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死ねない少年

 死。端的にいうと生命活動に必要なことが停止したことをさす言葉だ。

 死にも色々ある。老衰、病死、他殺、自殺……。様々な死がこの世には満ちている。


 では、死を克服できるものなのか? 人々は死を遠ざける為に色々な研究行ってきた。

 薬の研究、手術技術の向上、多くの実験を重ね、医学の進歩を続けている。


 それは良い事なのかもしれないが、自然の摂理からは反するものでもある。

 人が持つ命には限りがあり、その限りを延長しているようなものではないだろうか。


 死を恐れるがあまり、我々は死を克服しようとしている。

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。ただ、生きる。その事が死への研究の原動力なのだろう。


 もし死なない体を手に入れることができたら?

 死にたくても、死ねない体。夢のようだと思う者もいれば、苦痛だと考える者もいるであろう。


 望んで死を選ぶ者は少ない。しかし、自分の為に他人の死を望む者もいる。

 例え、それが親族であろうとも……。死を選ぶ者、その死を待つ者、死に巻き込まれる者、様々な思いが交錯する話を今回はしよう。




10月中旬

 先日からの天による尋問の所為で祐は天と弥生と3人でスペイン料理が豊富なバルに来ていた。


 「祐くんにしては良いチョイスじゃない。食事がメインだけど、お酒も多いわね」

 「弥生ちゃん、俺の奢りだからって高いのは止めてよね? ただでさえ、お財布が悲鳴を上げそうなのに」

 「はいはい。まあ、今日は天ちゃんがいるから1人飲みになるしね。ま、祐くんの時と変わらないか」

 そう言うと弥生は、早々に頼んだビールを大量に飲んだ。流石に一気飲みではないところは女性としての恥じらいか?


 「あの…弥生さんと祐さんは、どのようなご関係なんでしょうか?」

 天が一番気にしている事をぶっこんできた。まあ、そのための食事会(俺の奢りでの)でもある。


 「ああ、弥生ちゃんとは仕事の関係でさ、浮気ちょう、」

 「まあ、飲み仲間? 祐くんは飲めないけど。変に色々とお店に詳しいから、ご飯を食べに行くことが多かったかしら?」

 「いやいや、弥生ちゃん。間違ってないけど……。確かに仕事の後始末を頼むことが多かったから、その流れでね」

 弥生の言葉が確実に天に食い込んだ。俺の弁明も届きはしないだろう。


 「もう何年前かしら? 浮気調査の弁護人を探しているって、アポなしで来たのは……」

 「多分、4年以上前じゃないかな。俺も伝手がなかったから手当たり次第に弁護士事務所に入ったけど……。

 最初の弥生ちゃんは怖かったよ。俺、死ぬかと思ったもん」

 本音ではある。しかし、出会ったのが弥生で本当に良かったと思う。何かと助けてくれる良い仲間だ。


 「失礼ねぇ。でも、半分不審者みたいなもんだったからね。そりゃ厳しい目もするわよ」

 「手厳しいね。あれは俺なりの仕事着、今もそのままだよ。でも、結局は引き受けてくれたじゃん。助かったよ、あの時は」

 「今でも助けているんだから、もうちょっと感謝の念が欲しいところね。…天ちゃん、そんな事があってよくご飯を食べに行ってたの」

 完全に天の事を忘れてしまっていた事に気づく。やはり視線が痛い。これでは弥生とのいつものやり取りで終わってしまう。


 「天ちゃん、まあ、そんな感じだよ。俺も飲めないし、基本的には弥生ちゃんの1人飲みと愚痴に付き合ってた訳」

 「……そうなんですねぇ。弥生さん、今も一緒に行かれてるんですか?」

 俺の言葉を全く無視するように、話が進んで行く。いや、身から出た錆か……。


 「ああ…、天ちゃん行ってる…ごめんなさい。話してなかったよね……」

 「……そうなんですねぇ。弥生さん、どんな事を話されるんですか?」

 ダメだ、もう俺の言葉は届かない。あとは、この暴風雨が過ぎ去るまで謝るしかない。


 弥生は2杯目のビールを飲んでいた。

 「あら、天ちゃん。焼きもち? でも安心してね。祐くんは初心だから、何もしてこなかったし。今もしないと思うわよ」

 「えっ? 何かあったんですか?」

 暴風雨の強さが増してきた……。


 「ん~、2年ぐらい前? 私が仕事を抱え込んでて、ずっと愚痴っちゃった時に酔いつぶれちゃったの。

 で、祐くんがおぶってタクシーに乗せて、家まで送ってくれたらしいんだけど。

 それで、まあ…部屋の中まで送ってくれて、どうやらずっと介抱してくれてたみたい。私は覚えてないけどね。

 で、お昼前ぐらいに起きると、トイレの前に張り紙がしてあったの。

 『守屋 祐が入っています!』ってね。もう、あの時はどんだけ安全な男なのか二日酔いを忘れるぐらい笑ったわ」

 「あ~、しそうですねぇ。そういうところ、ありますもんねぇ」

 暴風雨よ去れ。何か話しているが、全てよ消え去れ。


 味覚まで麻痺したようだ。料理の味が分からない。弥生はワインを飲み始めた。

 「祐くんとは…まあ、面白い話はそれぐらいかな。基本、私の愚痴に付き合ってくれてる感じ」

 「……弥生さんは、祐さんの事をどう思ってました?」

 早く去れ、早く去れ、早く去れ!


