ちゃん寒くない? 俺のフリースを羽織りなよ。だいぶ違うと思うよ」
流石にパジャマ1枚だと寒かろうと思い、円にフリースを差し出した。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて……。
祐さん、肝試しの時はありがとうございました。すごく頼もしかったです」
円の言葉を聞き、改めて思い出してしまう。あれで良かったと思うが……。
「言ったじゃん、守るってさ。ま、風のせいだけどね。
でも、暗いのは怖いよね。俺も少しビクビクしてたもん」
俺のビクビクはそれではないが、下手なことは言わずに同調するような言葉を口にした。
「怖かったですよねぇ。…でも、祐さんの背中を見てカッコいいなぁって思いました。
天ちゃんが好きになるのも分かりました」
Oh……。我が天使から私の天使の話になるとは……。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。天ちゃんの気持ちは本当に嬉しい……。
俺のことを受け入れてくれているよ。情けないところやバカなところも含めてね。
俺の周りにはそんなに多くない……。それを知って、一緒にいてくれるんだ。こんなに嬉しいことはないよ」
円に言ったようで、自分にも言っている。俺の良い悪いも知って、一緒にいたいと言ってくれるんだ。
「店長との仲も羨ましいですけど、天ちゃんとの関係も羨ましいです。
心が通じているって感じですよねぇ……。私も欲しいと思います。分かり合えるような人と出会いたいです」
円がそんな風に思っていた事に少し驚いた。でも、俺も偶然のお陰で皆と知り合えた。
「円ちゃんは素敵だから…必ずできるさ。良いも悪いも含めて受け入れてくれる、そんな人が……。
円ちゃんは、そんな人の良い悪いを受け入れることができる子だと思ってる。
俺にも出会えたんだ。円ちゃんにできない訳がないさ……」
円にできない訳がないと本当に思った。彼女の優しさからも、本当の優しさが伝わるから。
円が小さく笑った声が聞こえた。
「祐さんの良いところが、また1つ分かりました。本当に優しいんですね」
そんな風に思ってくれる人がまた増えた。少しでも理解してもらえることは本当に嬉しい。
「ありがとう。円ちゃんの良いところは、いくつでも挙げることができるんだけどね。
今は言わないでおくよ。そういうのは小出しにしていった方が楽しみが増えるでしょ?」
「…そうですね。じゃあ、少しずつ教えてください。楽しみにしてますから……」
少しだけ円を見る。笑顔を見せてくれたので、俺も笑顔で返した。
柔らかい月明かりの下で、会話をする訳でもなく2人で静かに時を過ごした。
少しだけ彼女のことを知り、彼女も俺のことを知ったと思う。
少しだけかもしれないが、これが心が通い合うというものだろうと思った。
・ ・ ・
夜中に起きたのに朝早くに起きて、炊飯器でご飯を炊き、昨日の食材のあまりで朝食の準備をしていた。
キッチンでいそいそと準備をしていると、シュタルクのありがたみがよく分かった
「祐~、何から何まですまんなぁ。ほんまは、わいが作ろうかと思おてたんやけど」
「三善、ゆっくりしとけよ。…あと、ありがとな。俺が気落ちしていたからだろ? この企画はさ…。
お陰で嬉しいことがあったよ……。それ以上に酷いこともあったけどな」
寝ぼけ眼で寝室から出てきた三善に言った。俺の言葉で少しだけ笑った。
「まあ、お前が辛気臭いのは面倒やからな。ショック療法みたいなもんや。
どや? 効果てき面やったやろ?」
「お前…ショック過ぎて死ぬかと思ったぞ。大体、あの式神はなんだ? 若干、ビビったぞ」
ショックもショックで心停止するところも多々あった。でも、三善の式神のお陰で少し冷静になれた。
「なんや。ちぃとは円ちゃんと、お近づきにならへんかったんか? 肝試しの神髄はそこやぞ」
「そこではならなかったよ。別の時間で多少は近づけたかな。いやらしい意味じゃないぞ。
お互いの何かが少しだけな……。俺の主観かもしれないけどさ」
三善の狙い通りにはならなかったが、俺にとっては自分のことを少しでも知ってくれる人が増えたことが嬉しかった。
三善は優しく笑みを浮かべた。
「ほな、わいは皆を起こしてくるから朝食の準備は任せたで」
「おう。もうちょっとでできるから……。あと、皆には着替えさせるように言えよ。
目ん玉が火傷するかもしれん」
俺の言葉に三善は笑い声を上げながら、2階に上がって行った。
朝食を終え、片付けを済まし、帰る支度をする。
時々円と視線が合うが、デレることなく笑顔を返した。
嫌な視線は感じるが、あとでありのままに話して何とか理解してもらうしかない。
帰りは三善の車に円と桔梗が乗り、俺の車に天と萌香が乗った。
皆で別れの挨拶を言い、車に乗り込む。
「さて、祐さん。色々お伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
まさかの天による拷問タイムが早々に始まってしまうとは……。
「何でも聞いていいよ。しっかりと答えるからさ」
「夜中に円さんと外にいましたよね? 何を話してたんですか?」
この子の第6感は本物かと思ってしまった。それとも俺が発するシグナルが強すぎるのか……。
「そうだねぇ……。俺と天ちゃんの関係が羨ましいって事かな?
あと三善との関係とかね。心が通い合う人との出会いや思いについて話したよ」
天が少し面食らった顔をしている。俺がテンパらずに本当の気持ちを言ったからであろう。
「本当にそれだけですかぁ?」
天の笑顔が意地悪なものに変わったので、安心したのかもしれない。
「うん。あとは……、少しだけお互いのことを知ることができた、ってところかな」
天は疑問符が浮かんでいるような顔をしたが、特に突っ込んでの質問はなかった。
それ以外の話しは俺のことを散々バカにしたものだったが、デレた俺も悪いので謝り続けた。
天を家に送り、事務所に帰ってきた。
「ただいま~」
「…ただいま帰りました……」
事務所に入ると、相変わらず本を読んでいる幸の姿があった。
「祐さん、萌香ちゃん、お帰りなさぁい。萌香ちゃん、大丈夫でしたぁ? 色々とぉ」
「…はい。…色々と大変そうでした……」
幸は俺のことを何だと思っているのだろうか……。
そして、萌香の返事も他人事過ぎて、酷いもんだと思った。
「萌香ちゃんさぁ、大変そうに思ったんなら助けてくれても良かったんじゃない?
俺がテンパっているのを見て楽しんでたの?」
俺の質問に萌香は顔を背けた。どんどん俺の周りが敵だらけになっていっている気がしてならない。
色々な疲れを引きずりながら、所長席に座る。
夜中に円と話したことを思い出す。
普段では話せないことを円と話すことができた。
天使のように思える人でも、誰しもが羨ましいことや悩ましいこともある事が分かった。
その気持ちを話してお互いに共有することが、人の心と通い合う為の第一歩なのかもしれない。