 「う~ん、そうねぇ…他の男の人よりは余程マシね。

 話しは聞いてくれるし、素直だし、変に欲もないし…分かりやすいのも面白いしね」

 「そうなんですねぇ。祐さんはヘタレですけど、何かアプローチとかしなかったんですか?」

 このまま消えたくなるような会話が続いて行く。死にたくなってきた……。


 デザートのジェラートも、冷たい何かを口に入れている事が分かるだけだ。弥生はシェリー酒を飲み始めた。

 「ん~、無かったかな。私も隙はあったと思うけど、初心なのか、真面目なのか…そういうのはしないみたいね」

 「そうでしたか。今とあまり変わっていないんですね。すいません、色々聞いてしまって。ご飯の時間を台無しにして、ごめんなさい……」

 「良いの良いの。天ちゃんは大丈夫。祐くんは多分ヘタレなままだし、私とご飯の時にもあなたの事を楽しそうに話してたわよ」

 「そうなんですねぇ……。そう言っていただけると嬉しいです。少し安心しました」


 「いえいえ。まあ、時々借りるかもしれないけど、そこはよろしくね。あと天ちゃんが20歳になったら一緒に行きましょうね」

 「はい。よろしくお願いします。…祐さん、行くときぐらいは事前に連絡してくださいね?」

 何を言ったのか分からないが、ひたすら頷いた。暴風雨は去ったのだ。


 もはや疲弊どころではない、瀕死の状態で天を家まで送る。

 「弥生さん、良い人でしたね。祐さんは何で弥生さんにアプローチしなかったんですか?」

 まさかの暴風雨が舞戻ってきた。……何と言えば良いのだろうか。


 「仕事仲間だからかな……? よく分からないけど……。ただ、そんな気持ちにならなかったんじゃないかな、多分。

 アプローチしたかったのも…天ちゃんだしね」

 嘘をついたのか……? 結局、萌香の気持ち次第で変わっていたのか? 今となっては分からない……。


 「祐さんはその辺が分かりませんねぇ。弥生さんもそうですが、円さんにデッレデレじゃないですか? 何でですか?」

 わお、そこに私の天使までぶっこんで来るとは。感覚がマヒしてきた……。


 「何て言えばいいのか…その人の中に入り込めない。いや、入り込みたくないのかも。

 やっぱり入り込むのには勇気がいるし、その人の違う一面も見ることになる……。綺麗なままでいて欲しいのかな。

 …天ちゃんには入る勇気が出たから…かな。嫌われる覚悟をして入り込もうとした…言ってること意味分かんないよね。俺も分かってないし……」

 「いえ、何となく分かりました……。ヘタレな祐さんが死ぬほど勇気を振り絞ったって事が」

 意地の悪い笑顔で天が言ったのを確認して、うっせぇ、とだけ返した。


    ・   ・   ・


次の日

 「おはよ~」

 「おはようございますぅ。何やら青い顔になってますよぉ。禍ツ喰らいはだいぶ治まったんでしょお?」

 「いや、昨日さぁ。弥生ちゃんと天ちゃんで、ご飯を食べに行ったんだけどねぇ……」

 「ああ~、それはご愁傷さまでしたぁ。弥生さんの事を話してない祐さんの落ち度ですねぇ。自業自得というものでぇす」

 幸の言う通りだ。やましい事がないにしても、俺は話さない事が多すぎる。幸に話すのは何故だろうか?


 「まあ、殺されなかっただけ良かったと思いましょうよぉ。そんなレッドゾーンに入ったんですからぁ」

 「だね。ホント俺が悪いだけだよ。まあ、死にたくなったのは事実だけど」

 そんなくだらない話を幸としていると萌香も出勤してきた。


 「…おはようございます。…祐さん、昨日はお疲れ様でした……」

 「萌香ちゃん、おはよう。お陰様で生きた心地がしなかったよ」

 「萌香ちゃん、おはよ~ございまぁす。祐さんの愚痴は気にしない気にしない。自業自得ですからぁ」

 助手の裏切りとアシスタントの容赦のない言葉に、壊れたハートが更に細かく砕かれた。


 浮気調査の仕事も入っていたので式神に指示を出して対応する。完全に監督のポジションだ……。

 そんな自分が情けなくなっている時に携帯が鳴った。

 ディスプレイには神尾 誠治と表示されている。


 「はい、守屋です。神尾さん、何があったんですか?」

 「守屋さん、神尾です。今、お時間よろしいでしょうか? お取込みのようであれば、改めてお電話いたします」

 相変わらず誠実なお人だと思う。ただ、怪異絡みに近いことを聞いてくるはずだ。


 「神尾さん、大丈夫ですよ。ですが先日お話しした通り、私は力を封印中でして……。あまりお役に立てるかどうか」

 「いえ、守屋さんの所見をお伺いしたくお電話しました。もし怪異であれば、どなたか対応できる方を紹介いただけると助かります」

 「神尾さん、そういうことでしたら構いませんよ。警察署に伺いますね」

 「申し訳ありません。ご足労をお掛けいたします」

 そう言って電話を切る。そういえば萌香を神尾や立花…、は別にいいとして顔を見せておく必要があると考え、連れて行くことにした。


 警察署に行くと立花が立っており、笑顔で来客用の駐車場に案内してくれた。

 「いやぁ~。守屋さん、すいません。結構な頻度で呼んでしまって。…あ、そちらの方は?」

 「…助手の都 萌香です。…よろしくお願いします……」

 「ほぇ~、守屋さんもやりますねぇ」

 「立花くん、何がやるのか知らないけど、神尾さんの所に案内してよ」

 立花はいつもの軽い口調と動きで神尾の所まで案内してくれた。


 通された部屋はミーティングルームのような、やや狭く、飾りっ気のない空間だった。

 4人掛けのテーブルに一同集合すると、神尾が萌香に自己紹介を始めたので終わるのを待つ。


 「守屋さん、助手がいらっしゃると聞いておりましたが女性とは……。あまり好ましい事件ではないですよ?」

 「一応、彼女の修行も兼ねてです。それに退魔に関しては、私より彼女が抜いているかもしれませんよ」

 神尾の気遣いに対して、優しく返答をする。退魔の分については言ったままだ。俺よりも破壊力はある。


 「そういうことでしたら、お話しをいたします。今回、守屋さんに来ていただいた件はこれです」

 神尾が開いたファイルの記事を萌香と一緒に覗きこむ。


 そこには、電車の脱線事故、自動車の事故、土砂崩れ、人の死亡事故……。

 共通点が見出せないでいると神尾が言った。

 「この事件の全てに1人の少年の自殺が関わっております」


 「神尾さん…この全ての事故が、その少年の所為であると? 何故、そう思われたのですか?」

 「先ほど申し上げた通りです。その少年が自殺を試みる度に、周りに犠牲が出ております。しかも、本人は無傷のまま……」

 自殺をしようとする度に、それを妨害するかの如く事故が起きる?

 何かに守られているのならば、少年が無傷という事もあり得るが。なぜ事故まで……。


 「いやぁ、これがまた酷いんですって。脱線も電車の急ブレーキで人が死んじゃうし、自動車の事故も追突した車の運転手が死んじゃうしで。

 そりゃ怪異の所為にしたくなりますよ」

 「立花。軽々しく人の死を言うものじゃない。…守屋さん、あなたのお考えをお聞かせ願えないでしょうか?」

 悩む……。怪異である可能性は捨てきれない。4件も1人の自殺行為によって事故が起き、自殺志願の少年は生きている。

 ある種の呪いのような気もするが……。しかし、どちらでもない可能性もある。


 「神尾さん、今はまだ何とも。先ずはその少年と会えますか? できれば家も一緒に見れると良いのですが?」

 俺の言葉に神尾は頷き、部屋を出て行った。


    ・   ・   ・


 天野原市の中心部から隣の市に近い場所に少年の家はあった。

 そこは古い住宅地で家によっては日本的な庭園を造っている。


 「話は通しておりますので、一緒に参りましょう。守屋さん、都さん、何か分かりましたら耳打ちしてください」

 「分かりました。それでは見に行きましょうか。少年と家の中を」

 萌香も頷き、4人で車を降りた。


 しかし、4人で入るのは多いだろうという事になり、立花は車での待機を神尾が命じた。


 「良いんですか? 立花くんが膨れっ面してましたよ?」

 「あいつは何を言うか分かりませんから。あとで伝えるべき事があれば言っておきます」

 立花の扱いに同情していると、家の庭園が目に入った。綺麗な池に鯉が泳いでいる。その先に橋……?


 「…祐さん…神尾さんが呼んでますよ……」

 萌香の言葉で神尾の声に気が付いた。謝りながら神尾の後に続いた。


 応接間に通されると、しばらくして少年とその母親が入ってきた。

 先ずは挨拶からと簡単に自己紹介をする。自殺志願の少年は「川上(かわかみ) 陸(りく)」、中学2年生だという。

 母親が傍に付いているが、父親は?


 「早速で申し訳ございません。陸くんには酷な事を聞きますが、よろしいでしょうか?」

 母親に事前に確認をする。聞きたいことを止められたくはない。母親は悲しい表情をしながら頷いた。


 「……陸くん、話したくなければ話さなくて良い…何て優しい事は言わない。

 君の所為かは分からないけど、多くの人が死んでいる。君の周りでね……。

 その事に疑問は持ったかい? 自殺で人を巻き込む…俺はおかしいと思うね。自分が死ねずに周りが死んでいるなら、尚更ね……」

 陸は俺の質問に対しての反応はなかった。あるのは母親の嘆く顔だけだった。


 「ま、話したくないなら…全力で君の周りを調査させてもらう。何が君を自殺に走らせたのか……。

 そして、その度に失敗しても尚、君は自殺を続けるのか。これが分からないと話も進展しない」

 「……自殺することに理由がいる…? 理由があるから自殺するんだろうが!」

 陸が大きな声を出した。食いついて来たな。

 少年に対して口にする言葉ではないが、口を割らせるには効果があったようだ。


 「なるほど、そりゃそうだ。じゃあ、君が自殺しようとした……。

 未遂に終わった後に誰も何もしなかったのかい? 君が話さないからどうしようもないよなぁ?

 確かに自殺志願者の中には何度も繰り返して自殺を試みる人もいる。

 ま、俺から言わせれば自殺願望。死にたいと言って注目を集めたいだけに思うけど」

 「うるさい! 何も知らないくせに!」

 そうだ。何も知らない。だからこそ、理由を知りたいのだ。


 「そりゃあ知らないよ。君が口にした中で理由はなかった。知らなければ誰も対処のしようがない。

 そして……君の自殺が引き金となって、死んだ人がいるのかもしれない……。

 そうであれば、君は人の一生を台無しにしたと思わないかい?」

 「………………………」

 だんまりか……。そこまでの思いがあるのか、それとも注目を集めたくてしているのか……。


 しかし、全て致死率の高いものだ。本気の自殺はかなりの勇気と行動力がいる。

 何せ自分の命を自ら断つのだ。生半可な気持ちではなく、決意がなければできない。


 「何だ、威勢がいいのはここまでか?

 じゃあ、またやる気が出るまで俺はブレイクタイムといきますかね。お母さん、ちょっと席を外します」

 そう言って席を立ち、応接間から出て家の中を見て回る。


 はてさて、どうしたものか。本人の口から聞き出せないとなると、学校周辺か?

 しかし、今はいじめで自殺未遂を起こせば、かなりの確率で教育委員会や学校が動く。

 切っ掛けがいじめだとしても、4件も立て続けに自殺未遂を起こす……。高確率で死ぬ方法を取りながらも。


 家の中を集中して歩いてみるが怪異の痕跡はない。むしろ温かい気がする……。

 庭園に面した廊下を歩いていると、1人の老人が盆栽の剪定をしているのが見えた。

 老人はこちらの視線に気づいたようで、振り向いた。


 とりあえず頭を下げる。好々爺とまでとはいかないが、厳しそうなのに優しい感じが伝わってくる。

 「刑事…さん、ですかな?」

 「まあ、その連れです。綺麗な庭園ですね。玄関から覗いた時も見惚れてしまいました」

 「そう言っていただけると嬉しいですなぁ。見られるのなら、そこにつっかけがありますので」

 そう言われた先を見ると、窓際の階段の下に趣のある下駄が置かれていた。


 「それでは失礼します。良いお庭ですね…。あの、失礼ですが陸くんのおじい様ですか?」

 「…ええ。今回はご迷惑をお掛けして……。」

 「いえいえ、むしろこちらが陸くんの話を聞きたくて来たのですから。それに彼には残酷な聞き方をしました……。

 それについては本人にすべきでしょうが、おじい様に先にお詫びいたします。申し訳ありません」

 陸が悪いとは決まっていない。だが、陸が関係してない訳がない。

 何故なら彼には天も地獄も、どちらの鎖もないのだから……。


    ・   ・   ・


 「…頭をお上げください。いやぁ、律儀な方ですなぁ。さぞ親御さんに愛されて育ったのでしょう……」

 「…いえ…そうですね。良い両親です……。何度も申し訳ありませんが、陸くんのお父様は?」

 そう聞くと祖父は頭を横に振った。どういう意味か確認する必要がある。


 「亡くなったのですか?」

 「はい…もう3年前になりますが。自動車事故に巻き込まれて、酷い事故でした何人も……。

 陸は父親を慕っておりました。私の娘…、いえ、陸の母より……。

 父親が亡くなってから、陸は塞ぎこみがちで。学校にも、あまり行かなくなりました」

 「学校に行かなくなったんですか? それでは何故、自殺なんて?」

 直線的な質問になったことに失敗したと思ったが、祖父の反応は首を横に振るだけであった。


 祖父も母親も心当たりがなく、学校にもあまり行っていない。

 理由があるとしたら……。しかし、それだけで?


 頭を整理しながら庭園を見て回ると池の上にある橋の先に、石造りの小さなお社が見えた。

 中には小さな狐の像がある。綺麗にされており、お供え物もキチンとある。家が温かく感じたのも、これかもしれない。


 「おじい様、稲荷信仰ですか? 昔からお続けに?」

 「ええ、昔から商人だったらしく一族で信仰をしております。今でも親族には会社を経営している者もおります」

 稲荷信仰か……。キチンと掃除も行き届いている事から、慕われているのだろう。

 祖父に頭を下げ、陸がまだ黙っているであろう応接間に行くとする。


 部屋に入ると、どちらとも話していない。いや、話した後なのか?

 萌香に目配せしたが軽く首を横に振った。その事を確認し、あぐらをかいて座る。


 「さぁってと、第2ラウンドと行こうか?

 どうやら俺以外と喋る気はなさそうだ。男の子から慕われるのも悪くはないね。

 ……反応なしか? 男の子だろう? ファイティングポーズぐらい取らないか?」

 「……お前なんか嫌いだ……」

 悪い印象を与えたが、反応としては悪くない。


 「良いねぇ、その返事。実は俺も君のことを好きじゃないんだよ。

 うじうじうじうじして、それで死にたいのか? そんな調子で死にたくなるんだ、大した理由じゃないんだろう?

 まったく、お父さんも草葉の陰から泣いてるだろうよ……」

 「ふざけんな!」

 陸が俺に飛び掛かろうとしたが、母親が必死に止めている。

 それに対して手を後ろに置いて高みの見物でもするような顔で見る。我ながら酷いと思った。


 「おいおい、ふざけているのはどっちだ? 話を聞きに来た俺達か? それとも答えない君か?

 言わないのは勝手だが、ふざけているのはそっちじゃないか?」

 「ふざけるな! 父さんをバカにするな!」

 やはりと言うか……。酷だが、掘り下げる必要がある。


 「君のお父さんをどこでバカにした? そりゃあ、息子が自殺願望を持ったら泣くだろう? 違うか? 親なら生きて欲しいと思わないか?」

 「父さんが! 父さんが助けて欲しいって言うんだよ! それを助けたいだけだ!」

 やっと出たか。後は確実な情報が欲しい……。


 「なるほどねぇ。君が死んだら、お父さんが助かるってことか? 君の大事なお父さんは、そんな事を言う人なのか?」

 「……でも…毎晩出てくるんだ、夢に。地獄に堕ちて苦しいって、それを助ける為に…僕が助けに来なきゃダメだって……」

 言い終わると悔しそうに陸は少しだけ泣いた。

 そうだろう。愛してやまない父が地獄に堕ちて苦しむのを助けたい。その一心で自殺を何度も繰り返した。


 「……君がお父さんを愛するように、お父さんも君のことを愛している……。そんな人が言う訳がない…言う訳がないんだよ……」

 少し感傷的になってきた。秀一…お父さんが死んだ時の事を連想してしまったからだろう。


 「…でも…お父さんだった…声も顔も……地獄で叫んでた……」

 父の辛い姿を思い出しながら陸は言葉を振り絞るように口にした。

 それを見て居住まいを正し、真剣に陸と向き合う。彼に伝わる事を祈って。


 「…俺のお父さんも亡くなったよ。陸くんより歳は後だったけどね……。

 すごく俺を愛してくれていることが分かったし、俺も不器用ながら愛を伝えようとした。

 そんな人が亡くなっても、子供を道連れにして地獄から助かるなんて考えない。

 もし、俺がお父さんの立場になっても助けてとは言わない。だって、生きて欲しいから……」

 陸が泣き始めた。届いたのか分からない。しかし、俺の中では届いたと思う。陸にも秀一にも……。


 「…感傷の時間は終わりにしよう。

 君に悪い夢を見せている正体について大体の見当は付いた。

 お母さん、陸くん、ごめんなさい。失礼な態度を取った事、お詫びします。

 あと、お母さん。お願いがあるのですが……」

 父親の死を利用しようとする。そんな奴は断じて許してはならない。必ず処分する……。


    ・   ・   ・


 車を川上家から少し離れた場所に停めている。


 毎晩、夢に現れるという事は必ず現れるはずだと思い、望遠レンズ付きのカメラで張り込んでいた。

 しかし、どんなものが来るのか……。


 大体の想像は付くが、最悪な状況にはなって欲しくないものだ。

 来た……。顔の周りは黒いが他は白い…7、8mぐらいか…4本足…間違いない。


 「…萌香ちゃん、これは俺達だけじゃ厳しいかも……。あれはちょっとデカすぎる」

 「…どうしますか? …他の誰かにお願いしますか……?」

 …悩む。魔法協会に連絡して万全の態勢で臨む。一番現実的ではあるが……。

 可能ならば、三善に頼むのもありか? いや、あいつにも……。


 「祐さん! あれを!」

 萌香の声に気づき慌ててカメラを覗く。あれは白弧(はくこ)? この神がいたから直接狙えなかったのか?


 だが相手に比べると小さい。人間より少し大きいぐらいだ。このままでは白弧が負けそうだ。

 しかし、白弧がいなければ陸は…おそらく。

 仕方がない、出るしかない。萌香の肩を叩き、車を出るジェスチャーをした。


 聖光筒を大きな影の下に2つ投げる。

 聖光筒が放つ光によって、デカいものの正体が分かった。


 「こりゃ参ったね。やっぱり稲荷神さまだ。しかも祟り神になってるじゃないか」

 聖光筒の光が嫌なのか、俺に向かって威嚇の唸り声をを上げた。手持ちの武器でどれだけ戦えるか……。

 後方で待機している萌香に声を掛ける。


 「萌香ちゃん、コマを出して自分を守って。あと、使う魔法は何が良い?」

 「水で…お願いします!」

 それなら聖水をぶちまけよう。住宅街だし、排水溝にも水はあるだろうが更に多いに越したことはない。


 「んじゃ、決まりで。とりあえず、当たってよっ」

 聖水入りの小さなビンを祟り神となった狐に投げつける。


 ビンの割れる音と祟り神の敵意に満ちた雄叫びから、完全に俺を敵とみなしたであろう。

 萌香は俺よりも後ろにいるし、聖光筒の光で見えにくい。後は時間を稼ぐしかない。


 飛び掛かってくる前に俺から駆け出す。

 それを見てか、上から祟り神が噛みつくように降ってくる。


 横に跳び、ナイフ入れから素早くナイフを取り出し、顔を目掛けて振り下ろす。

 よし、斬れた。しかし、この程度では!? 後ろから大きな力で張り飛ばされ、塀にめり込まん程の勢いで叩きつけられた。


 「痛ってぇ…なぁ! これは…参ったね!」

 振り向きざまに左手のナイフを小指に垂らし、腰のピースメーカーを引きだし素早く撃つ。

 銀の銃弾が祟り神に当たった事を確認する前に、すぐに後ろ脚に向かって走る。


 何とか注意を俺に向けさせて時間を稼ぐ。

 泥臭い戦い方になるな、と苦笑いをした。


 後ろ脚を避け、祟り神の後ろに出るが即座に振り向かれて首を伸ばすように噛みついてきた。

 そのまま駆け続ける形になったが、危うく噛みつかれる所だった。まだ、それは早い……。


 「おいおい、祟り神さんよぉ。腐っても神様なんだから、ちょっとは話さないか?」

 そう言ってみたものの反応がないと困る。時間稼ぎをしたいのだから……。


 「ニンゲン、ウセロ! アイツハ、オレノモノダ!」

 「ああ~、陸くん? でもさぁ、お前。陸くんを自殺させる為に色々やったじゃん? それに巻き込んだ人の命も食っただろ……」

 「ハッハ~、アイツハ、ニエナノダ。オレノモノ、マワリデシンダモノモ、オレノモノダー!」

 また急に首を伸ばして噛みつくように襲い掛かってきた祟り神に、後ろに避けながら銃弾を撃ち込む。

 銀の銃弾を撃ち込まれた箇所が熱を帯びて赤くなっている。内部から火傷するだろうが、やはり神か効果は薄いようだ。


 「どこのジャイアニズムだよ! お前のものじゃないだろが。って、お~い白弧。助けてくれ~」

 空中で待機するようにお座りしている狐に声を掛けた。

 その声に気付いたのか、白弧が祟り神の背後に噛みついた。


 良し。小さな2体だが、1人で戦うより余程良い。

 噛みついている白弧に気を取られている祟り神に向けて、巻物に張り付けた呪符に霊力を込めながら勢いよく引っ張る。


 「白弧! 呪符の乱れ撃ちだ! 巻き込まれんなよ」

 言うが早く、炎、爆発、竜巻を発生させる呪符を大量に発射した。

 巻き上がる炎の渦を見て思う。これはご近所さんも大変だろう、と。


 上を見ると、白弧が警戒するように飛んでいた。

 これで多少はなんとかっ!? 炎の中から祟り神が何食わぬ顔で現れた。


 流石は神様。これぐらいではどうという事はないらしい。

 「白弧~、また頑張ろ~」

 上にいる白弧に手を振りながら言った。


 正直、1人では勝ち目がないし、白弧も小さくて頼りないが神に近い存在だ。

 後は準備をするしかない。


 白弧は後ろに陣取り、挟み打ちの態勢になった。

 改めて効果はないであろう銃弾を撃ち、俺に注意を向かせる。


 それに合わせたかのように、白弧が祟り神の足に食らいつく。

 痛みに嫌がり後ろを向こうとした祟り神の顔に向けて走りだした。


 飛びつき、顔にナイフを突き立てる。

 残念ながら口の上に刺さり、ぶら下がる形になった。


 だが、これも待っていた。聖水噴射筒のピンを抜き、祟り神の口の中に放り込む。異物だろうと飲み込んでしまえば……。

 鈍い破裂音が耳に届いた。祟り神が思わぬ内部からの攻撃に聖水を吐き出した。


 「おいおい、リバースか。アルコールは入ってないと思うぞ? なら、もう1杯どうぞっ」

 内部が火傷するように痛んでいるであろう祟り神に、また聖水噴射筒を口に突っ込みピンを抜いた。

 少し間を置いて、本日2度目になるであろう内部への攻撃の音がした。


 「ガァァァァ…、グェァ…、オォォォ……」

 聖水をよだれどころではないぐらい、口から垂らしていた。

 しかし、暴れる暴れる。ナイフで何度刺しても効果がない。


 「くそっ! どんだけ元気なんだよ。ったく、嫌になるぜ」

 完全に怒りに狂っている。俺も振り回されて、できること!?

 空中に振り上げられたことで見える、祟り神が口を大きく……。


    ・   ・   ・


 萌香は目を閉じ、水の精と心を通わせていた。


 水分が増えてきているのが伝わる。それがまとわりつくように、手を優しく招くように振る。

 また水が増えた……。これは…水じゃない? 違うと頭に言い聞かせる。今はできることをする。


 私の霊力がこの一帯に広がり、全ての水の精を私の供として使う。

 時間との勝負でもあるが、焦れば水の精は嫌がる。

 あくまでも、この手の流れに呼び寄せるんだ。祐は、それを待っている……。


    ・   ・   ・


 祟り神に腹を噛まれるような形で祐は上を見ていた。

 激痛のお陰か意識が逆に保てている。


 しかし、祟り神に食い破られる形だ。その痛みに耐えきるかは分からない。だが……。

 白弧が飛び回って牽制をしている。これはありがたいと思った。


 左手に力を込める……。光が掌に満ちたのを確認し、祟り神の顔に当てる……。

 「天よ! この者に、命を捧げられし者、命を奪われし者、多くの望まぬ死に遭った者達に…導きの光を!」

 俺の願いに呼応し、祟り神に光が降り注ぐと、多くの人々の魂が光の中に消えて行く。


 光に消えていく魂に合わせるように祟り神も小さくなっていく……。

 もう、俺を咥えることもできないのか地面に落とされた。

 全ての魂が天に帰ると、今では白弧と変わらないぐらいの大きさになった。


 この状態になれば白弧と俺の2体が俄然有利になる。

 やつが今まで食ったであろう人々の魂の力はなくなった。


 しかし、祟り神も腐っても神である。このまま戦えば、決着がどちらに着くか微妙だ。

 あくまで2体であれば…だ。


    ・   ・   ・


 萌香は目を見開いた。


 すでに周辺の水の精を集めきっている。

 全ての水の精をあの場所に……。そう念じ、集まったことを感じ取った。霊力を一気に込める。


 「水の精よ…天に集まり…地より湧きし…その力……『水球玉壁(すいきゅうぎょくへき)』」

 祟り神の足元から水が噴出し、空中に上がって行くのが見えた。


    ・   ・   ・


 祐は空中に上げられた祟り神を眺めていた。


 萌香の魔法が成功したのだ。時間は掛かったが高度な魔法だろう。

 空中では下から噴出する水を受け止めるように、大きな水の塊が形成されていく。


 なかなかの絶景だ。間欠泉を間近で見ているようで感動すら覚える。

 これでほぼ完了だ。萌香の近くに行くことにした。


 萌香も魔法を終えてか、祟り神の方に向かって来ていた。

 右手を見るとボールを握るような形をしている。


 「萌香ちゃん、お疲れ様。魔法バッチリだね。で、これからどうするの?」

 「…この水を圧縮して弾き飛ばします……」

 「意外に怖い魔法だね……。ちょっと待ってね。お~い、祟り神さんよぉ、聞こえてた? 何か潰すみたいだよ?」

 祟り神は水の玉の中でもがきながら、グルグルと回っている。


 「……聞こえていないみたいだし、やっちゃうか」

 萌香は頷くと、右手をゆっくりと握り拳に戻すように絞っていく。


 その動作に合せるように、水の玉もドンドン縮んていく。中の祟り神も同じように潰されていく。

 萌香の手が完全に閉じきった瞬間、空中にあったビー玉サイズの水が破裂した。


 溜めていた全ての水が弾け飛んだのか分からないが、辺り一面水浸しになった。

 そんなことも知らず眺めていたので、思い切り水を被ってしまった。

 萌香を見ると、どこからか傘を持って来ていたようだ。


 「……萌香ちゃん、やる前に教えて……」

 「…すいません……」


 祟り神を探すと小さな黒い物体になっていた。

 「流石にこうなると、祟り神も怖くないね。力も補充できないし。萌香ちゃん、滅却しておいて」

 そう言って萌香が頷くのを確認し、近くにいた白弧に近づく。


 「ありがとう、白弧。君が陸くんや家の人を守っていたんだね。俺も守ってくれて…ありがとう」

 白弧に手を伸ばすと頭を下げたので優しく撫でた…感謝の思いを込めて……。


    ・   ・   ・


翌日

 事務所の椅子にゆったりと座り、窓側を向き電話を掛けていた。


 「ああ、川上さんですか? どうも、ご親族から連絡があったと思いますが、守屋と申します。

 残念なお話がありまして、お電話いたしました。……あなたの稲荷神はいなくなりましたよ。

 あなたが捧げてきた命、親族の命まで利用して得た富も終わりですね。

 …………。ギャーギャー言っても変わりませんよ? 自分がしてないなら、そう思えばいい。

 ただ、もう稲荷神に頼れない事だけは知っておくように。ああ、あと1つ。あんたの地獄行きは確定だ。

 まあ、それを避けたければ、あんたが犠牲にした人やその家族にお詫びをして回るんだな。それじゃ、頑張って」

 電話口から耳障りな声が聞こえ続ける中、通話を終了した。


 「わざわざ電話するんですねぇ。放っておけば良いじゃないですかぁ。結局、何をしても転落人生ですよぉ?」

 「そうだね。まあ、稲荷神に生贄を捧げ続けるような人だ。それも良いかなと思ったけどさ……」

 「やっぱり、陸くんの事ですかぁ?」

 居住まいを正して、幸に目を向ける。


 「彼のお父さんも被害者だろうしね。血縁関係があるだけで狙う。しかも、その息子にまで。

 転落人生を送るのも良いけど、人を犠牲にした事を分からせたくてね。

 あと、彼の元に謝罪しに行くことも期待してかな」

 「相変わらず人が良いですねぇ。ま、それも良いですよねぇ」

 謝っても何も変わらない。もしかしたら逆上するかもしれない。

 ただ、父親の死に少しでも区切りがつけばと願って……。


 川上家の近くに車を停めた。神尾にお願いした事と、言う事があるからだ。

 電話で話すと、お願いした怪異との戦いの際の苦情や通報について、出動を控えるように言った事だが苦情はなかったと言う。


 白弧か、はたまた祟り神化した稲荷神なのかどちらの力にせよ、バレなかったのはありがたい。

 言うべき事は、もう自殺はなく、それに巻き込まれる人も出ないだろうと……。


 川上家にお邪魔し、応接間で前と同じように陸と母親で話をすることにした。

 「先ずは結果……の前に、陸くん。昨日は夢にお父さんは現れたかい?」

 陸は少し目を見開き、すぐに首を横に振った。


 「良かったね……。まあ、今のが結果ですね。

 陸くんの自殺は、悪い…まあ、神様みたいなものかな。そいつの仕業です。

 そして、元凶は断ちました。今後、陸くんが思い詰めることもないでしょう。

 陸くん、君は死ぬ必要のない人間だ。幸せになって、いずれはお父さんの元へ行ける……」

 陸の目を見据えて、彼が縛られていた呪いが断ち切られたことを伝えた。


 「…あの、僕は酷いことを言って……」

 「あぁ、それなら気にしないで。こっちも悪い聞き方をしたからさ。これでチャラってことで、ね。

 ……あとは君次第だ。お父さんに恥じない生き方を送るのが、一番の親孝行だな。それでは……」

 「……ありがとうございました……。お父さんに、会いに行けるよう……頑張ります!」

 陸の言葉に笑みを浮かべ、彼の背中に鎖が付いていることを今一度確認して応接間を出た。


 萌香には先に車で待つように言って、車に向かわせた。

 俺の探したい人は……、やはり庭園にいた。お社にお供え物をしているようだ。


 「おじい様、改めてお詫びに参りました……。お孫さんに酷い言葉を……」

 「…いえ、あなたが解決してくれたのでしょう? 昨日、お社から白い狐が出て行くのを見ました。

 その後は、何となくしか見えませんでしたが、大きな狐とあなたがいらっしゃったように見えました」

 見えないようにしていたのは白弧の力だったのであろう。

 周りに被害を及ぼさないように守っていたのだ。


 「……おじい様のお陰です。あなたが綺麗に奉っているから、陸くんを…そして、私を助けてくれたんです。

 祈り方を間違えれば大きな災いを起こします。どうか、このまま綺麗に奉ってください……」

 「…どうやら間違った祈り方を一族の誰かが行ったのでしょうな……。欲深い者です、誰かを犠牲にするなどと……」

 「そうですね。巻き込まれた人…捧げられた人が本当に可哀想です……」

 そう言って一礼し、川上家を後にした。


 事務所に帰る車中で思うのは、やはり陸の事だ。

 祟り神に比べて白弧の力では弱かったのだろう。

 祟り神が自殺に追い込み周りに被害を及ぼす力に対して、白弧はなんとか陸だけ守れた。


 同じ神を奉る一族の中で、正しく奉る者と欲望に利用する者……。

 自分の幸せを自分で作る者と自分の幸せを他人の犠牲で作る者。

 同じ人間、いや一族でこうも違うものかと思ってしまう。


 「…祐さん、今回は上手くできました…よね……?」

 「バッチリだね。お陰で処分できたよ、ありがとう。…なんか相馬さんと更紗さんみたいだね」

 「…それなら…私が相馬さんですね……」

 「助手に所長の座は渡さないよ? まあ、あと100年は譲れないね……。その時は2人共、天国だろうけど」

 萌香が小さく笑ったのを見て、俺も笑顔になった。

 誰かの犠牲の上で掴みとるものではない。自分で掴む、掴めないなら努力して掴みとる。幸せとはそういうものだろう。

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